第22話
消防団のお手伝いIN御科岳の日がやってきた。
山の中に入る格好をして着替えやらを詰め込んだリュックを背負い、朝一番に軽トラで勘吉さんの家に向かった。
道中は結構ドキドキしちゃった。
だって山の見回りなんて初めてだし、消防団にどんな人がいるのかちょっと不安だったからね。
圧の強い人がいたら嫌だなぁ。
無理やり所属させられたらどうしよう。
「あはは、心配いらないよ。今日は僕たちだけから」
勘吉さんに何気なく話したら、笑われてしまった。
そう言えば、見回りは僕たちだけでやるって言ってたっけ。
「それに、みんな静二義兄さんみたいな気さくな人たちだから」
「……そ、そうなんですね」
何だろう。オタク気質な静二さんみたいって言われたら、急に大丈夫な気がしてきたぞ。
僕ってば、単純すぎ?
てなわけで、勘吉さんの軽トラに乗り換え、車で山へと向かう。
いざという時に逃げられるように車で行くんだとか。
相手はクマやイノシシのような危険な動物だし、緊急時のことは考えておいたほうがいいよね。
流石は見回りのプロ──というわけでもないか。
壊れている柵を発見したら補強して、もし動物を発見したら車の中から大きな音を立てたりして追い払う。
そのときはアヒルちゃんたちも大きな声で鳴いてもらうつもりだ。
「頼むよみんな? 精一杯大きな声で鳴いてね?」
「ぐわっ!」
「がーっ!」
「くわわっ!」
「うん、まだ早い」
だけど、やる気はバッチリみたい。
木漏れ日が落ちる道を、ゆっくりと走っていく。
最初は舗装された道を走ってたんだけど、いつの間にか土がむき出しになっている山道に入っていた。
と、車の左側にフェンスが見えた。
あれが緩衝地帯に設置されている柵だ。
緩衝地帯は人と野生動物のテリトリーが重なる場所。
つまり、いつ危険動物が現れてもおかしくない地域だ。
ごくりと息を飲む。
風で揺れる茂みを見ただけで、つい手に力が入ってしまう。
うう、やっぱり怖いなぁ……。
なんて戦々恐々していると、ふと、助手席の窓から周囲に目を光らせているモチたちの姿が目に入る。
ピンクリボンのモチ。
赤いカバンのテケテケ。
青いスカーフのポテ。
可愛いアクセサリーを付けた3羽のアヒルちゃんたちが、真剣に車の外を見ている。
「ぐっ……ぐっ、ぐっ」
だ、大福餅みたいで可愛い……。
本人たちは至って真面目なんだけど、むしろそれがほっこりポイントを爆上げしてるっていうか。
「ふふ、アヒルちゃんたち、しっかり仕事をしてるみたいだね」
「ですね」
勘吉さんも、ニッコリ笑顔。
アヒルちゃんたちのおかげで、少しだけ気が楽になったよ。
それから2時間ほどかけて一通り確認したけれど壊れている柵はなく、動物の姿も確認することはできなかった。
てなわけで、何事もなく無事に勘吉さんの家に帰還。
ほっとした瞬間、ドッと疲れが押し寄せてきた。
相当緊張してたんだな。
無事に終わって良かったけど、ちょっとだけ気になったのが先日見た異世界の景色のことなんだよね。
車で結構な距離を走ったんだけど、あの風景は一度も見えなかった。
もしかしてあの景色……というか、異世界に行くには何か特別な方法があったりするのかな?
今度白狼さんに聞いてみようかな。
「お疲れ様、アキラくん」
勘吉さん宅のリビングで休んでいると、勘吉さんが戻ってきた。
消防団の分団長さん(この地域を管轄している偉い人)に報告しに行っていたみたい。
「見回り手伝ってくれてありがとう。助かったよ」
「結局、動物はいなかったですけどね」
「いないに越したことはないよ。はいこれ」
勘吉さんが封筒を差し出してくる
なんだろう、これ?
