第7話 通報

 警察船「湖国」が出港する。いつものように岸壁と船の赤色灯が回り、周囲のスピーカーから大音量で

「これより湖国は出港します。ご注意ください・・・」

 のアナウンスが流れた。これが湖上警察署の1日の始まりである。琵琶湖をパトロールし、その交通の安全を守るのが主な役目である。ここには船の運航やボートを扱う航行課、湖上交通を取り締まる警護課、犯罪捜査を行う捜査課、雑務を行う総務課などがある。


 捜査課には荒木警部が机で書類に目を通していた。彼はかつて警視庁捜査1課の刑事だった。だが部下の不祥事に責任を取って退職した。それを大橋署長がその腕を見込んで湖上署の捜査課長として連れてきたのだ。

 この部屋には他に佐川刑事や岡本刑事、藤木刑事、そして若い梅原刑事、上村事務官がいる。以前は他署に応援に行くことがよくあったが、最近では湖上署の担当事件が増えて全員が顔を揃うことの方が多かった。

 それぞれが担当している捜査資料に目を通していた。ただ梅原刑事だけが上村さんから注意を受けていた。

「この書類はこうなんですよ。書き直してください」

「またですか~」

 佐川刑事はいつもの光景にほほえましく見ていた。そして棚に捜査資料を戻すために立ち上がった。その時、電話がけたたましく鳴った。上村事務員が受話器を取ろうとしたのを制して、佐川刑事がさっと取った。

「こちら湖上署。捜査課・・・」

 佐川刑事はそこでとんでもないことを聞くことになった。

「こちら110番の交換です。『うみのこ』がシージャックされたとの通報がありました。そちらにつなぎます」

「なんだって!」

 佐川刑事はあまりの事態に驚いて大声を上げた。その様子に何事かと荒木警部たちが佐川刑事の方に顔を向けた。

「『うみのこ』がシージャックされたようです。通報者から事情を聞きます」

 佐川刑事は受話器を押さえて荒木警部たちにそう言った。それで捜査課の空気は一変して緊張感に包まれた。佐川刑事に回りに皆が集まり、藤木刑事がすぐに電話音声の録音装置をオンにして合図を送った。佐川刑事はそれを確認すると、気を取り直して交換手に言った。

「わかりました。こちらにつないでください」

 すぐに回線が切り替わり、電話の相手の荒い息遣いが聞こえてきた。佐川刑事はその電話音声が荒木警部たちにも聞こえるようにオンフックとした。

「こちら湖上署捜査課です。私は佐川と言います。まずはあなたの名前を教えてください。」

 するとすぐに若い男の声が聞こえてきた。

「私は『うみのこ』の船員の山野といいます。操舵室が占拠されました。助けてください!」

「落ち着いてください。そちらで何があったかを教えてください」

「わかりました。『うみのこ』の操舵室に拳銃を持った2人組の男が侵入しています。ちょうど操舵室の外にいた私はそこからの非常警報を聞いて窓からそれを目にしました。それで110番しました」

「そこから操舵室は見えますか?」

「はい。窓越しに見えます」

「操舵室には何人いますか?」

「船長と船員3名、それに犯人の男2人です」

「犯人はどんな男ですか?」

「若い男です。一人は金髪、もう一人はスキンヘッド・・・」

 山野は犯人たちの姿を詳しく話した。

「操舵室の様子はどうですか?」

「船長や船員3名は無事なようです。男たちは船長に何かを要求しているようです。でも聞こえないのでよくわかりません。他には・・・」

 船内の緊迫した様子が伝わってきた。

「乗客は?」

「無事です。この船に多くの児童を載せていますが、多目的室に中からカギをかけてもらっています」

「乗組員は?」

「1階の船室に集めました。ここで待機しています。他には・・・」

 山野の電話で「うみのこ」の様子はよくわかった。

「状況はわかりました。早速こちらで手を打ちます。あなたにも危険が及ぶかもしれませんから安全なところに避難してください」

「わかりました。救助を待っています」

 そこで電話が切れた。「うみのこ」はシージャックされているが乗客は無事なようだ。しかし船長たち4名が操舵室で人質になっている。佐川刑事は荒木警部の方を見た。

「大変なことが『うみのこ』で起こっている。これはこの署を上げて対応しなければならない。佐川。俺とともにブリッジに来い。署長に相談して、早急に対策を立てるぞ! 岡本は署長に電話で連絡してくれ。緊急事態で荒木がそちらに行くと。他の者は待機。いつでも動けるようにしておいてくれ!」

 荒木警部はそう言って立ち上がると、すぐにブリッジに向かった。その後を佐川刑事が追っていった。


 ◇


 滋賀県警捜査1課、ここが県内で起こる凶悪事件や大事件を取り扱う。その部屋から一人の刑事が出て来て奥にある管理官室をノックした。

「失礼します。捜査1課の片山です。緊急にお耳に入れたいことがあります」

「入りたまえ」

 その刑事は中に入って敬礼した。

「君は片山警部補だったな。確か、最近1課に配属された・・・」

「はい。そうであります」

「どんな話だ? 聞こう」

「実は交換からの情報ですが、『うみのこ』がシージャックされたようです。すでに操舵室を犯人に抑えられています」

「何だと! 1課に話は回ってきていないのか?」

「はい。どうも湖上署が勝手に動いているようで・・・」

「それはけしからん! 1課を差し置いて!」

 山上管理官は机をバンと叩いた。

「どういたしましょうか?」

「久保課長にこのことを伝えてくれ。捜査1課が対応に当たる。後で連絡すると。それと湖上署にこれ以上、のさばらせないようにしないとな!」

 山上管理官は机の上の電話に手にした。片山警部補は敬礼して部屋を出た。その口元にはかすかに緩んでいた。

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