第19話

 壁の修復作業は20分ほどで終わった。


 さっきまで大穴が開いていた場所は傷一つ無くなっていて、むしろ前より綺麗になっている雰囲気すらある。


 すごい。一体どうやったんだろう?


 神通力とか使ったのかな?



「みなさんお疲れさまです。これ、良かったらどうぞ」



 白狼さんから「仕上げの確認をお願いします」と言われたついでに、色々とキッチンから持ってきた。


 日本酒はもちろん、みんなが作業をしている傍らで焼いたピザとか。



「……おおっ、それはっ!」



 早速、白狼さんが反応した。



「以前にアキラ様からいただいた食べ物ですね!?」

「あ、覚えててくれたんですね」

「もちろんですとも! あれは本当に美味でございました……」



 少しだけ遠い目をする白狼さん。


 その口元には、少しよだれが……。


 どうやら以前に食べたピザの味を思い出している様子。


 あはは、そうとう美味しかったんだね。



「ちなみにそれは何という料理なのでしょう?」

「ピザですよ。そこの石窯で焼いたんです」

「ほほう。ピザ、でございますか……しかし、前に頂いたものより美味しそうな香りがしますね」



 鼻をスンスンと鳴らす白狼さん。


 以前にお出ししたのは冷めちゃったやつだけど、今回は焼き立てだからね。



「あと、お酒も持ってきましたよ」

「お酒!? わふっ!?」



 白狼さんの尻尾が、ちぎれそうなくらいブンブンと揺れはじめる。


 ピザとお酒のダブルパンチで辛坊たまらんといいたげな様子だ。


 というわけで、縁側に並んで(アヒルちゃん含む)ピザを食べることに。


 僕の右隣に白狼さん。


 その横にドラゴンさんに、妖精さんたち。


 モチたちは、僕の左隣にちょこんと並ぶ。



「それでは、いただきます!」

「いただきます」

「がうっ」



 僕の声に、白狼さんやドラゴンさんが続く。


 焼きたてのピザをパクリ。


 モチッとした生地と濃厚なチーズの味……。


 うん、やっぱり焼き立てって美味しいなぁ!



「……おおおっ! 以前食べたものより美味しい! 」



 ピザを頬張った白狼さんが、目をキラキラとさせる。



「これはチーズですね……生地はフワフワだし、大変美味しゅうございます!」

「がうっ! がうっ!」



 ドラゴンさんも喜んでいるみたい。


 妖精さんたちも美味しそうに食べてるし、お口に合ったみたいで何よりだ。


 モチたちは……まぁ、言わずもがな。


 しかし、と白狼さんを見て思う。


 美味しそうにピザを食べている彼の姿は、ただの可愛くて白いわんちゃんみたいに思えるけど、神様なんだよね?


