第13話 横取り

 梅原刑事たちはタラップを下ろして荒木警部を迎え入れる準備をした。湖の方を見るとすでに湖国からモーターボートが出発しており、「うみのこ」に向かってきている。それも2艘・・・。

「県警のボートも・・・。だれか派遣されてきたのか?」

 佐川刑事がつぶやいた。

 やがて県警のボートが到着して「うみのこ」に乗り移ってきた。それは山上管理官や久保課長はじめ、県警捜査1課の捜査員たちであり、佐川刑事と顔なじみの者が多い。その中には彼と同期で日頃から捜査情報を交換している堀野刑事がいた。

(いつもの顔ぶれか・・・。だが知らない顔もあるな。あの2人・・・)

 それは中年の刑事と細い眼鏡をかけた若い刑事だった。一人は様子から見てどうも堀野刑事の上司らしい。

(捜査1課に新しく着任した片山警部補か? 堀野からの話では所轄署で高い検挙率をもつやり手らしいが・・・)

 中野警部補や佐川刑事たちは一行を迎えて敬礼した。

「犯人は逮捕しました。これから湖上署に連行します」

 だが乗り込んで来た山上管理官は開口一番、中野警部補に告げた。

「ご苦労だった。犯人をこちらに引き渡してもらう」

 その言葉に中野警部補は耳を疑った。

「ちょっと待ってください。ここの管轄は湖上署で我々が犯人を逮捕しました。まずは湖上署で取り調べをするのが慣例だと思います」

「君は知らないようだが、滋賀県警には県警なりのやり方がある」

 部外者は引っ込んでおけと言わんばかりだった、確かに中野警部補は海上保安庁出身だが、彼女の主張したことは確かに慣例となっているはずだった。

「そんな前例を私も知りません。まずは湖上署で、それから移送するのが普通ではありませんか」

 佐川刑事もそう言った。その言葉に山上管理官はムカッときたようだった。

「ここの指揮は我々捜査1課が執るはずだった。それを君たちが勝手なことをしたんだ。人質が無事で犯人を逮捕できたからいいものの、そうでなかったら大問題になっていた。わかったら犯人をこちらに引き渡せ。」

「それは・・・」

「やめるんだ。佐川!」

 さらに反論しようとする佐川刑事を制止する声が響いた。それは山上管理官たちの後ろにいた荒木警部が発した言葉だった。彼は2艘目のボートに乗ってここに来ていた。

「警部! どうしてですか!」

「確かに今回の事件はこちらで処理した。だがシージャックは大事件だ。県警捜査1課が捜査することに決まった。犯人の取り調べは捜査1課が行うことになった」

 荒木警部は「これは仕方がない」という風に小さく首を横に振っていた。それを見て佐川刑事も中野警部補も何も言えなかった。管理官の権限の前では荒木警部はおろか、大橋署長ですら反対はできない。

 山上管理官は鼻で笑って、片山警部補に向けて顎をしゃくった。片山警部補はうなずき、横にいる捜査員に指示した。

「内田、堀野、山口、連れていけ!」

 捜査1課の3人がそれぞれ犯人の手錠を取って連れて行った。

「すまんな。佐川」

 堀野刑事が連行していく前に佐川刑事に小さくささやいた。事件に当たる同じ刑事として彼の悔しさはよくわかっていた。

(まあ、また堀野に取り調べの様子をこっそり教えてもらうか・・・)

 佐川刑事はそう思って、堀野刑事に目で合図した。何度か捜査で佐川は堀野刑事に協力したことがあったから、貸しがあるはずだった。それは堀野刑事も分かっているようで小さくうなずいた。



 県警のボートは犯人3人と山上管理官たちを乗せて、一足先に大津港に戻っていった。犯人を連れて帰る山上管理官は上機嫌だった。

「これでまた捜査1課はこの大きな事件を解決する。それも片山君。君のおかげだ」

「管理官。私はただお伝えしただけで・・・」

「いや、その情報の速さがものを言う時代だ。君の検挙率が高い理由がわかったような気がする。とにかくよかった。はっはっは!」

「それはよかった」

 片山警部補とその腹心の内田刑事も笑った。この2人はこの捜査1課に配属されたばかりだった。

 横で聞いている堀野刑事はあきれていた。所轄署の手柄を取ってまで自分の得点にしたいかと・・・。だが彼はそんなことをおくびにも出さず、この犯人たちをどう締め上げようかと考えていた。



「うみのこ」の犯行現場の保全にために湖上署から藤木刑事や岡本刑事をはじめ多くの署員がボートで送られた。中野警部補や佐川刑事たち侵入部隊は湖国に戻ることになり、水中スクーターを回収して帰りのボートに乗った。


 生徒も教師も、そして乗組員も皆無事だった。だが当然、フローティングスクールは中止となり、大津港に戻ることになった。乗組員によって安全確認がされ、やがて「うみのこ」は動き出した。帰港次第、県警捜査1課の捜査員や鑑識を乗せて本格的に捜査が行われる。

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