第23話
そこそこ広いはずの庭に所狭しと動物たちがひしめき合っている光景は、壮観……というか、ちょっぴり怖い。
ていうか、僕がいなくても自由にのんびりしていいよって言ったけど、ちょっと多すぎないかな?
こんなに多くの神様がいらっしゃるなんて予想外すぎる。
「待てよ? 神様じゃなくて普通の動物さん、なんてことはないよね?」
ほら、危険動物が増えてるみたいだし。
ちょっと確認してみよう。
魚を縁側に置いて、恐る恐る庭に出る。
僕の姿に気づいて、寝ている神獣様(仮)がちらりとこちらを見たけど、すぐに顔を伏せた。
僕への警戒心はないみたい。
普通の動物さんだったら逃げ出しちゃうだろうし、やっぱり神獣様なのかな。
よくよく動物さんたちを見ると、少し不思議な見た目をしていた。
例えば、納屋のヒサシの下で眠っているシカさんは、角にキラキラと輝く刺繍みたいなものが入っている。
その文様が少しだけ光っていて、なんとも神々しい。
「……あ」
なんて思っていたら、シカさんが僕の視線に気づいた。
ゆっくりと立ち上がって、トコトコとこちらにやってくる。
「こんにちは。お邪魔させていただいております、アキラ様」
「……えっ、言葉が喋れるんですか?」
「はい」
なんと。
これは間違いなく神獣様だ。
「突然大勢で押しかけてしまい、申し訳ありません」
「い、いえ。全然大丈夫ですよ」
ちょっと驚いたけど。
「ここにいらっしゃる方たちは、全員神獣様なんですか?」
「そうですね。私を含め」
シカさんは庭を眺めるように顔を上げる。
瞬きをした瞬間、光の粒のようなものがキラリとこぼれ落ちた。
うわっ、すごい。
何だかわからないけど、神様っぽい!
「しかし、御科岳にはこんなに沢山の神獣様たちがいらっしゃったんですね……」
「これで全員ではありませんよ。まだ山の中で警戒している者も多いです」
「そ、そうなんですね」
ちょっとあっけにとられてしまった。
そうですか。まだまだこんなものじゃないですか。
てか、彼らが一斉に来たとして、この庭に入りきるのかな?
「多くの神獣たちがジェラノに集まっているのには理由があります。ここ最近、神域の力が強まっていまして、長期休養のために訪れたいという者が増えているのです」
「長期休養」
つまり……バカンス的な?
なるほど。ここは神獣様たちのリゾート地みたいになってるってわけか。
神域ってそんな効果もあるんだなぁと感心しちゃったけど、僕も療養してるわけだし同じようなもんか。
「状況は理解しました。お邪魔してすみませんでした。どうぞごゆっくりお休みください」
「ありがとうございます」
頭を垂れ、シカさんが再び納屋のヒサシの下へと歩いていく。
そんなシカさんと入れ替わるように、家のほうからピンクリボンのモチを先頭にアヒルちゃんたちが並んで歩いてきた。
「くわっ、くわっ」
神獣様たちを気にする様子もなく、彼らの隙間を縫ってヨチヨチと歩いていき、池のほとりでアクセサリーを器用に外しはじめる。
「くわ〜っ」
そして、池の中にポチャン。
気持ちよさそうに、パチャパチャと毛づくろいをはじめた。
「この状況に全く動じてないな……」
どんなことが起きようとも、自分たちのやりたいことを曲げない。
流石はウチのアヒルちゃんたちである。
心臓に毛が生えてそう。
「しっかし、いろんな神獣様たちがいるんだな」
庭を眺めて改めて思う。
哺乳類や鳥類、爬虫類まで多種多様な姿をしていらっしゃる。
哺乳類ひとつをとっても、シカや羊みたいな草食獣から、クマやイノシシのような肉食獣まで──。
「あっ」
そのとき、とあることに気づく。
「もしかして、御科岳で目撃された危険動物って……神獣様たちのことでは?」
シカさんは、「まだ山の中で警戒している者も多い」と言っていた。
多くの神獣様たちが御科岳の各地にとどまり、中には麓の町近くまで降りてしまった神獣様もいるのかもしれない。
それで、麓の住人たちの目に留まる機会が増えてしまった。
多分……いや、絶対そうでしょ。
「……え? てことは、元を返せば危険動物騒ぎって僕のせい?」
だってほら、神獣様たちが足止め食らっちゃってるのは、僕がここに住み始めちゃったせいだし。
僕のせいで麓の町の人たちを不安にさせていたと言っても過言ではない。
……気まずい。
とてつもなく、申し訳ない。
これは一刻も早く神域は安全だと神獣様たちに広めければ。
「けど、どうやって?」
神域は安全ですよと言いながら山の中をまわっても、余計に警戒されるだけだろうし。
う~む。どうしよう。
「くわっ」
水浴びを終えたモチがやってきた。
いつの間にか、しっかりピンクのリボンをつけている。
どうやってつけたんだろ?
