第40話
山暮らし73日目。
いつもと変わらない朝が来た。
布団から出てキッチンに向かい、コーヒーメーカーのスイッチを入れる。
それから縁側の雨戸を開け、陽の光を全身で浴びる。
すると、後ろからアヒルちゃんたちがヨチヨチとやってくる。
「おはようみんな」
「くわっ」
「が~……」
「にゃむにゃむ……」
そのまま庭に出て池へと向かう。
朝の水浴びタイムだ。
僕も彼らと一緒に庭に出て、気持ちの良い朝日を受けながら軽く体操をする。
いつもと変わらない日常。
これが僕のモーニングルーティン。
とはいえ、この日常も久しぶりな気がする。
ここ最近は毎日バタバタしていたからなぁ。
台風対策をやって、安否不明の住人を確認してまわり、それから神獣様の救助をして、彼らの命を救った。
今思い返しても、怒涛の数日間だったな。
昨日はリノアちゃんと一緒に御科岳にいる神獣様の安否確認をしてまわったし。神獣様たちは全員無事だったから安心したけどね。
というか、人付き合いを避けて山暮らしを始めたのに、住民だけじゃなくて神様の安否確認をすることになるなんて、おかしなこともあるもんだ。
神獣様たちの安否確認が終わってリノアちゃんから改めて「神域をよろしくお願いします」と頼まれた。
──と言っても、特別何かをするってわけじゃなく、いつも通り庭掃除をしたり畑で土いじりをしたりするだけ。
あとは、庭にやってくる神獣様たちをおもてなししたり。
あ、そう言えば帰り際にリノアちゃんから「できればイチゴ豆大福もお願いします」ってモジモジしながら頼まれたっけ。
ちょっと可愛かった。
しっかり彼女もおもてなししなきゃね。
というわけで、ようやく戻った僕の日常。
今日はアヒルちゃんたちと、山水の水路を確認してまわることにした。
台風が過ぎ去ってから一度も水路のチェックができていなかったことを思い出したのだ。
モチたちと一緒に山に入って集水桝のチェックをして、水源の落ち葉掃除をする。もう何回もやっているから手慣れたもんだ。
沢で軽く釣りもすることに。
前回は全く釣れなかったから、今日こそは名誉挽回しよう──なんて、意気込んではみたものの、30分経って釣れた魚はゼロ。
ぐぬぬ。このままじゃ、またアヒルちゃんたちに慰められちゃう。
「……おや、アキラ様ではありませんか」
ふいに声をかけられた。
僕の背後に立っていたのはアヒルちゃん……じゃなくて神獣様のシカさんだ。
「こんにちは」
「ごきげんよう。釣りですか?」
「はい。水路を掃除してまわるついでに、ちょっと晩御飯の食材を調達しようかなと。今のところ、1匹も釣れてませんけど」
「ふふ、急く必要はありませんよ」
優しい口調でシカさんが続ける。
「何事も流れというものがありますからね。気を急かさずのんびりと構えていればきっと良い結果につながりますよ。何事も続けることが肝要です」
諭すような口調のシカさん。
なんだかありがたい雰囲気がビシバシする。
実に神様らしいアドバイス。
そもそも釣りって、のんびりするもんだしな──なんて思ってたらヒュッと季節外れの涼しい風が山の中に吹き抜けていった。
「良い風が吹きましたね。北北東の風……絶好の風向きですよ」
「……え? 風向き?」
ふと顔をあげると、シカさんはいなくなっていた。
あれ? いつの間に?
キョロキョロと周囲を見渡しても、どこにもシカさんの姿はない。
こちらにやってきたモチが「どした?」と不思議そうに首を捻ってるだけ。
ううむ。
庭の外で神獣様とばったり会うのは初めてだけど、いかにも神様らしい去り方をするんだなぁ。
「……お?」
なんて思ってると、釣り竿に反応があった。
慌てて糸を引く。
見事、大きなイワナが釣れた。
「おおっ!? 釣れたぞ!? わはは! どうだモチ!?」
「くわっ!? バカナ!?」
ふっふっふ。
びっくりするモチにドヤ顔する僕。
……てか、「馬鹿な」ってなんだよ!?
僕だってやるときはやるんだからな!
それからというもの、今までの結果がウソのように魚が釣れまくった。
夕方くらいまで糸を垂らし続け、カゴいっぱいのイワナをゲット。
流石にここまできたら、自分ひとりの力で釣ったぜ──なんて思えない。
きっとシカさんが何かやってくれたんだろうな。
ほら、魚が釣れるようになる魔法みたいなやつでさ。
これは神獣様たちにおすそわけしなきゃ。
***
自宅に戻って釣ったイワナをさばこうとしたとき、家の呼び鈴が鳴った。
「どっじゃ~ん」
「……」
玄関を開けた瞬間、妙な効果音を発しながら神埼さんが姿を現す。
沈黙。
ええっと、これはどんな反応をすれば正解なのかな?
