第38話

「……え? アキラ様の力で?」

「はい。移動型神域になっちゃった僕の力を利用して、神獣様たちを応急処置をします!」



 神獣様を助ける方法。


 それは、怪我を負った神獣様をひたすら撫で回していくこと──もとい、触れていくことだ。


 神域の影響を受けて移動型神域になっちゃった僕の力を使えば応急処置くらいはできるはず。


 神域から出ている神気は、神獣様たちの治癒力を促進するもの。


 それを僕は手のひらから出せるようになっちゃったわけだけど、その効力は先日のクマさんのときに実証済みだ。


 ナデナデしてたら、怪我してた足が一瞬で治っちゃったもんね。



「とりあえず、片っ端から神獣様をナデナデしていきます。怪我を負った神獣様たちのところへ案内してもらえますか? リノアちゃん」

「は、はいっ! では、こちらから!」



 最初にリノアちゃんに案内してもらったのは、ウマの姿をした神獣様。


 土砂崩れに巻き込まれて前足が折れてしまっている。


 さらに腹部からも大量の出血が……。


 早く治療してあげないと危険だ。



「よ、よし……っ!」



 おもむろにウマさんの体に触れる。


 患部を直接触るわけにはいかないので、怪我をしている付近を優しく。



「あっ!?」

「……やった! 傷が消えていくぞ!」



 出血がピタリと止まった。


 さらに、ひと撫でするたびに、折れていた前足がグググッと元の形に戻っていく。これは凄い。



「すっ、凄いでございますアキラ様! 怪我が治っていきます!」



 リノアちゃんもびっくりの様子。


 移動型神域になっちゃった人間が手当をするのは初めて見るみたいだ。


 まぁ、そりゃそうか。


 神域に影響されて神気を放つようになっちゃいましたなんて、そうあるわけないもんね。おじいちゃんでも無理だっただろうし。


 それから、リノアちゃんに先導してもらい、重症の神獣様から順番に応急処置をしていく。


 5分ほどで、全員の応急処置が完了。


 どうやら全員無事の様子。



「よ、良かった……」



 ホッとした表情をするリノアちゃん。



「これで神獣様たちは助かりましたね。アキラ様のおかげで──」

「いえ、安心するのは早いですよ。体力の消耗もあるでしょうし、完全に治癒していない可能性もあります。急いで神域にお運びしましょう」



 あくまでこれは応急処置。


 完全に治癒させるためには、ゆっくり神域で休んでもらわなきゃ。


 だけど、これで時間の猶予ができたし、庭と往復することができそうだ。



「行きましょう、リノアちゃん」

「は、はいっ」



 道路に停めてある軽トラまで神獣様を運び、神域へと向かう。


 運び終えたら再び土砂崩れの現場にもどって、次の神獣様たちを運ぶ。


 全員を運び終える頃には、すっかり空が茜色に染まっていた。


 現場に来たのは早朝だったから、丸一日かかっちゃったな。


 その晩は神域での治癒を続けるため、神獣様とリノアちゃんはウチに泊まることなった。


 治癒力を促進させるために、僕も夜通しで撫でてあげることに。


 そして迎えた翌朝──。


 庭には、いつもの光景が広がっていた。


 昨日の凄惨とした状況からは想像できないくらい、穏やかな雰囲気の神獣様たちが思い思いの場所でのんびり日向ぼっこをしている。


 リノアちゃんにブラッシングをされて、すごく気持ちよさそうな顔をしてるし……うん、これは完全に回復したみたいだね。


 本当に良かった。



「おはようございます、アキラ様」



 僕に気づいたリノアちゃんが手をとめ、深々と頭を下げてきた。



「昨晩は本当にありがとうございました。神獣の巫女として、改めてお礼を申し上げます」

「い、いやいや、そんなかしこまらなくても……」

「いいえ。こういうことはキッチリとしておかなくてはいけません。アキラ様がいなかったら、今ここにいらっしゃる神獣様の多くが命を落としていたはずでございます」



 真剣な眼差しを向けられ、少し恐縮。


 確かにあのまま放置していたら大変なことになっていたとは思う。


 だけど、神獣様を助けることができたのは、モチたちやリノアちゃんがいたからだし。



「アキラ様」



 と、僕を呼ぶ声。


 白いモフモフの狼さん。


 意識を取り戻した白狼さんだ。



「助けていただき本当にありがとうございました。神獣を代表してお礼を」

「だ、だから、かしこまらなくていいですってば」



 いい加減、背中がむず痒くなってきちゃった。


 こういうのって慣れてないから、ホントやめてほしい。


 助かったよ、サンキューくらいの軽い感じでいいんだけどな。


 白狼さんが唸るように続ける。



「しかし、不運でした。まさか私たちが通りかかったときに、狙いすましたかのように土砂崩れが起きるなんて……」

「兆候は何もなかったみたいですし、こればっかりは不運でしたね」



 神様にそんなことを言うのは少しナンセンスだけど。


 だけど、本当に不運だよね。


 また同じようなことが起きないように、何か運気を呼び寄せるようなことをしてあげたいけど。


 ……あ、そうだ。良いこと思いついた。



「では幸運を招くご飯を用意しましょうか?」

「……え? 幸運を招く?」



 くうん? と首をかしげる白狼さん。



「そんな料理があるのでございますか?」

「はい。ちょっと作ってきますね。白狼さんやリノアちゃんたちは休んでいてください」

「わ、わかりました、アキラ様! ですが、わたくしはリノアちゃんではなく、リノアさんでございます! 先日から気になっておりましたが!」



 あ、やっぱり気になってた?


 スルーしてたから、ちゃん付けでオッケーになったのかと思ってたよ。


 キッチンへ向かう前に、ちょっと書斎へ。


 おじいちゃんのスローライフマニュアルに「幸運の食べ物」について書いてあったんだよね。



「ええっと、確か……あ、これだ」



 あったあった。


 これがあれば、きっと不運な神獣様たちも運気が来るはず。



「くわっ?」



 書斎の入口からヒョイッとモチが顔を覗かせる。



「えっへっへ、楽しみにしててよモチ。今日のご飯は『七草粥』だから」



 ホイル焼きに並ぶ、実家の定番料理だ。


 実家にいるときに毎年1月7日に食べてたんだよね。


 七草粥は春の七草が全部入った節句の行事食で、その年を無病息災で過ごすことができるとか。


 ホイル焼きと違って作り方は知らなかったけど、おじいちゃんのスローライフマニュアルにバッチリ書かれていたから問題なく作れる。


 とはいえ、今は夏に片足を突っ込んじゃってる季節。冬が旬の食材も入っている春の七草は使えない。


 だけど、そういう場合は「夏の七草」を使えばいい。


 スローライフマニュアルに、夏の七草がどこで採れるかも書いてあった。


 さすがは先代守り人の原三郎おじいちゃんである。


 さすおじ!



「よし、さっそく七草を採りに行こうか」

「くわ~っ!」



 リビングでのんびりしていたポテとテケテケを加え、アヒルちゃんズと一緒に家を出た。






―――――――――――――――――――

《あとがき》


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