そんなモチが、ヒョコッと僕の顔を覗き込む。
「サカナ」
「え?」
「サカナ、ドウシタが~?」
「……あっ」
しまった。縁側に放置したまま、すっかり忘れてた。
今日使わない分は冷凍保存しとかないと味が落ちちゃう。
「サンキュー、モチ。今日の晩御飯はニジマスのレモンバターホイル焼きだから、楽しみにしといて」
「くわっ!」
というわけで、神獣様の件は一旦保留してキッチンへと急いで向かう。
魚は冷凍保存する前に血抜きをして締める必要があるんだけど、初めての作業だったので一時間くらいかかってしまった。
ちなみに、やり方は勘吉さんに教えてもらいました。
初心者でも手早くやる方法を知ってた勘吉さん、マジ神すぎる。
今日料理に使う数匹以外は冷凍庫に保存して、ようやくレモンバターホイル焼きを作ることに。
作り方は簡単。
まず、内臓を取ったニジマスを30分ほど流れる水に晒して臭みを取る。
それから、大きく切ったアルミホイルに玉ねぎやシメジと一緒にニジマスを乗せ、塩コショウを降った上にバターと輪切りにしたレモンを落とす。
最後にホイルをしっかりと閉めて石窯で焼く。
ニンニクなんかを入れても美味しい。
コンビニ弁当ばかりのリーマン生活をしてたのに、なんでこんなにホイル焼きに詳しいかというと、実家で母がよく作ってくれていたからだ。
ウチの実家は共働きで忙しかったから、お手軽で美味しいホイル焼きをよく作ってくれてたんだよね。
つまり、これが僕の「故郷の味」のひとつってわけ。
他にも旬の山菜を使った「七草粥」とか良く作ってもらってたっけ。
懐かしいな。
「そう言えばスローライフマニュアルにも七草粥の作り方が書いてあったな」
神域のことはこれっぽっちも書いてなかったのに。
もしかすると、おじいちゃんが母に作り方を伝えたのかもしれないな。
今度チャレンジしてみよう。
時計を見るとお昼の3時。
あとは焼くだけなんだけど、晩御飯にはちょっと早いよね?
軽めにおやつでも食べるか。
この前収穫したジャガイモで作ったポテトチップスがまだ大量に残ってるし。
石窯の準備をするついでに、モチたちに声をかける。
「お~い、みんな~。ちょっとおやつでも食べ──」
と、庭を見てギョッと固まってしまった。
縁側越しに、こちらを見ている無数の目──。
多くの神獣様たちがズラッと並んでこっちを見ていたのだ。
想像してみて欲しい。
無数の肉食獣たちが、家の中を覗いている光景を。
彼らは神様なのでありがた~い存在なんだけど……ハッキリ言って、めちゃくちゃ怖い。
「……あのう、アキラ様?」
シカさんが硬直していた僕に声をかけてくる。
「な、なな、なんでしょう?」
「お作りになられているそれは、白狼が食べたという筆舌に尽くしがたい美味さのピなんとかという料理でしょうか?」
「え?」
白狼さんが食べたピなんとか?
なんのことだろう。
しばし逡巡。
……あ、ピザのことか。
「いえ、これはピザではなくて、ニジマスのレモンバターホイル焼きという料理でして」
「レモンバター?」
「はい。このアルミホイルの中にニジマスとバターが入っていて、蒸し焼きにするとすごく美味しいんです」
「ほほう」
「キュイッ」
「フゴッ」
並んだ神獣様たちが、次々とうなり声をあげる。
その額には「食べたいです」という文字が見える……ような気がする。
「……えと、食べます?」
「是非」
少し食い気味にシカさんが答える。
その口元には少しだけ光るものが……。
いや、シカさんだけじゃなく他の神獣様も。
「わ、わかりました。それでは、皆さんの分もご用意させていただきますので、少々お待ちを……」
「ありがとうございますっ! お待ちしておりますっ!」
「キュイッ!」
「フゴゴッ!」
「ブモッ!」
シカさんの声に呼応して、神獣様たちがササッと一列に並ぶ。
うわぁ! お行儀いい!
おまけに、ちゃっかりモチたちも並んでるし。
だけど、どうしよう?
神獣様にも食べてもらうとなると、1匹、2匹じゃ済まないよね?
これは今日釣った魚全部ホイル焼きにするしかないか。
―――――――――――――――――――
《あとがき》
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