第37話

 台風が過ぎ去った翌日。


 山暮らし71日目。


 天気は良くなったんだけど、ジメジメとしてて、めちゃくちゃ蒸し暑かった。


 台風の後って、こんな感じだよね……。


 神域の力で台風の力を弱めることができるのなら、この暑さもどうにかして欲しいところ。


 でもまぁ、町中よりいくらか涼しいんだろうけど。


 クーラーを付けたくてたまらないけど、せっかく山暮らしを始めたんだし文明の力を借りずにいきたい。


 というわけで、涼しい風を循環させようと縁側の窓を開けに行ったんだけど──。



「……あれ? 誰も来てない」



 庭はしんと静まり返っていた。


 池の蛇口からチョロチョロと流れでている山水の音だけが響いている。


 台風が来る前は少なくとも10匹くらいの神獣様が来てたよね?



「これはやっぱりおかしいな……」



 脳裏に去来したのは、昨日の土砂崩れのこと。


 隣山で神獣様を見かけたし、やっぱり土砂崩れの被害を受けちゃっているんじゃないだろうか。


 むくむくと不安が大きくなる。


 相手は神様だとはいえ、療養中の身。


 傷つき、力を出せなくなっている神獣様も多いはず。


 土砂崩れに巻き込まれちゃったりしたら、ひとたまりもないだろう。



「……見に行ってみよう」



 膳は急げと、山に入る準備をする。


 作業着に軍手。ジャングルブーツ。


 水分補給用の水筒に食べ物。


 農作業用のスコップと鍬。


 さらに、もしものための救急箱も。


 よし。これくらいあれば大丈夫だろう。


 土砂崩れの現場は御科岳の南側だって言ってたっけ?


 スマホで町役場のホームページを見ると、詳しい場所が載っていた。


 軽トラを使えば20分くらいで行けそう。



「……くわっ?」



 モチが「どうしたの?」と言いたげに声をかけてきた。


 彼女の後ろには、テケテケとポテもいる。



「あ、散歩じゃなくて、土砂崩れの現場を見に行くんだ。もしかすると神獣様たちが巻き込まれちゃってるかもしれないからさ」

「くわわっ! イク~!」

「え? モチたちも行きたいの?」

「くわっ!」

「わっわっわっ!」

「が~っ!」



 ドタドタと走り回るモチたち。


 散歩より気合が入っている感じ。


 ひょっとするとこいつらも、異変を感じ取っているのかもしれないな。



「よし、それじゃあみんなで行こう」

「わっ! わっ!」



 軽トラに飛び乗った僕たちは、土砂崩れが起きたという現場へと急いだ。


***


 結局、現場には車で行けず、途中から歩くことになった。


 今回の地すべりは広範囲で起きているらしく、道路の一部が土砂に埋まっていたからだ。


 流石に道路のど真ん中で神獣様が生き埋めになってることはないだろうから、確認すべきは山中で起きている土砂崩れ現場だよね。


 スマホのナビを頼りに急いで向かう。


 アヒルちゃんは散歩のときみたいに、まるで現場までの道がわかっているかのように、自信満々で僕の前を歩いていく。


 そうして歩くこと、30分ほど。


 御科岳の斜面をスプーンですくい取ったかのような土砂崩れ現場が見えてきた。



「……こ、これは」



 その光景を見た僕は、軽く絶句してしまった。


 急斜面から雪崩のように落ちてきている土砂の周辺に、多くの神獣様たちが倒れていたからだ。


 怪我を負って動けなくなっている神獣様や、血まみれになっている神獣様。まだ土砂の中に半分埋もれたままの神獣様もいる。


 そして──彼らを手当てしている、リノアちゃんの姿があった。



「リノアちゃん!?」

「……っ!? アキラ様!?」



 リノアちゃんがギョッとした顔でこちらを見る。



「ど、どうしてアキラ様がここに!?」

「庭に神獣様がいらっしゃらないから心配になって見に来たんです。やっぱり土砂崩れに巻き込まれていたんですね?」

「ええ、そのようでございます」



 鎮痛な面持ちでリノアちゃんが続ける。



「今朝から神獣様たちの姿が見えないのでリノアもお探ししていたのですが、多くの神獣様たちが土砂崩れに巻き込まれてしまったらしくて……」



 リノアちゃんが言うには、土砂崩れが起きたこの場所は、神獣様たちが通る獣道ならぬ「神獣道」だったらしい。


 そして、運悪く神獣様たちが通っている最中に土砂崩れが起きてしまった。



「わたくしが一緒だったらこんなことには……リノア、一生の不覚でございます……」

「何を言ってるんですか。リノアちゃんは悪くありませんよ。ひとまず、急いで神獣様たちを避難させましょう」

「は、はいっ」



 コクリと頷くリノアちゃん。


 とはいえ、どうやってこの大量の土砂の下から神獣様たちを助ければいいのか皆目見当もつかない。


 スコップと鍬は持ってきたけれど、僕とリノアちゃんだけでやるのは途方もなさすぎる。


 それに、いつまた土砂崩れが起きるかわからない。


 天候は回復しているとはいえ、地盤は緩んだままだし。



「くわっ! くわっ!」

「……モチ?」



 少し離れた場所にいたモチが、突然バタバタっと翼をはばたかせた。


 瞬間、目を疑うようなことが起きる。


 彼女の周囲の土砂が、ズゴゴゴッと浮かび上がり始めたのだ。



「んな、な、なぁああああ!?」



 びっくりしすぎて、すっ転んでしまった。



「なな、何だこれ!? ど、どしたモチ!?」

「こっ、これは【物体浮遊レヴィナス】の魔法でございますっ!」

「ふぁあああっ!? ま、まま、ま、魔法ぉおおお!?」



 そんな、ファンタジーの世界じゃあるまいし!


