第8話 中野警部補

 荒木警部と佐川刑事はブリッジに上がった。もちろん大橋署長には事前に捜査課から岡本刑事が電話報告してある。

「失礼します!」

 荒木警部と佐川刑事がブリッジに入ると、大橋署長が航行課の職員に忙しそうに指示をしていた。そして一通り終わると回転いすを回して、荒木警部たちの方に向き直った。

「状況は聞いた。『うみのこ』が襲われたのだな」

「はい。通報者は『うみのこ』の船員です。スマホから110番してきて、交換から私が電話を受けました。聞くところでは拳銃を持った男が2人、操舵室を占拠しているようです。船長を含めて4名が人質になっています」

 佐川はそう報告した。

「今、『うみのこ』を追っているところだ。北上している」

 大橋署長はそう言ってまた前を向いた。湖国は全速力で「うみのこ」を追っていた。窓からは船首が湖面を切り裂き、白い波がちぎれて後ろへと飛んでいくのが見える。改装された湖国は機関も強化されており、かなりのスピードを出せるようになっていた。


 しばらくすると遠くに船影が見えてきた。

「『うみのこ』です!」

 航行課の署員が指さした。不思議なことに「うみのこ」は停船していた。大橋署長は総舵手に停船の命令を出した。そして立ち上がって窓のそばに行き、双眼鏡で「うみのこ」をじっと観察した。そして横にいる荒木警部に双眼鏡を渡した。

「誰も外に出ていないようだが、ここからでは遠すぎて中の様子はわからない。だがあまり接近すると警戒されてしまう」

「そうですね。中の様子が少しでもわかればいいのですが・・・」

 その時、トントントンとノックして女性警察官が入ってきた。それは警護課の中野警部補だった。年は30過ぎで長身できりっとした顔をしている。彼女は大橋署長に敬礼した。

「中野です。ブリッジに来るようにとのことで出頭しました」

「中野君。君の力を借りたいと思ってな。それでここに来てもらった」

「どういうことでしょうか?」

「『うみのこ』が拳銃を持った2人組の男性に襲われた。船長と船員3名を人質にして操舵室にいる。君なら対処はできるか?」

「はい。やってみます。少し失礼します」

 中野警部補は電話で警護課に連絡をとって指示をした。彼女はかつて海上保安庁の特殊警備隊に所属していた。そしてこの署に来てからこんな事態にも対応できるように日頃から部下にも教育していた。

「署長。機器を置きたいのですが、場所をお借りできないでしょうか?」

「構わないが・・・広い場所がいるのかね?」

「いえ、パソコンを数台と無線機を置くだけですから、机が数脚程度置ければ十分です」

「それならそこのサイドテーブルの辺りを使いたまえ。あそこからなら『うみのこ』も観察できる」

「はい。では・・・」


 しばらくして警護課の署員が数人、机とイス、そしてノートパソコンと無線機を持ってブリッジに現れた。簡易的な指揮所を置くようだ。やがて設置が終わり、署員がパソコンを操作した。モニターには高所から見た湖が映し出されている。それを見て荒木警部が尋ねた。

「ドローンか?」

「はい。小型超静音式のドローンです。犯人に気付かれずに接近できます」

 中野警部補はそう答えた。このドローンなら偵察任務に最適で、「うみのこ」の様子を探ることができる。横にいる荒木警部と佐川刑事は感心してうなずいていた。ドローンが湖国から放たれて、「うみのこ」に向かった。その様子はモニターで確認できる。

 「うみのこ」の操舵室には前方と側方に窓がある。ドローンは操舵室の側方の窓に接近した。モニターに鮮明ではないが中の様子が映し出された。中野警部補をはじめ、そこにいる者がじっとモニターを凝視した。そこには茶髪の男とスキンヘッドの男が映っていた。人質の4名は床に転がされているようだ。中野警部補が口を開いた。

「犯人に動きはないようです」

「確かにそのようだ」

 大橋署長は深くうなずいた。

「署長。この船には子供が多く乗っています。そのうちに子供に危険が及ぶかもしれません。私どもを『うみのこ』に侵入させてください。状況によっては突入して犯人を確保します。犯人は拳銃を持った2人組。今なら取り押さえられると思います」

 中野警部補は大橋署長に進言した。

「私も中野警部補の意見に賛成です。長引けば被害者が出ます。速やかに犯人を取り押さえた方がよいと思います」

 荒木警部も同じ意見だった。

「ううむ・・・」

 大橋署長はしばらくじっと腕を組んで考えていた。人質の安全を確保していかに解決するか・・・。その決定を中野警部補はもちろん、荒木警部や周囲にいる署員がじっと見守った。

「わかった。許可しよう。中野君に一任する。準備をしたまえ!」

 ようやく大橋署長が決断した。彼は中野警部補が以前から水上テロ対策に取り組んでいることを知っていたから、それに期待することにしたのだ。

「はい! すぐに準備します!」

 いよいよ救出作戦を発動することになった。中野警部補は荒木警部に言った。

「私は直接、『うみのこ』の侵入部隊の指揮を執ります。ここをお願いできますか?」

「わかった。ここで突入部隊にドローンからの船の状況を伝える。侵入する人員は?」

「警護課から訓練を受けた者を3人参加させます」

「捜査課からも人を出す。佐川と梅原は水中訓練を受けたはずだから連れて行ってください。人手がいるはずですから」

「わかりました」

 中野警部補はそう答えると、すぐに船内電話を使って警護課に連絡をとった。

「侵入作戦の準備をしてください。私と泊巡査部長、藤井巡査長、渡辺巡査、あと捜査課から佐川巡査部長と梅原巡査長が加わります。艇庫に水中スクーターを6台用意・・・・」

 その間、荒木警部は佐川刑事に言った。

「お前は梅原とともに侵入部隊に参加してくれ。しっかり頼むぞ!」

 荒木警部はポンと佐川刑事の肩を叩いた。佐川刑事は「わかりました」とおおきくうなずいた。


 中野警部補はその間もてきぱきと指示を与えて、荒木警部に言った。

「これから艇庫に行って出発の準備をします。10分ほどで終わると思います。状況を見てゴーの指示をお願いします」

「わかった。くれぐれも気を付けて!」

 中野警部補は敬礼してブリッジを出て行った。その後に佐川刑事が続いた。

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