【短編】図書室には二人しかいない

直三二郭

図書室には二人しかいない

 県立賛紋さんもん高校の図書委員には当然だが図書当番がある。主な仕事は昼休みと放課後に本を借り貸しの手続きをして、返された本を元の位置に戻す事だ。

 しかしこの当番は忘れる図書委員も多いし、部活に入っていたらそっちを優先する人も多い。

 所詮は高校の図書委員だ、サボった所で罰則は無いしそもそも司書が一人で十分できる仕事量しかない。

 真面目に当番をする人というのは大抵が当番じゃなくても図書室に来るし、司書と自然と仲良くなって手伝いもやってしまうものだ。 

 甲木差舞耶かきさまや久家曽武世くけそむよも当番ではないが、受付カウンターの内側に座って誰かが来るのを待っていた。

 今は午後四時過ぎ、図書室には二人以外は誰もいない。この時間になると誰もいない事は多く、実際二人も普段ならもう下校している時間だ。

 もちろんまだ帰っていないのには理由がある。今日は職員会議が行われており、それには司書も出席する決まりらしい。

 しかし今日も図書当番はサボっているので、司書が会議に出たら図書室が無人になってしまうのだ。

 閉まっても問題は無さそうだと二人は思っていたが、下校時間前に閉めるのはダメらしい。それと司書は急に借りたい生徒がいるかもしれないと考えているらしく、二人は留守番を頼まれたのだ。

 会議が終わるまでで良いからと言われたから安易に引き受けたが、正直な所、二人は暇である。

 この時間に誰かが来るのが一体何回あったのか、そう思ってしまう。

 ぼんやりと前を見ながら、ぼんやりと前を見てるなー、と舞耶が思っていると、武世は一旦カウンターから出ると文庫本を持って来て、無言で読み始めた。

「……それ、面白い?」

「……普通」

 暇だからそう聞いてみたのだが、武世は視線を変えず返事をして会話を終わらせた。

 一年生の舞耶と武世は今年で十年連続で同じクラスになっている。

 しかし二人は決して幼なじみではない。

 小学生の頃は殆ど喋っていないし、六年間同じクラスだった人は何人もいた。

 中学生になっても三年間クラスが同じだったのには驚いたが、授業で必要があった時以外は二人は喋っていない。

 高校生になった時に同じ学校で同じクラスになったのはさすがに驚いて話をしたが、単純に同じ中学の人が周りにいなかったから話をしただけだ。

 二人は示し合わせて同じ学校に進学したわけではないが、周りからは幼なじみだからそうしたとよく勘違いされてて、面倒でもその度に否定している。

「……普通じゃなくて他に言いようがあるでしょ。そんな普通の本なら私と話をしようとは思わんのかな」

「……話って言われてもな、何を言えばいいんだか。……図書委員が図書館で暇と言うのもおかしな話だ」

 そう言いながらページをめくれられ、舞耶は怒りながら絶対に今は本を読まないと決めた。

 大体こうやって二人きりになっているのに、平然として本を読んでいる事がおかしいのだ。

 そう思った舞耶は、どうにかして武世の邪魔をしてやろうと考える。

 どうしてやろうか。気がつけば舞耶は暇ではなくなっていたが、その事に全く気がつかない。

 武世の事を考えている内に、舞耶は一つの事を思いついた。

「……ねえ、もし私が好きって言ったら、武世はどうする?」

「押し倒す」

 視線はそのままでそう言って、武世はすぐにページをめくった。

 あまりもな回答に、聞こえてなくて適当に答えたんじゃないだろうなと叫びそうになったが、ここで怒ったら負けたような気がして、ぐっと我慢して舞耶は続けた。

「……押し倒すって、誰かに見られたら退学かもしれないけど?」

「じゃあ図書準備室の奥の人が入らない資料倉庫に連れて行って押し倒す」

「……押し倒すのは止めないんだ」

「ああ言われたら絶対に止めない」

「……何で?」

「舞耶が好きだから」

「……好きなのに、押し倒すんだ?

「好きだから、押し倒すんだ」

 何を言われたのだろうか。

 言われた言葉のあまりの内容に、感情が何回も回って舞耶の感情は平然となってしまった。

 しかし、こう言われたら返事をしなくてはいけないだろう。言わなかったらああなる可能性がある。

「じゃあ言わない」

 言ったらああするなら、言わなければいいのだ。

 その証拠に言わないと言われた武世は何もしようとせずまたページをめくった。

 じゃああれは冗談だったのか。

 そう思っていると、今度は武世が舞耶に尋ねる。

「……なあ、もし俺が好きって言ったら、舞耶はどうする?」

「押し倒す」

 即答でそう言ってしまった。

 やられる前にやれ。

 そう思っていた舞耶は反射的にそう言っていた。

「……押し倒すと、誰かに見られたら退学かもしれないけど?」

「気にせず押し倒す」

「……押し倒すの止めないのか」

「ああ言われたら何が何でも止めないから」

「……何で?」

「武世が好きだから」

「……好きなのに、押し倒すのか?

「好きだから、押し倒す」

 そして二人は無言になる。

 少しして、武世は本を閉じた。そして前を向き直して。

「じゃあ言わない」

 そう言って、本を元の場所へと戻しに行った。

 結局その後、四時四十八分に司書が戻って来るまで二人は無言のままだった。

 この事がきっかけで二人は会話をする事が多少は増えたが、あんな会話をしているので当然二人は付き合っていないままで高校生活を過ごし、結局三年間も同じクラスだったが交際する事は無かった。

 大学も一緒でサークルも一緒で二人だけでルームシェアもしていたが、同棲ではないと言い張り付き合っていないままで卒業した。

 そして二人が二十六歳になると突然結婚する前も、当然付き合ってはいなかった。

 だが付き合っていなくても、付き合ってするような事はできる。

 つまり二人は、そういう事である。

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