 アヒルちゃんが魔法とか……って、ちょい待ち!


 そういやモチさんってば、異世界の神獣様でしたっけ!?



「ぐわわ~っ!」

「ぐっぐっ!」



 テケテケとポテも、周囲の岩や大きな枝を空中に浮遊させはじめた。


 す、すす、凄い。


 おふたりも、さも当たり前のように魔法を使ってる……。


 こんなことができたんですね、アヒルのみなさん。


 いつも、幸せそうに遊んでるだけの可愛い存在とか思ってすみません。



「ですが、これほどの広範囲にレヴィナスの効果を発動させるには、相当な魔力が必要でございます。今のグリフィン様たちにそんな力はないはずですが……」



 リノアちゃんも驚いている様子。


 モチたちって魔力を失ってアヒルの姿になってるって言ってたっけ。



「もしかすると、アキラ様のおかげなのかもしれません」

「……え? 僕?」

「はい。神気の力を使えるようになったアキラ様が毎日グリフィン様たちのお世話をしているおかげで、かなりのスピードで魔力が回復しているのではないでしょうか」

「そ、そうなんだ?」



 確かに出会った頃より図々し……元気になってるような気がしなくもないけど、あれって僕に慣れてきたからじゃなかったんだ?



「くわっ、くわっ……」



 モチたちがヨチヨチと土砂崩れが起きた場所へと歩いていく。


 大量の土砂が空中浮遊し、下敷きになっていた神獣様たちが姿を現した。



「見てくださいリノアちゃん! 神獣様たちが!」



 だけど、モチたちの力はあまり持続力がないようで、浮かび上がった土砂がバラバラと落ち始めた。



「……ま、まずい! 急いで助けましょう!」

「はいっ!」



 モチたちが踏ん張ってくれている間に、リノアちゃんと手分けして神獣様たちを土砂の下から救い出す。


 全員を引っ張り出した瞬間、ドサドサッと土砂が落ちてきた。



「モチ! みんな!」

「くわ……っ」



 力なく鳴くと、くたっとその場にしゃがみこんだ。


 とっさに抱きかかえたけれど、モチたちに怪我はなさそう。


 ただ、ちょっと疲れちゃってるみたい。



「ありがとうな、みんな」

「ぐっ」



 家に帰ったら、美味しいご飯作ってやるからな。


 とりあえずアヒルちゃんたちには休んでもらい、土砂の下から救出した神獣様たちの元へ向かう。


 引っ張り出してきた神獣様は、全員で10匹ほどだった。


 その中に白狼さんやドラゴンさん、それにシカさんもいた。


 庭にやってこないなと思ってたけど、やっぱり巻き込まれていたみたいだ。



「白狼さん! 大丈夫ですか!?」

「……」



 声をかけたけど、反応はない。


 気を失っているのか?


 血まみれになっている神獣様もいるし、全員がひどい怪我を負っている。


 このままじゃ危険かもしれない。



「アキラ様! 神獣様たちを急いで神域にお連れしましょう!」



 リノアちゃんが悲鳴のような声をあげる。



「治癒効果が高まっている神域内なら、神獣様たちが命を落とすことはないはずです!」



 そうだ。


 怪我を負った神獣様たちの療養地である神域なら、白狼さんたちを助けることができるかもしれない。


 だけど──問題はどうやって神域まで運ぶか。


 神獣様の数は、土砂の下から救出した数も含め、2、30ほど。


 大きなクマや、ウマの姿をした神獣様もいるし、軽トラの荷台じゃ全員運ぶことはできない。


 かといって、呑気に何度も往復していたら、多くの神獣様が命を落としてしまうだろう。



「が~、アキラ」



 と、僕の名を呼ぶ声。


 ふりむくと、ヨチヨチとモチたちがこっちに歩いてきていた。



「アキラ、シンキ」

「……え? シンキ? 神域の力のことか?」

「ソウ。シンキ、ツカウが~」

「アキラ、タスケル」



 ポテやテケテケも続く。


 多分、助言をしてくれているんだと思う。


 アドバイスはとてもありがたいし、彼らを助けたいのもやまやまなんだけど、問題はそこじゃないんだよ。


 どうやって彼らを神域まで連れていけば良いのかが解らない。


 逆にここに神域を移動できたら話は簡単なんだけど──。



「……あっ」



 そこで僕はハッと気づく。


 そうか。そういうことか。


 モチたちは、僕が助けろって言ってるんだ。


 僕なら彼らを助けることができる──。


 自分の手のひらを見て、僕はそう思った。







―――――――――――――――――――

《あとがき》


ここまでお読みいただきありがとうございます!


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