第39話
夏の七草は「アカザ」「イノコズチ」「ヒユ」「スベリヒユ」「シロツメクサ」「ヒメジョオン」「ツユクサ」の七種類。
全て御科岳に生えている野草で、山の深いところにいかなくても家の周囲で採れるみたい。
くわしい群生地が書かれてあったのでスマホの地図を見ながら向かったんだけど、本当にあった。
やっぱりおじいちゃんすごい。
「ぐわ~っ」
七草を採っていると、モチがひょこひょことやってきた。
どうやら沢で魚をとってきてくれたみたいだ。
「おお、ありがとう。これも一緒に神獣様たちにお出ししよう」
「わっ!」
「というか、昨日はありがとうねモチ? お前たちがいなかったら、神獣様たちは土砂の下で命を落としていたかもしれないよ」
「……くわっ?」
どういうこと?
……と言いたげに首をかしげるモチちゃん。
あんなことをしておいて覚えてないってわけじゃないだろうし、多分、すっとぼけてるんだろうな。
こいつはホントに可愛いんだから。
両手を使って撫でまくる。
うりうり。
移動型神域の力、堪能したまえ。
「こんなに可愛いのに、あんな凄い力を使ってさ。……あ、そうだ。あの力、庭掃除でも使えないかな?」
「……っ! ぐわわっ!」
「あ痛っ!?」
突っつかれた。
無礼者! みたいに言われた気がする。
ごめんなさい。
調子に乗りすぎました。
そんなこんなで一通り七草を採取して、自宅へと戻る。
スローライフマニュアル片手に、七草粥づくりのスタートだ。
「……と、その前に」
何だか物欲しそうに縁側からこちらを覗いているリノアちゃんが目に止まったので、いちご豆大福をお出しすることに。
「はい、どうぞ」
「……えっ!? リ、リノアは別にイチゴマメダイフクを食べたかったからアキラ様を見ていたわけでは……」
「いらないんですか?」
「いりますけれども!」
ガッシとお皿を掴んでくる。
正直に食べたいって言えばいいのに。
ニコニコと嬉しそうにいちご豆大福を食べはじめる可愛いリノアちゃんをしばし堪能し、改めて料理開始。
まずは七草を軽く茹でる。
特にスベリヒユはしっかり茹でないと酸味成分が消えないみたいなので、しっかりと。
茹でたらお湯を切って、流水でささっと洗う。
それから包丁で1センチ幅くらいに切って鍋に投入。
ご飯と水を入れてしっかり煮立て、味を整えるために塩を入れたら完成だ。
「う~ん、いい匂い」
七草の独特の、なんともさわやかな香りがする。
懐かしいなぁ、この匂い。
この香りにはリラックス効果もあるみたいだし、怪我で体が弱っている神獣様たちにはピッタリだよね。
熱々は危険なので、ちょっと冷ましたものをお出しする。
庭に持っていくと、香りに釣られて神獣様たちやリノアちゃんが集まってきた。
「……? アキラ様、これは?」
茶碗に入った七草粥を訝しげに凝視するリノアちゃん。
「七草粥って言って、食べると一年無病息災になる幸運の食べ物なんです」
「幸運の食べ物……?」
ほんとにそんなものがあるのか……と言いたげな顔。
「とにかく、食べてみてください」
「……い、いただきます」
リノアちゃんは眉根を寄せたまま、スプーン(リノアちゃんはお箸が使えないのだ)でパクリと食べた。
「あっ」
瞬間、パッと顔が明るくなった。
「これ、さっぱりしていて美味しいです!」
「流石アキラ様の料理……大変おいしゅうございます!」
リノアちゃんに続いて歓喜の声をあげたのは、白狼さんだ。
他の神獣様たちも美味しそうにあぐあぐと食べている。
異世界で食べるご飯って、味が薄いものばかりって前にリノアちゃんが言ってたし、こういうものが合ってるのかもしれない。
異世界の方たちに大人気の七草粥は、あっという間になくなった。
おかしいなぁ? 大鍋で作ったんだけどな?
「アキラ様、美味しい料理をありがとうございます」
リノアちゃんが神獣様たちの器を集めて持ってきてくれた。
「いえいえ。お粗末様でした」
「今回の土砂災害で、このリノア……改めてアキラ様に感服いたしました」
リノアちゃんはピンと姿勢を正すと、深々と頭を下げる。
「アキラ様、あなたは原三郎様の後を継ぐ神域の守り人にふさわしい……いや、原三郎様以上の守り人でございます! 故にこのリノア、正式な守り人としてアキラ様を聖道教会に申請したいと思っております! いかがでございましょうか!?」
「うえっ!? せっ、正式な守り人……!?」
びっくりしすぎて、大鍋を落としそうになってしまった。
脳裏に蘇ったのは、サラリーマン時代のこと。
少し前まで僕は、誰かの期待を背負って、その想いに応えようと必死に頑張ってきた。
その結果──神経をすり減らし、体を壊してしまった。
そのとき僕は、「もう二度と、身の丈にあっていない期待に応えるのはやめよう」と誓った。
だけど……今回はサラリーマン時代のそれとは大きく違う。
神経をすり減らす必要もなく、ただのんびりと山暮らしをしていればいいだけなのだ。
朝起きてアヒルちゃんたちと体操をやったり、野菜の世話をしたり庭掃除をしたり。
時々、消防団のお仕事を手伝ったり勘吉さんの家に行ったり。
神埼さんとおしゃべりしながらお酒を飲んだり、こうしてリノアちゃんや神獣様たちと庭でまったりしたり。
そんなことをしているだけで誰かの助けになるのなら……応えてあげたい。
「……わかりました。僕でよければ正式にお受けいたします」
「おお、本当でございますか!?」
嬉しそうに飛び跳ねるリノアちゃん。
「おお! アキラ様が正式に守り人に……!」
「がおがおっ!」
白狼さんやドラゴンさんたちも喜んでいるみたいだ。
えへへ、そこまで喜んでもらえると、こっちも嬉しくなっちゃう。
ていうか、山暮らしを始めようと思った理由のひとつが、このお人好しな性格を変えるためだったんだけど……人間って変わらないもんだね。
まぁ、27年もそうやって生きてきたんだし、諦めるしかないか。
これからもうまく付き合っていきましょう。
モチから「おかわりある?」とくちばしで突っつかれながら、そんなことを思う僕なのだった。
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