いつもの宇宙服っぽい防護服のせいで神埼さんがどんな顔をしているのか解らないし。なんともシュールな感じになっちゃってますよ?
「お、お久しぶりです神埼さん」
「アキラさん、ノリが悪いッスよ」
「どんなノリをすればいいのかわからんのです」
というか、そういうの一番苦手だし。
陰キャが最も不得意とするアドリブを求めないでほしい。
「というか、どうしたんですか?」
「や、この前せっかくウチに来てくれたのに、寝起きで塩対応しちゃったじゃないスか?」
「この前? ……あ、台風のとき?」
「そう! だからその仕返しをしにきたっていうか」
仕返し?
お詫びじゃなく?
「どじゃ~ん! 見てください! 30年物の赤ワインッス!」
「……おお!?」
これまたちょっと反応に困ったけど、30年ものってことは結構お高いお酒なんじゃありませんか?
「ひと月くらい缶詰になってた仕事が終わったんで、一緒に飲みましょうよ」
「良いですね。丁度、沢で魚を釣ってきたところなんです」
「おお、魚をサカナに!?」
「あはは、うまいですね」
30年物の美味しいワインなだけに。
神埼さんの声を聞きつけ、モチたちがドタドタとやってくる。
「わっわっ!」
「ぐ~!」
「くわっ、くわっ」
「お、モチちゃん! テケテケちゃんにポテちゃんも!」
「ぐわ~っ」
ごろんと寝っ転がり、ナデナデのおねだりモードに突入するアヒルちゃんズ。
「あはは、今日も可愛いッスねぇ! うりうりうり」
「ぐわっ! わっわっ!」
気持ちよさそうに翼をバタつかせる。
そんな光景を、羨望の眼差しで見つめる僕。
僕には絶対こんなことおねだりしないのに……く、くやしいっ!
リビングに行くと、庭に沢山の神獣様たちの姿があることに気づく。
「ちょ、何スかこれ!? 前より増えてないスか!?」
その光景を見て、驚嘆の声を漏らす神埼さん。
しばし思案し、ハッとなにかに気づく。
「……え、もしかしてアキラさん、神様をペットにしてるんスか!? すげぇ!」
「違います」
速攻で否定。
罰当たりなことを言わないでください。
僕たちは対等な立場っていうか、むしろ彼らはお客様っていうか。
食べものをあげたり、ナデナデしたりはしてるけど。
……ん? それって、ペットみたいなもの?
「と、とにかく、ワインを飲みましょう」
「おけ丸水産ッス!」
いつものように庭を一望できる縁側に神埼さんやモチたちと並び、イワナの刺身と30年ものの赤ワインをいただくことに。
アヒルちゃんたちはお酒はダメなので、ミルクを用意。
「それでは……乾杯」
「乾杯ッス!」
「ぐわ~っ」
手始めに、クイッとひと口。
ワインには詳しくないけど、すごく酸味が効いていて濃厚なぶどうの味わいが鼻の奥から通り抜けていく。
こ、これは……めちゃくちゃ美味い。
「……っかぁ~~! やっぱり良いお酒は美味いっ! 体に染みるうっ!」
神埼さんが、おじさんみたいな口調で唸る。
ていうか、僕がひと口飲む間にグラスを空けちゃってるし。
この人ってば、本当にお酒が好きなんだなぁ……。
「しかし、マジにここって良い場所ッスよね。蓄積された疲れが癒やされるっていうか、のんびりできるっていうか!」
「そ、そうですかねぇ?」
あはは、と曖昧な返答をする。
それも神域の効果のおかげ……なのかな?
神気の力って神獣様たちにしか効果がなかったような気がするけど、リラックスできるっていうのは頷ける。
だってほら、僕もここに来て、だいぶ癒やされてるわけだし。
しかし、とワインを片手に、庭をぼんやり眺めながら思う。
気持ちよさそうに日向ぼっこをしている神獣様と、僕のそばでイワナの刺し身を食べているアヒルちゃんたち。
それに、ほろ酔いになっている、少し遠い隣人の神埼さん。
少し前の生活からは想像できない、なんとも平和でのんびりとした日常。
「……山暮らし生活って、本当に最高だなぁ」
つい、そんな言葉が口から漏れ出す。
亡くなったおじいちゃん、色々と助けてくれた勘吉さん。
それとアヒルちゃんや神獣様たちに感謝をしつつ、しみじみとこの幸せを噛み締めるのだった。
―――――――――――――――――――
《あとがき》
ここまでお読みいただきありがとうございます!
これにて4章は終了でございます。
書き溜めのため、しばしお時間を頂戴できればとおもいます!!
お待たせして申し訳ありません……!
《お知らせ》
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