第29話
「アキラさ~ん! こんにちわ~~!」
山暮らし50日目。
ある昼下がり──。
玄関の方から女性の声がした。
この声は、神埼さん?
「ヤ、ヤバい!」
この状況を見られるのはマズい。
今日は帰ってもらおうと思って立ち上がった瞬間、庭先にひょっこりと宇宙服を着た彼女が現れた。
色々な意味でギョッとしたよね。
その姿、何回見てもビックリするからやめて欲しい。
神崎さんは、手に持った酒瓶をプラプラとしながらこっちにやってくる。
「ちょっと見てくださいッスよ! シュコー……知り合いのツテで、すんごく良い日本酒が手に入ったから、シュコー……一緒に飲も──って、何スかこの状況? シュコー……」
宇宙服を着ていても、ぽかんとしているのが雰囲気でわかった。
多分、縁側に並んでいる面々を見て驚いたんだろうな。
うん、わかるよ。
縁側にズラッと人外の生き物が並んでたら、そんな反応になるよね。
僕と一緒に並んでいるのは、庭にやってきた神獣様。
そして、モチ、テケテケ、ポテのアヒルちゃんズ。
さらにはリノアちゃん。
みんなで仲良く、いちご豆大福を食べているのだ。
「ふっふ~ん♪ ふっふっふ~ん♪」
口の周りを片栗粉だらけにしてるリノアちゃんが鼻歌を歌いながら、足をプラプラとさせている。
どっからどう見ても、上機嫌な可愛いお子様。
これで成人している立派な大人っていうんだからなぁ……。
今でも信じられない。
宇宙服を脱いだ神埼さんも、信じられないみたいな顔をしていた。
「……アキラさん、お子さんがいたんスか?」
「いません」
即答。
そう言われるだろうなと思ってたけどさ。
色々と誤解されてるみたいなので、神埼さんに事情を説明することに。
こうなっているには深い理由があるのだ。
先日、去り際のリノアちゃんに「いつでも来て」と伝えたのは事実だけど、あれから毎日のように遊びに来るようになったんだよね……。
最近ではタダ飯は悪いと思ったのか、畑作業とか水路の確認なんかを手伝ってくれるようになったし。
今日はピーマンの収穫を手伝ってもらい、結構な労働になっちゃったのでいちご豆大福をごちそうしているというわけだ。
しかし、と大福を美味しそうに食べているリノアちゃんを見て思う。
神獣巫女ってもっとこう、神獣様に仕える崇高な職業で人々から尊敬される存在だと思っていたけど、そうでもないのかな?
や、確かに神獣様たちのお世話をしているのは見かけるけど、威厳がないっていうか、ただのお子様っぽいっていうか。
いやまぁ、全然良いんだけどね?
彼女がここに来るようになって、良いことも起きているし。
麓の町で頻発していた危険動物の目撃情報がパッタリなくなったのだ。
どうやらリノアちゃんが山の神獣様たちに「神域は安全です」って声をかけてくれてるっぽい。
お陰で庭には以前に増して多くの神獣様たちがやってくることになったんだけど、町に平和が戻ったみたい。本当に良かった。
「そういうことだったんスね。なんだか凄いことになっててウケる」
ケラケラと笑う神埼さん。
笑って済ますなんて、流石ギャル。
ていうか、やってきたのが勘吉さんじゃなくて神埼さんでよかったのかもしれない。勘吉さんだったら卒倒してそう。
や、できれば神埼さんにも見られなくなかったんだけどね?
LINKS交換してるのにいきなり来ちゃうからなぁ、この人。
「あの、神埼さん? このことは他言無用でお願いしますね?」
「もちろんッス。あたし、口が固いほうなんで。てか、山に神様がいるなんて話しても誰も信じてくれなさそうスけど」
「まぁ、確かにそうですね……」
縁側に並んでいるメンツを見て、苦笑い。
写真を撮っても、珍妙動物に囲まれて幸せいっぱいのお子様写真だと思われて終わりそうだ。
「……あれ、アキラ様? このお方は?」
ようやく神崎さんの存在に気づいたのか、リノアちゃんが尋ねてきた。
いちご豆大福に夢中になりすぎですよ、騎士巫女様。
「彼女はとなりの山に住んでいる神埼さんです」
「カンザキ……さん」
リノアちゃんはピョンと縁側から降りると、礼儀正しくスカートの裾をつまんでお辞儀をした。
「お初にお目にかかります、カンザキさん。わたくし、リュミナスの王都フェランディオスを総本山とする聖道教会の騎士巫女にして神獣巫女、リノア・リンデミッテと申します」
「え? あ、こ、こんちにはッス」
しどろもどろといった感じで頭を下げる神埼さん。
子供なのにしっかりしてるな、とか思ってそう。
「え……と、良くわからないスけど、名前はリノアちゃんで合ってるスか?」
「いえ、リノアさんでございます」
しっかり訂正するリノアちゃん。
そこ、大事だよね。
だけど、さんづけで呼ばれたいなら、まずは口の周りの片栗粉を拭いたほうがいいと思うな、おじさん。
