第35話
その日の夕刻。
アヒルちゃんたちと向かった勘吉さんの家には、見知らぬ人たちが沢山集まっていた。
皆、似たような反射安全ベストを着ている。
警備員さんが夜間に着てる、光りを反射させるアレだ。
確か車のライトとかを反射して、存在を知らせることができるんだよね。
ウチのアヒルちゃんたちが道端に出ることはないと思うけど、一応こういうやつを着させてあげたほうがいいかな?
「……おお、アキラくん。来てくれたか」
なんて考えていたら、勘吉さんが声をかけてきた。
彼も同じようなベストを着ている。
お昼過ぎに勘吉さんから「消防団の仕事を手伝って欲しくて、できればすぐに家に来て欲しい」と連絡があった。
詳しい話は会ってからでいいかなと思ってすぐに飛んできたんだけど……何だか物々しい雰囲気。
「いきなり呼び出しちゃってごめんね」
「全然平気ですよ。でも、何があったんです?」
「実は御科岳で土砂崩れが起きたんだ」
「……え? 土砂崩れ?」
「そうなんだ。それでキミにも──と、ちょっと待ってね」
数名の男の人たちがやってきた。
彼らはリストのようなものを見ながら勘吉さんと話して、どこかへと出発していった。
「……ええっと、ごめん。どこまで話したっけ?」
「土砂崩れが起きたってところです」
「ああ、そうそう。それで、これから消防団総出で住人の安否確認をしにいくんだよ」
なるほど。
さっき出発した人たちはそれだったのか。
土砂崩れが起きたのは、御科岳の南側……つまり、この町がある方面みたい。
今のところ住宅に被害は出ていないらしいけど、多くの人が近くの小学校に避難しているのだという。
だけど安否確認が取れていない住民も多く、今から自宅に確認しにいくらしい。そのお手伝いをやるってわけだ。
「山に入るわけじゃないから危険はないけど人手が必要でさ。すまないけど、お願いできるかな?」
「わかりました、是非協力させてください」
「ありがとう。助かるよ」
「安否確認にはこの子たちも連れていっていいですか?」
足元で不思議そうにキョロキョロしてるモチたちを見る。
「アヒルちゃんを?」
「はい。もしもの時の救助活動の協力……は無理かもしれませんけど、場を和ます事ができると思いますし」
アヒルちゃんたちに愛嬌を振りまいてもらえば、災害の暗い雰囲気も改善されるはず。
勘吉さんは少しだけ考えて、頷いてくれた。
「わかった。そのときはよろしく頼むよ」
「ありがとうございます」
「くわっ!」
モチが元気よく鳴く。
周囲から笑い声が漏れた。
集まった人たちから「可愛いねぇ」とか「手伝って偉いね」なんて可愛がられ始める。
重苦しかった空気が一瞬で明るくなったな。
やっぱりアヒルちゃんたちを連れてきて正解だった。
「よし。それじゃあ行こうか」
僕は勘吉さんと2人で安否確認に行くことになった。
安否不明になっている最初のお宅は、ここから車で15分くらいの場所だ。
そこの区画3世帯ほどの住民が安否不明になっているみたい。
台風の影響で停電になっている場所も多く、それで連絡が取れなくなっている可能性が高いと勘吉さんは言っていた。
「……だけど、土砂崩れなんて怖いですね」
勘吉さんの車の助手席。
3羽のアヒルちゃんを抱えた僕は、ふとそんなことを口にした。
今回、僕の家の近くでは被害が出なかったけど、山暮らしをしている以上、他人事じゃないよね。
「先日見て回ったときは土砂崩れの前兆はなかったんだよね。亀裂もないし、水の吹き出しもなかったんだ」
「そうなんですね」
確かハザードマップでも、土砂崩れの心配はないって書いてたっけ。
なのに突然土砂崩れが起きるなんて、それほど今回の台風が酷かったってことなんだろうか。
「アキラくんの家は大丈夫だった?」
「はい。前日にしっかり対策をしていたので」
実は神域の力のおかげで小雨程度で済んだんです……とは、心の中で返す。
ふと見た道の脇に根本からポッキリ折れてしまっている大木や、どこからか飛んできた看板が転がっていた。
