第18話
山暮らし37日目。
朝早くにMamazonから荷物が届いた。
先日注文した、神崎さん用のお酒だ。
買ったのは、神埼さんが好きだって言ってた芋焼酎に日本酒。それと僕でも飲める赤ワインを何本か。
以前に飲んだドイツのワインがすごく美味しかったから、ドイツ産のものをチョイスした。
お酒が届いたらすぐに連絡すると伝えていたので神埼さんにLINKSでメッセージを送ったんだけど、既読がつかない。
もしかすると、仕事で忙しいのかな?
ファッションデザイナーさんって、春は繁忙期だったりするのかもしれない。
まぁ、ただの想像だけど。
「……ま、いいや。庭に行こっか」
「くわっ!」
モチたちと一緒に庭に出て、燦々と降り注ぐ陽光を浴びながらラジオ体操を始める。
最近、これがモーニングルーティンになっちゃってるんだよね〜。
早朝の山の中で体操をするのがめちゃくちゃ気持ちがいいと最近知ったのだ。
まさに隠居生活って感じがするなぁ。
「いっちに、さんし……」
「がー、がー」
「くわっ、くわっ」
「ぐわ、ぐわ~っ」
モチたちも僕の動きに合わせて器用に翼を伸ばしたり、お尻を振ったり。
う~ん、可愛い。
これを見るだけで早起きした甲斐があるよね~。
そんなモチたちにほっこりする中、ふと、壁に開いた穴が目に留まる。
昨日、ドラゴンさんが体当たりで壊した壁だ。
この庭では色々と不思議なことが起きまくっている。
だから一晩たったら元通りになってるかも──なんて淡い期待を抱いていたけど、そんなことがあるわけがなく。
まぁ、そりゃそうだよね……。
体操に飽きちゃったモチたちがグワグワ鳴きながら、楽しそうに庭と外を行き来してる。
何だか「便利な通路ができたな~」なんて言ってそう。
確かに裏口を開けずに外に行けるようになったのは便利だけど、このまま放置しておくわけにもいかないよなぁ。
「工務店さんにお願いして修繕してもらわなきゃな」
だけど、結構お金がかかりそう。
あのでかい穴を塞ぐとなると、大掛かりな工事になるだろうし。
今の僕は無職みたいなもんだから、大きい出費は避けたいところ。
だけど、この家は勘吉さんからの借り物だし──。
あっ、頭が痛いっっっ!
「……ん?」
ふと、壁の穴から何かがこっちを覗き込んでいるのに気づく。
真っ白いフワフワの毛並みの犬……いや、あれは狼か?
多分、ご飯をあげたりお返しに木の実をくれてる、あの白狼さんだろう。
その隣には、穴を開けた張本人の白いドラゴンさんの姿も。
「……」
しばし視線を交差させる僕たち。
な、何かな?
しっかり全部の壁を壊しに戻ってきました……とかじゃないよね?
しばらくじっと見ていると、やがて白狼さんが恐る恐るこっちにやってきた。
僕の近くまできて、ぺこりと頭を下げる。
「あ、あのう……原三郎様はご在宅で?」
「しゃ、しゃべったぁ!?」
素っ頓狂な声が出てしまった。
その声にびっくりした白狼さんは飛び退くように一歩下がったけど、すぐにヒョコヒョコと近づいてくる。
「ええと、げ、原三郎様は……?」
「原三郎?」
しばし考える。
……あ、おじいちゃんのことか。
「ええっと、おじいちゃん……じゃなくて、原三郎はいませんよ。先日、他界してしまいまして」
「ええっ!? そ、そうだったんですか!?」
あんぐりと口を開ける白狼さん。
ちょっと可愛い。
「なるほど、どうりで御姿が見当たらないはずだ。それはご愁傷さまでした」
「あ、いえ。どうもご丁寧に……」
頭を下げる僕。
なんとも律儀な人……じゃなくて狼さんだな。
「それで、あなた様は?」
「僕はひと月前くらいからここに住んでいるアキラといいます。ええっと……原三郎の孫にあたる感じで」
「お孫様!?」
白狼さんが「ははぁ!」と感心するような声を漏らす。
そして、何かを思い出すように首を捻ったあと、ハッと気づく。
「……えっ!? ということは、あの美味しい料理はあなた様が!?」
「料理? ああ、あの肉ですか?」
多分、庭に出してた餌のことだろう。
あれが料理かと問われると首を捻らざるを得ないけど。
「はい、僕が出してました」
「そうだったのですね! いやぁ、本当にありがとうございます! 大変美味しゅうございました!」
「こちらこそ、いつも木の実とかありがとうございます」
お互いペコペコと頭を下げあう。
ええと……何だろう。
この状況。
「それで、原三郎にどのようなご用事で?」
「……あっ、そうでした! 本日このように馳せ参じたのは、あの者が壊してしまった壁の件で……お~い」
白狼さんが、こちらの様子を伺っていたドラゴンさんを呼んだ。
しばし思案するドラゴンさん。
やがて、おっかなびっくりといった雰囲気でヒョコヒョコとやってくる。
「この度は本当に申し訳ありませんでした。この者が原三郎様のご邸宅の壁を破壊してしまったと言うもんですから、慌ててお詫びに」
「……ああ、そういうことでしたか」
つまりドラゴンさんは一人で謝罪に行くのが怖いので、白狼さんに同行をお願いしたってところか。
なるほど。
……いや、どんだけビビりなんですかドラゴンさん。
結構怖い見た目してますよ、あなた?
