第28話

 てなわけで、一緒に家に戻ったんだけど──。



「な、何でございますか、この料理は!?」



 テーブルの上に並んでいる料理を見て、ひどく驚かれた。



「え? 野菜のソテーですけど?」

「春野菜のソテー……?」



 席につき、訝しげな表情でクンクンと匂いをかぎはじめるリノアちゃん。



「……すごく……良い、香りがします」



 表情から察するに、文句をつけたかったんだろうけれど、本音が漏れちゃったみたい。口の端に光るものも見えてるし。


 あはは、可愛いなぁ。


 ほっこりしている僕の視線に気づいたリノアちゃんは、ハッと我に返って身を正す。



「あの、頂いて……じゃなくて毒見をしてもよろしいのでしょうか?」

「もちろんです。どうぞ」

「そ、それでは、いただきます」



 リノアちゃんはフォークを手に取ると、恐る恐る春野菜のソテーを口にした。



「こっ、これはっ!?」



 むむむっと難しい顔をするリノアちゃん。



「お、お、お、美味しいっ!?」

「うん、よかった~」



 いちいちリアクションがオーバーだなぁ。


 手を合わせてから、僕も野菜のソテーをぱくり。


 おお、すんごくやわらかくて美味しい。


 流石はレシピサイトだ。



「どう、リノアちゃん? 毒なんて入ってないでしょう?」

「やわらかい歯ごたえに、しっかりとした味付け……この料理はシノリスカ霊峰を想起させる奥深さを感じます!」

「……あ、そう?」



 ええっと、食レポかな?


 相当お腹が減っていたのか、リノアちゃんはガツガツと一心不乱に料理を食べ始めた。


 なんだか子供みたいで可愛い。


 と、ズボンの裾をチョイチョイと引っ張られた。



「がー」

「ぐっ、ぐっ」

「ぐえっ」



 アヒルちゃんたちが自分の皿を咥えて「はよ食べさせろ」と言ってる。



「リノアさん、この子たちにも上げていいですかね?」

「どうぞ」



 リノアちゃん、即答である。


 毒の件はもういいのかな?


 この子、嬉しいことがあると本来の目的をすぐ忘れちゃうタイプ?


 けどまぁ、リノアちゃんが良いっていうのならかまわないよね。


 アヒルちゃんたちのお皿に、ソテーをドサッと入れる。


 すぐにリノアちゃんに勝る勢いでガガガッと食べはじめた。



「……はぁ、たくさん食べました……」



 料理すべてを平らげ、すんごく幸せそうな顔のリノアちゃん。


 その顔を見て、とあることを思い出す。



「あ、そうだ。とっておきの物があるんだった」

「えっ、とっておき?」



 リノアちゃんの目がキラッと輝く。


 何かを期待しているような視線。


 ふっふっふ、その期待に答えてあげましょう。


 冷蔵庫の中から、その「とあるもの」を取り出してくる。



「こっ、これは……宝石でございますか!?」

「いえ、いちご豆大福です」



 今回取り寄せたのは、大隅宝屋のいちご豆大福。


 大正時代から続いている超老舗の和菓子屋さんで、選りすぐりの食材を使ったどら焼きやモナカなんかもある。


 中でも、このいちご豆大福は超大人気商品。


 つぶあんのコシとイチゴの甘酸っぱさがマッチしてて、一つ食べるともう止まらなくなっちゃうみたいなんだよね。


 甘党の神獣様もいるので買ってみた。


 リノアちゃんのお口にも合うといいんだけど。



「イチゴ、マメダイフク……見知らぬ食べ物でございます」

「この世界のお菓子です。甘くてすごく美味しいですよ」

「お、お、お菓子ぃ!?」



 リノアちゃんが素っ頓狂な声をあげる。


 これは相当喜ばれるかな……と思ったけど、どこか呆れたような表情。


 あれ? おかしいな?