ちょっとゾッとしてしまった。
かなり強い台風だったんだな……。
神域の効力がなかったら、ウチにも相当被害が出ていたかもしれない。
そうして到着した、最初のお宅。
若い夫婦が住んでいる一軒家だったけれど、家も倒壊しておらず無事だった。
丁度、安否確認の連絡を消防団にするところだったみたい。
2軒目も同じ感じ。
土砂崩れが起きたことは知らず、勘吉さんから状況を聞いて驚いていた。
最後の3件目のお宅に住んでいたのは、おばあちゃんだった。
「わざわざありがとうございます。私はなんとか無事ですよ」
「それは良かった。まだまだ風が強いですし雨も続いています。もし不安なら小学校の体育館が開放されているので避難なさってください」
「ご丁寧にありがとうございます」
深々と頭を下げるおばあちゃん。
だけど、避難はしないと言う。
「足腰が悪いというのもあるんですけど、この家を離れるわけにはいかないんですよ。主人との思い出が詰まった大切な場所なので……」
どうやらおばあちゃんは去年夫を亡くして、ひとりで暮らしているらしい。
倒壊するなら家と一緒に──とはハッキリ言わなかったけど、そういう意思が感じ取れる。
そんなことを言わずに命を大事に、なんて言えなかった。
なんだか軽くて無責任な言葉のように思えたからだ。
「……ん?」
と、何気なく視線を送った家の庭。
ひどい光景が広がっていた。
大きな枝が地面に突き刺さっているし、葉っぱやビニール袋などのゴミが散乱している。
「……あの、あれって」
「風で飛んできたんですよ。明日にでも息子に来てもらって片付けてもらいますよ」
おばあちゃんの息子さんは車で1時間のところに住んでいるのだとか。
避難所に行くにも一苦労だというのなら頼むしかないんだろうけど、きっと息子さんも台風で大変だよね。
「あの、よければ僕が片付けましょうか?」
なので、協力を申し出た。
おばあちゃんは「えっ?」と驚いた顔をする。
「安否確認もここで最後ですし、庭のゴミの片付けを手伝いますよ」
「ほ、本当ですか? ありがとうございます……助かります」
ありがたやと柏手を打ちながら、深々と頭を下げるおばあちゃん。
だけど、隣の勘吉さんは目を丸くしていた。
……あ、しまった。
勝手にひとりで話を進めちゃってた。
「す、すみません勘吉さん。この方が困っているみたいだったので、つい……そういうのダメですかね?」
「いやいや、むしろ大歓迎だよ」
「……え?」
「そういうのも消防団の大切な仕事だからね。いつキミに切り出そうか迷っていたところだった」
ニッコリと微笑む勘吉さん。
多分、人付き合いを避けている僕に配慮してくれたんだと思う。
うう、ほんとすみません。
「それじゃあ、一緒にやろうか、アキラくん」
「……はいっ!」
というわけで、いざ庭掃除開始──の前に、軍手を取りに車に戻ることに。
車で待っていたアヒルちゃんズが「それいけ!」と助手席から飛び出し、庭の方へと走っていった。
「ちょ、みんなどこ行くの!?」
「わっわっわっ!」
「くわっ! くわっ!」
「が~っ!」
「あらら、可愛い子たちね」
やってきたアヒルちゃんたちを見て、おばあちゃんもニッコリ。
「うふふ、あなたたちもお手伝いしてくれるの?」
「「「くわっ!」」」
アヒルちゃんたち、綺麗にハモる。
威勢よく返事しちゃってるけど、キミたち掃除のお手伝いとかできるの?
これから庭で遊べる……なんて勘違いしてないよね?
「……けどまぁ、愛嬌を振りまいてくれるなら良いか」
そのために連れてきたんだし。
実際、おばあちゃんも笑ってるし。
「それじゃあ、はじめますね、おばあちゃん」
「はい。ありがとうございます」
というわけで、皆で手分けをして掃除を始めることにした。
―――――――――――――――――――
《あとがき》
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