「今回の謝礼金だよ。あんまり多くはないけど」
「……ええっ!? そ、そんな大丈夫ですよ! そういう理由で手伝ったわけじゃないですし!」
それに、おじいちゃん家の管理費は頂いてるし、これ以上お金をもらうわけには……。
だけど、勘吉さんは真剣な面持ちで続ける。
「消防団に所属してとは言わないけど、できればアキラくんには定期的に手伝ってもらいたいんだ。だから、ちゃんと受け取って欲しい」
「……」
ちょっと困ってしまった。
定期的に活動を手伝うのは構わない。
元々、僕自身もそのつもりだったし。
だけど、やっぱりお金を貰うってのはなぁ。
勘吉さんとしても無償で手伝ってもらうつもりはないってことだろうけど、車に乗
って見て回るだけだったし。
ううむ、どうしよう。
──なんて悩んでいたら、勘吉さんが僕のリュックポケットに封筒をねじ込んできた。
う……これじゃあ、頂くしかないじゃないか。
「で、では、ありがたく頂戴します」
「うん。またお願いします」
ニッコリと微笑む勘吉さん。
笑顔が眩しい。
「あっ、アヒルちゃんだ!」
はるかちゃんが、アヒルちゃんばりにドタドタと走ってきた。
「はるかとあそぼ!」
「ぐわっ! アソブ!」
「アソブ、アソブ!」
「くわわっ!」
バタバタと嬉しそうに翼をバタつかせるモチたち。
すっかり仲良くなっちゃってまぁ。
この前は鬼ごっこっぽい何かをしてたっけ?
てか、人間と鬼ごっこできるアヒルって、やっぱりすごいよね?
というわけで、しばし遊んでから帰ることにした。
リビングで走り回るはるかちゃんとモチたちを微笑ましく見ていると、勘吉さんがふと思い出すように席を立った。
「どうしました?」
「アキラくんに渡したいものがあったんだった」
「……え? 渡したいもの?」
な、何だろう?
また謝礼金とか言わないでくださいよ?
不安に苛まれながら待っていると、勘吉さんが細長い何かを抱えて戻ってきた。
あ、それって──。
「もしかして、釣り竿ですか?」
「そうそう。前に釣りをやりたいって言ってたのを思い出してさ。僕のお古だけど御科岳の沢でも使える渓流竿だし、よかったら使ってよ」
か、勘吉さん……。
ちょっと感動してしまった。
雑談の中で何気なく話題に出しただけなのに、しっかり覚えてくれてたなんて。嬉しすぎる。
というか、改めて勘吉さんっていい人過ぎない?
田舎の人たちって、みんなこんなに優しいんだろうか。
静流さんや静二さん、神埼さんもすごくいい人だったし。
神埼さんは田舎の人じゃないけど。
「ありがとうございます。大切に使わせてもらいます」
「釣りに初チャレンジした話、聞かせてね?」
「もちろんです」
それくらいならお安い御用。
よし、早速、明日にでも釣りに出かけますかね。
***
結局、アヒルちゃんズとはるかちゃんは夜遅くまで遊び続け、自宅についたのは夜の9時を回ったくらいだった。
晩ご飯までごちそうになっちゃったし。
リーマン時代だったら「まだまだ夜はこれから」な時間だけど、山暮らしを始めた今ではかなり深い時間。
すでにちょっと眠い。
なので、サッとお風呂に入って寝ようと思ったんだけど、僕の布団に大福餅が3つ並んでいた。
流石に遊び疲れたんだろう。
「ふふ、仕方ないな。今日は特別に布団で寝てもいい……なんて言うと思ったら大間違いだからなっ!」
気を使ってソファーで寝たりするもんか!
そもそも、布団は僕の領地だし!