 それも、異世界に住んでいる神獣様──。


 あ、そうだ。丁度良いタイミングだし、色々と疑問に思っていたことを聞いてみようかな。



「あの、白狼さん」

「……えっ?」



 キョトンとした顔をする白狼さん。



「白狼……とは、私のことですか?」

「あ」



 しまった。つい白狼さんって呼んじゃった。



「す、すみません。御名前を存じ上げないので、白狼さんとお呼びしちゃいました……」

「ああ、なるほど。そういうことでしたか。元々、私に名前はないのでお好きに呼んで頂いて結構ですよ」



 そうなんだ。


 じゃあ、お言葉に甘えて白狼さんとお呼びすることにして。



「白狼さんに色々とお伺いしたいことがあるのですが、いいですかね?」

「もちろんです。なんなりと」



 白狼さんがペロリと口の周りを舐め、姿勢を正す。


 ──と言っても、おすわりしてるだけだけど。



「さっき白狼さんが言っていた『オーレイ高原』って場所なんですけど、この山の近くなんですかね?」

「いえ。オーレイはリュミナスの中央大陸にある高原です」

「リュミナス……?」

「はい。アキラ様が住んでいらっしゃるこの世界とは違う、いわば異世界です」

「……異世界」



 ごくりと息を飲んでしまった。


 なんとなくそうじゃないかとは思ってたけど、やっぱり異世界だったんだな。


 白狼さんが言うには、彼ら神獣様は異世界リュミナスで人々を厄災から守る「守護神」として崇められている存在らしい。


 そんなリュミナスでは、近年、人々に害為す存在である「魔物」が増え、オーレイ高原で長きにわたり争いが起きているのだとか。


 その戦で傷ついた神獣様たちが、御科岳(向こうの世界では神域を意味する「ジェラノ」と呼ばれてるらしい)にやってきているのだという。



「私もそのオーレイ高原の戦いで負傷し、少し前からジェラノで療養をしているんです」

「そうだったんですね」

「そのときから原三郎様にお世話になっていたのですが、ここ最近、御姿が見えず」



 くぅん、と悲しそうな声で鳴く白狼さん。



「原三郎様の許可なく勝手に神域に立ち入ることはできないのですが、日に日にジェラノに負傷した神獣が増えていて……」

「仕方なく庭に入っちゃった?」

「はい、そういうことです。大変申し訳ありません」

「いえいえ。全然オッケーですよ」



 別に困ることは何も無いからね。


 大怪我を負ってた白狼さんやドラゴンさんは仕方なく庭に入ったけど、山の中にはおじいちゃんの帰りを待っている神獣様が沢山いるらしい。



「どれくらいの神獣様たちが?」

「数十ほどでしょうか」

「そ、そんなに!? だったらバンバン来ちゃってください! 僕の許可なんていらないですし! 勝手に入ってゴロゴロしていいですよ」

「おお、本当ですか? それは助かります。早速みんなに伝えておきましょう」



 尻尾をパタパタ。


 ちょっと可愛い。


 そんな愛嬌がありまくる白狼さんだけど、口調から推測するに、神獣様たちの元締めみたいな立場なのかもしれないな。


 ドラゴンさんも白狼さんに相談していたみたいだし。


 しかし、異世界かぁ。


 前々からここって不思議な山だなとは思っていたけど、まさか別世界につながっていたなんてな。


 この前見た奇妙な景色は、その異世界リュミナスの空だったってわけか。


 ようやく謎が解明したね。



「……ん?」



 なんて思ってると、チョコチョコとシャツの裾を引っ張られた。


 ポテだ。



「ぐっ、ぐっ」



 足でペシッペシッと叩いてるお皿が、綺麗になっていた。


 どうやらピザのおかわりが欲しいらしい。



「僕の食べる?」

「くわっ」



 僕の食べかけピザを差し出すと、むしゃむしゃと食べ始める。


 こいつらってば、神様が来てようとお構いなしで食いまくるのな。


 もう少し自重せい……と思ったけど、もしかして同じ神獣だから気を使ってないとか?


 ちょっと聞いてみるか。



「白狼さん、この子たちもあなたたちと同じ神獣様なんですかね?」

「そのアヒルさんたちですか?」

「はい。前々から、ただのアヒルにしては賢いなって思ってて」



 時々、日本語を話すし。


 ウンチとか、ちゃんと決めたところでやるし。



「ん~……そうですねぇ」



 白狼さん、しばし考える。


 そして、美味しそうにピザを食べるアヒルちゃんたちを見ながら続けた。



「すみません。ちょっとわからないですね。かすかに魔力を感じるのでリュミナスからやってきた動物だとは思うのですが、アヒルの神獣というのは聞いたことがありません」

「そうですか……」



 まぁ、アヒルの神様なんて、こっちの世界でも耳にしないからなぁ。


 こいつらの正体がわかるかもって思ったけど、ちょっと残念。



「ぐわっ」

「わっ、わっ!」



 モチとテケテケもおかわりを求めてやってきた。


 だけど、焼いたピザはもうない。


 この人数だと、一瞬でなくなっちゃうな。


 用意した日本酒も空だし。


 うん、ここいらでお開きかもしれないね。


 空気を察したのか、白狼さんが深々と頭を下げた。



「ごちそうさまでしたアキラ様。今回の料理も大変美味しゅうございました」

「いえいえ。こちらこそお粗末様でした」

「がうっ!」



 ドラゴンさんや妖精さんたちも、恭しく頭を下げてくれた。


 見た目は動物だけど、礼儀正しい。流石は神様だ。


 そんな彼らを裏口まで見送ろうと思ったんだけど、ドラゴンさんが白狼さんと何やら話しはじめた。



「……? どうかしましたか?」

「アキラ様に食事のお礼をしたいと言ってます」

「お礼、ですか?」

「はい、できることなら何でもします、と」



 う~ん、そう言ってくれるのは嬉しいけど、ちょっと困ったな。


 むしろ、これが僕からのお礼みたいなもんだったわけだし。


 とはいえ、神獣様の申し出を無下に断るのも何だか悪い気がするし……。



「……あ」



 と、縁側においてあったスマホが目に留まる。


 良いこと思いついた。



「それじゃあみんなで一緒に写真でも撮りますか」

「……? シャシン?」



 首をかしげる白狼さん。



「ええっと、この小さい箱を使うんですが、これを通して見た対象を精密な絵に起こせるんですよ」

「ほほう?」



 白狼さんが興味深げにスマホを覗き込む。


 だけど、画面が映った瞬間、ビックリしてすっ転びそうになっていた。



「す、すごい! この世界にはそのようなものがあるのですね!」

「はい。記念にみんなで写真を撮りましょう」

「興味深いです。是非よろしくおねがいします」



 尻尾をパタパタと振る白狼さん。


 ドラゴンさんも興味があるのか、せわしなく尻尾を動かしている。


 というわけで、庭の松の木の前にみんなで集まって集合写真を撮ることに。


 もちろん、モチたちも一緒に。


 カメラマン……はいないので、タイマー機能を使ってパシャリ。



「……うん、いい感じで撮れましたね」

「すごい! 本物みたいな絵なのですね!」



 白狼さん、写真を見て興奮している様子。


 僕も別の意味で興奮してしまった。


 だってこの写真に写ってるの、ほとんど神様なんだもん。


 持ってるだけでめちゃくちゃご利益がありそう。



「それでは、またいつでもいらっしゃってくださいね」

「ありがとうございます、アキラ様。それでは……」



 白狼さんを先頭に、神獣様たちがいそいそと庭を後にする。


 彼らがいなくなり、庭はいつもの静けさを取り戻した。


 空を見あげると、星が輝いていた。


 すっかり深い時間になっちゃったな。



「……よし、僕たちもお風呂に入って寝ようか」

「ぐわっ!」



 モチが鳴く。


 まぁ、お風呂に入るのは僕だけだけど。


 しかし、楽しい一日だったな。


 最初はちょっとびっくりしたけど、こういう出会も良いよね。



 ──後日談、ってわけじゃないけど。


 あまり他人には見せないほうが良いかなとは思ったんだけど、お酒を飲みに来た神埼さんに神獣様たちと撮った写真を見せた。


 だってほら、あのドラゴンさんが神埼さんが見たドラゴンなのか確認してもらったほうがいいじゃない?


 だけど神埼さん、写真を見るなり、



「あっはっは! 何なんスかこのメンツ!? ガチでジワるんですけど!」


 って大爆笑してた。


 いや、そういう反応をされるだろうなって思ってたけどさ。


 神様を見て爆笑するなんて、ギャルに怖いものはないんだろうか……。







―――――――――――――――――――

《あとがき》


ここまでお読みいただきありがとうございます!


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