「ちなみに、そちらの方はドラゴンさん……なんですよね?」
「こいつですか? そうですね。
「なるほど」
そうか。ホワイトドラゴンか。
良くわからん。
ドラゴンなんですと言われて簡単に信じちゃうのもアレだけど、日本語を話す狼さんが言うと妙に説得力があるな。
しかし、ドラゴンなんて初めて見た。
もしかして御科岳では珍しくないのかな?
ひょいとドラゴンさんの顔を覗き込んだら、バッチリ目があってしまった。
瞬間、ササッと白狼さんの後ろに隠れる。
筋金入りのビビりさんである。
「この庭で何をしてたんですかね?」
「実は先日、オーレイ高原で起きた魔物との戦で怪我を負ってしまい、その治療のために神域に。本来ならまず神域の守り人たる原三郎様にご挨拶をするべきなのですが、ご不在だったので仕方なく……」
「ふむふむ……そうだったんですね」
うんうんと頷いてはみたものの、話の半分以上が理解できなかった。
まず、オーレイ高原ってどこ?
それに、神域って何?
「あの、すみません。神域というのは?」
「……え?」
キョトンとする白狼さん。
「もしかして、原三郎様から何もお聞きになっていない?」
「ええ、何も」
山暮らしに必要な知識はスローライフマニュアルを通じて得ましたけど。
「神域とはここのことですよ。原三郎様のご邸宅の敷地内は、我ら神獣の治癒力を高める
「
かみのけもの。
……え?
もしかしてあなたたちって、神様の御親戚か何かでいらっしゃる?
冗談でしょ?
「ちょ、ちょっと待ってください。頭を整理しますので」
「はい、どうぞ」
ちょこんとおすわりする白狼さん。
彼の話をまとめると、この家の敷地内には神秘的な力が働いていて、訪れる神獣様たちの怪我を治したり、疲れを癒やしたりする場所……ってことで良いんだよね?
つまり、神様たち療養所ってわけか。
ふむふむ。
マジですか。そうですか。
ていうかおじいちゃんってば、そんな大事なことをなんでスローライフマニュアルに書いてくれなかったのかな?
何よりもまず最初に書くべきじゃない?
石窯の作り方とか、美味しい料理の作り方の前にさ!
白狼さんが「くぅん」と困ったような声で鳴く。
「あ、あの、混乱させてしまいましたでしょうか? 申し訳ありません……」
「あっ……いえ、大丈夫ですよ」
事実はなんとなく理解できたので。
白狼さんはホッとした雰囲気で「良かった」と続ける。
「それで、この者が壊してしまった壁なのですが、責任を持って私たちが元通りに修復させていただきます」
「……え? 修理してくれるんですか?」
それは助かる。
いや、ホントに。
修繕費用をどうやって捻出しようか悩んじゃってたもん。
「もちろんです。なので、どうかこれまで通り、神域を利用させていただけませんでしょうか?」
頭を下げる白狼さん。
しばしして、ドラゴンさんも「ぐるぅ」とバツが悪そうに頭を垂れる。
神様にお願いされるなんて、なんだか恐縮してしまった。
それほど、この場所が重要なんだろうな。
さて、どうしよう……とは別に悩まなかった。
だって、ここが神様の療養所になっていようと問題は無いし。
むしろ、ご利益がありそうだし。
「もちろん、かまいませんよ」
「ほ、本当ですか?」
「はい。何なら僕がおもてなししますよ」
神様がいらっしゃるなら、相応の歓迎をしないとだよね。
まぁ、大したことは出来ないけど。
「ありがとうございます、アキラ様!」
「あ、アキラ様!?」
やめてくださいよ恥ずかしい。
アキラくんとか、アキラちゃんでいいですから。
「それでは早速、修繕作業を……わふんっ!」
白狼さんがひと鳴きすると、どこからともなく、小さい蝶のような生き物がわらわらとやってきた。
だけど、普通の蝶ではない。
青白く光っていて、よく見ると小人の背中に蝶の羽根が生えていた。
この子たちってもしかして、妖精さん?
唖然としている僕をよそに、彼らは山の中から色々な資材を運び込み、壁の修繕作業を開始した。
木材や粘土。それに見たことがないゼリー状のもの。
あれは何だろう?
接着剤みたいなものかな?
ていうか……頑張ってる彼らを見てると、ただ傍観しているのが悪い気がしてきた。
だって、相手は神様だし。
「あの、白狼さん? 僕もお手伝いしましょうか?」
「ええっ!? そんな滅相もない! アキラ様はお休みになっていてください!」
「あ、そうですか」
すごすごと退散。
無知な僕が手伝っちゃったら、邪魔になっちゃうか。
よし、だったらお茶でも入れてあげようかな。
あ、お酒とかのほうがいいかも?
だってほら、神様ってお酒が好きそうじゃない?
というわけで、庭先で足を止めて「なんぞこれ?」と作業風景を眺めているモチたちを横目に、キッチンへと向かう。
しかし、と縁側から庭を見て改めて思う。
光り輝く妖精さんに、日本語を話す白狼さん。
超ビビリのドラゴンさん。
……うん。これは凄いメンツだ。
神埼さんに教えたら、驚いて……いや、腹を抱えて爆笑しそうだよね。
ガチでジワるんですけど、とか言って。
―――――――――――――――――――
《あとがき》
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