「それで、カンザキさんはどのようなご要件で?」
「良いお酒が手に入ったからアキラさんと飲もうと思ったんスけど、ちょっとアキラさんを借りてもいいスかね?」
「お酒!? それはこのイチゴマメダイフクと合うお酒でしょうか!?」
「え? あ~……どうスかね? 多分合うと思うスけど……え? リノアちゃんも飲むの?」
「リノアさんです。もちろん飲みます」
「……」
神埼さんから「マジでいいの?」と言いたげな視線を向けられた。
苦笑いで頷く。
まぁ、本人は成人してるって言い張ってるからね。
というわけで。
急遽、神崎さんが持ってきてくれたお酒(聞けば1本9万円くらいする大吟醸酒らしい)と、僕が取り寄せた和菓子でスイーツパーティを開くことに。
リノアちゃんのリクエストで、色々とスイーツを取り寄せてるんだよね。
まずはお気に入りの大隅宝屋のいちご豆大福。
それと、長寿寺の桜もち。
長寿寺さんも長い歴史を持つ老舗の桜もち屋さんで、関東風の桜もちを考案したお店として有名なんだとか。
さらにさらに、明治時代から続く盟文堂さんのカステラも。
盟文堂は日本全国に店舗があるんだけど、せっかくなので長崎の総本店から取り寄せてみた。
その豪華な和スイーツたちをお皿に盛り合わせして、縁側でいただく。
「……うほ、これウマッ!!」
桜もちを頬張った神埼さんが、悲鳴のような声をあげた。
「いつも思うんスけど、アキラさんのスイーツチョイスって神がかってるッスよね〜」
「そ、そうですかね?」
食べたいやつを適当に選んでるだけなんだけどな。
てか、前に神埼さん来たときも和スイーツでお酒を飲んだっけか。
「はわぁ……サクラモチも大変美味しゅうございますぅ」
隣のリノアちゃんも大喜び。
「こっちのカステラも美味……お酒もすごく美味しいですし、リノア幸せでございますっ!」
感激のあまり、プルプルと震えだす。
あまり食べ過ぎると太っちゃうから、ほどほどにね?
ふっくらとしたリノアちゃんも可愛いとは思うけど。
「あはは、リノアちゃん良い食べっぷりっスね!」
「カンザキさん、わたくしのことはリノアさんとお呼びくださいと何度も──」
「なに言ってんスか。どっからどう見てもリノアちゃんじゃないスか」
カラカラと笑う神埼さんを見て、膨れっ面になるリノアちゃん。
というか、リノアちゃんってば神埼さんは全然警戒しないんだな。
僕のときは敵愾心むき出しだった気がするけど。
あ、もしかして神埼さんのこと同じ異世界人だと思ってる?
金髪だし、宇宙服着てたし。
そんなこんなで、突如開催した大吟醸スイーツパーティは、2時間ほどでお開きに。
リノアちゃんは神獣様たちと一緒に帰ることになった。
彼女っていつもこの時間に帰るんだけど、どうやら異世界側の山の麓にも小さな町があって、そこに宿を借りてるらしい。
神獣様たちとは山の中でお別れしてるみたいだけど。
「今日も大変美味しゅうございました。ありがとうございます、アキラ様」
「こちらこそピーマンの収穫を手伝ってくれてありがとうございます。これ、持って帰ってください」
「……うえっ!? 野菜をこんなに!?」
段ボールいっぱいに詰まった野菜を渡す。
畑の敷地は広くないけど、神域の効力のおかげなのか沢山野菜が採れるんだよね。後で神埼さんにもおすそわけする予定だ。
「それでは失礼します。カンザキさんもありがとうございました」
「ういッス! また飲みましょう~」
ペコリとお辞儀をしたリノアちゃんは段ボールをヨイショと抱え、軽い足取りで庭の裏口へと向かう。
体は小さいのに、相変わらずの力だな。
──なんて感心していたら、ふと足を止める。
「……ああ、そう言えば」
クルッとこちらを向いたリノアちゃんは、さも他愛もないことを話すように続けた。
「ちょっと気になったことがあるのですが」
「気になったこと? 何です?」
「昨日くらいから、もしやと思っていたのですが、間違いなくアキラ様のお体──神域化していると思います」
「へぇ、そうなんですね」
そう言って、何か変なことを言われたような気がして、その言葉を頭の中で反芻した。
──間違いなくアキラ様のお体、神域化していると思います。
ざざざ~っと風が吹き、山の木々たちがざわめき出す。
ぽかんとしている僕と神埼さんの傍を、アヒルちゃんズが池に向かってヨチヨチと歩いていく。
「……今、何て言いました?」
たっぷりと時間を置いて聞き返してしまった。
僕が神域化?
えと、どゆことなのかな?
困惑する僕をよそに、同じく状況を理解できていないであろう神埼さんが「おお、よかったッスね、アキラさん!」と拍手をした。
―――――――――――――――――――
《あとがき》
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