「お言葉ですがアキラ様? わたくしは神獣の巫女である前に、りっぱな大人であり騎士でございます。そのわたくしが、このようなお菓子で子供のように喜ぶわけがうまああああああっ!?」



 イチゴ豆大福を頬張った瞬間、ピョンと飛び上がっちゃった。



「えっ!? えええっ!? なんでございますかコレはっ!? 周囲はふわふわとした食感なのに、中はしっとり……濃厚な甘さの向こうからやってくる、甘酸っぱいイチゴの味……これは甘さのマリアージュ!?」

「食レポお上手ですね」



 騎士を辞めてグルメレポーターをやられてみては。


 きっと大人気になると思います。


 ほっぺに両手をあてがい、実に幸せそうな顔でリノアちゃんが続ける。



「お、美味しい……これは美味しすぎるでございますよっ! アキラ様あああっ!」

「あ、じゃあ僕のも食べます?」

「はい、いただきますっ!」



 一瞬の迷いもなく、受け取っちゃった。


 これは相当気に入ったみたい。


 結局、今回取り寄せた3つのイチゴ豆大福は、すべてリノアちゃんの胃袋の中に収まってしまった。


 食べられなかったモチたちは少々不満顔。


 口の周りを片栗粉まみれにした可愛いリノアちゃんが見れたので、僕は大満足ですけどね?



「はぁ……幸せでございました」



 料理と和菓子を堪能したリノアちゃんは、今にも成仏してしまいそうな顔をしている。



「あの、リノアちゃん? 毒見の件はもう良いのですか?」

「……んハッ!?」



 ガバッと我に返るリノアちゃん。


 ようやく思い出したみたい。


 アワアワと慌てふためいて、



「あ、えと、その……ア、アキラ様の料理は大変美味しゅうございました」



 ペコリと頭をさげられた。


 僕もお辞儀で返す。


 お粗末様でした。



「しかし、神獣様たちがアキラ様に心を許していらっしゃる理由が解った気がします。だってあなた様の料理は……すごく美味しい!」

「結論がシンプル」



 あはは、と苦笑い。


 だけど、疑いが晴れたみたいで良かった良かった。


 これにて一件落着──かと思った矢先。


 すっくと立ち上がったリノアちゃんが、こちらに向かって剣を抜いた。



「アキラ様、こちらにどうぞ」

「……え?」



 な、何だろ?


 今から叩き斬る……ってことじゃなさそうだけど。


 不安を抱えつつ、言われるがままリノアちゃんの傍に。



「えと、ちょっと屈んでいただけますか?」

「こ、こうですか?」

「はい」



 片膝をつくと、リノアちゃんは剣の腹の部分を僕の肩に当てる。


 あ。これ、映画とかで見たことがある。


 ほら、王様が騎士にするやつだよ。


 何だったっけ?


 アレ……アカ……アコレード?



「アキラ様のことを完全に信用したというわけではありませんが、一時的に神域の守り人に任命いたします」

「え? あ、ありがとうございます」



 場の空気に流され、しどろもどろで答える。


 いや、別に守り人になりたいわけじゃないんですけど。


 でもまぁ、いいか。


 今までと変わらず、のんびり山暮らしするだけだし。


 ていうか、神域の守り人ってリノアちゃんが任命するのね。


 それも神獣巫女さんの仕事なのかな?


 リノアちゃんは剣をさやの中に納めると満足気に頷く。



「日々精進くださいませ。それではリノアはこれで失礼いたします」

「はい。またいらしてください」



 何気なく答えた。


 できれば人付き合いは勘弁なんだけど、リノアちゃんみたいな子だったら全然苦じゃないしさ?


 意気揚々と玄関に向かうリノアちゃん。


 だけど、突然足を止めこちらをチラッとこちらを見る。



「……あの、アキラ様?」

「はい?」

「本当に、また来て良いのでございますか?」

「……え?」

「その、さきほど『またいらしてください』と……」

「ああ、はい。いつでもどうぞ」

「……っ!」



 リノアちゃんが目を輝かせる。



「あ、あの、あのっ! できればイチゴマメダイフクをっ! 是非っ!」



 吹き出しそうになってしまった。


 要望されちゃったよ。


 リノアちゃんは日本料理と和菓子にメロメロになってしまったらしい。


 だけど、求められれば、与えねばなりますまい。


 なにせここは──神獣様たちが集まる、バカンス地なのだから。



「もちろん、ご用意させていただきますよ」



 そう答えたときのリノアちゃんの顔といったら。


 この子、本当に成人してるのかなぁ?






―――――――――――――――――――

《あとがき》


ここまでお読みいただきありがとうございます!


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