モチたちの隙間に体をねじ込み、強引に眠りにつく。
ついでにモチを抱き枕みたいにしてフワフワ羽毛を堪能……。
ああ、気持ちいい……。
というわけで、モチ効果で安眠した翌朝。
勘吉さんに頂いた釣り竿とカゴ、それと、お弁当を持ってアヒルちゃんたちと家を出発した。
目指すは、神埼さんと遭遇したときに発見した、あの沢だ。
アヒルちゃんたちは戯れで魚を捕まえてたわけだし、釣り竿を使えば大漁間違いなしだよね。
──な~んて、たかをくくってたんだけど。
「つ、釣れねぇ……」
沢辺に腰を下ろし、かれこれ1時間くらい糸を垂らしているけど、小魚1匹すら釣れてない。
この沢に魚がいないというわけじゃないと思う。
スイスイと気持ちよさそうに泳いでいる魚の影が見えるし、なにより、やきもきしてる僕の横でアヒルちゃんたちが次々と捕獲してるし。
持ってきたカゴに大漁の魚がピチピチ跳ねているのは、全部アヒルちゃんたちのおかげなのだ。
うう、情けない。
「……ん?」
なんて心の中で嘆いていたら、ヨチヨチとポテがやってきた。
その口には、お魚が。
ヒョイッとカゴの中に入れて、僕の顔を覗き込む。
「ぐぅわぁ~?」
「……っ!? な、なな、なんだよ!? 僕はのんびり釣りをしたいだけだからな!?」
「ぐわ~……」
何その残念そうな反応!?
こ、こいつっ……明らかに僕を下に見てるっ!
クソッ、簡単に捕れるからって調子に乗りやがって。
ここからが本番だから、見てろよ!
……と、気合を入れたは良いものの、引き続きのんびり日向ぼっこする時間だけが過ぎていき。
一方のアヒルちゃんたちは、シュバシュバと魚を捕まえていく。
気づけばカゴには凄まじい数のお魚さんたちが。
「……うん、大漁だな」
「ぐわっ……アキラ、ツリヘタ」
「ダケド、リョウリ、ウマイ」
「キニスルナ」
「……っ!?」
えっ、ちょっと待って?
今、僕……慰められた?
ちょっと魚を捕まえられるからって飼い主を下に見る横風な鳥類だと思ってたけど、何て優しいアヒルちゃんなのかしら!
取って付けたような慰め方だけど!
ん? もしかして勝者の余裕ってやつ?
「……まぁいいか。楽しかったし、面白い話のネタになったし」
神埼さんに話したら、腹を抱えて笑いそうだ。
帰り際、スマホの電波が届いたタイミングでアヒルちゃんたちが捕まえてきた魚を調べてみたけど、イワナやニジマスなど食べられる魚ばかりだった。
今日の晩御飯は魚料理だな。
刺し身にするのは面倒だからやめて塩焼き……いや、ちょっとだけ手を加えてホイル焼きとかにしても良さそうだな。
レモンとバターを一緒にホイルにくるんで、庭の石窯で焼く。
くぅううう! 想像しただけで美味しそう!
取り寄せたワインにもめちゃくちゃ合いそうじゃない?
よっし、今日は久しぶりにお酒を飲もうかな!
「ふんふんふ~ん♪」
自宅に戻る足も軽くなるというもの。
鼻歌まじりで家に到着し、その足でキッチンへ。
「ふんふ〜ん──うえっ?」
縁側を通りかかったとき、思わずギョッとしてしまった。
そこから見える庭──。
いつもなら、白狼さんやドラゴンさんたちがのんびりしているだけなのに、おびただしい数の動物がいたのだ。
シカさんに羊さん。
けむくじゃらのトカゲに、めちゃくちゃ大きいワシみたいな鳥もいる。
「……え? え? えええっ!?」
二度見で済まず、五度見くらいしちゃったよね。
え? なんでこんな数の動物が?
もしかしてこの子たち……神獣様?
そう言えば一昨日「家を留守にするから」って白狼さんに話したっけ。
今日は朝早くから山に入っちゃったし、もしかして昨日からこんな感じだったのかな?
「なるほど、こっちも大漁でしたか……」
ピチピチと跳ねるお魚さんたちを抱え、ついそんな言葉が出てしまうのだった。
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《あとがき》
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