第16話
山暮らし35日目。
今日は軽トラに乗って、アヒルちゃんたちとお出かけ。
目的地は麓の町──勘吉さんの家だ。
少し前に約束していた、ジャガイモの収穫のお手伝いがある。
今日は静流さんのお兄さん……つまり、僕の伯父にあたる
農家の収穫のお手伝いは初めてだから、ちょっとドキドキ。
でも、頑張らなきゃ。
助けてもらってばかりだし、張り切って収穫を手伝うぞ。
肉体労働は意外と得意だからね!
──と気合を入れてやってきたものの、じゃがいもの収穫は手作業じゃなくて機械を使ってやるっぽい。
肩透かしを食らっちゃった。
「これが自走式
麦わら帽子をかぶった勘吉さんが、少しドヤ顔でジャガイモ収穫機を紹介してくれた。
ジャガイモ収穫機はかなり大きい機械で、先頭に小さいタイヤがついていて地面を掘りながら進んでいくらしい。
掘り起こしたジャガイモは機械についているベルトコンベアに乗って、後ろにあるかごの中に運ばれる……っていう寸法だ。
それで僕は何をするかというと、機械のサイドに乗ってジャガイモから土を落としたり残った根を切り落としたりするみたい。
なかなかに大変そう。
「ちなみに、馬鈴薯ってどういう意味なんです?」
「ジャガイモの別称だよ。馬につける鈴に似てるから中国でそう呼ばれてたんだって」
「へぇ~!」
全然知らなかった。
ジャガイモさんってば、そんな歴史のある別称があったんだな。
てなわけで、早速、馬鈴薯ことジャガイモの収穫作業を始めることに。
エンジンを入れるとズゴゴゴッと凄い勢いで土が掘り返され、ベルトコンベアで続々とジャガイモが運ばれてくる。
「お、おお……凄い」
「ほら、アキラくん! 来たよ!」
逆側サイドに乗っている静流さんが声を張り上げる。
「スピードが命だからね! ジャガイモが来たら、こう!」
「は、速い……っ!?」
静流さんが目にも止まらぬ速さでジャガイモの土と根っこを取り除いてカゴの中に入れる。
さ、流石農家のお嫁さん……。
熟練度が違う。
彼女を参考にしてやってみたけど、スピードが明らかに違う。
僕が1つ終わらせる間に、3つくらいやっちゃってるし……。
が、がんばらねば。
「しかし、広いですね~」
勘吉さんの農地を見ながら、ふとそんな言葉が口から漏れた。
僕の家にある畑とは比べ物にならないくらい広い。
や、本場の農家と比べるなって話だけど。
「ウチの畑は3ヘクタールだから特段広いってわけじゃないけど、収穫用の機械が来てからずいぶん楽になったんだ」
勘吉さん曰く、機械が来る前は手で掘る人海戦術で収穫していたみたいだけど、かなり大変だったらしい。
本職の勘吉さんが大変っていうくらいだから、相当だったんだろうな。
想像しただけで腰が痛くなる。
収穫は手作業じゃなくて機械を使うんだ……って初めはちょっと残念に思っちゃったけど、大きな間違いだったかもしれない。
ありがとう、馬鈴薯収穫機さん。
「ぐっ、ぐっ」
「ん?」
赤いバッグを下げたテケテケが、静流さんの隣で根っこ取りをしている伯父の静二さんのところにやってきた。
器用にくちばしでバッグを開け、小さいジャガイモを取り出す。
「……お? ジャガイモ持ってきてくれたのかい?」
「がー」
「ありがとう。ふふ、可愛いねぇ」
静二さんが目尻に深いシワを作る。
一方の僕は目をパチクリ。
テケテケってば、早速バッグを活用してるよ……。
流石はウチのアヒルちゃんだ。賢いが過ぎる。
……まぁ、そのジャガイモは小さすぎて商品にならないやつなんだけどね。
もちろん静二さんもわかってるんだけど、アヒルちゃんたちが殺人的に可愛いので、邪険にはできないのである。
可愛いは正義!
──なんてやってると、あっという間に正午を回った。
昼食をはさんで、今度はジャガイモのサイズ選定を手伝うことに。
勘吉さんたちは引き続き、畑でジャガイモ収穫作業。
今日一日で終わるのかと思ったけど、ここから数週間くらい毎日収穫作業があるんだって。
勘吉さんの農地くらいだとそれくらいで終わるけど、広い場所だと一ヶ月くらいかかるとかなんとか……。
農家さんって大変なんだな。
それから黙々とジャガイモ選定を静流さんとやって、夕方くらいに作業は終了した。
「……よし。今日はこれくらいにしておこうか。アキラくん、お疲れ様」
「はい、お疲れ様でした」
汗だくになっちゃったから、勘吉さんの自宅でシャワーを借りることに。
おまけで、晩御飯もいただくことになった。
メニューは収穫したけど形が悪かったり小さかったりして商品にならないジャガイモを使ったものだ。
ポテトサラダに肉じゃが。
それに「ジャガイモシリシリ」なる料理もあった。
ジャガイモを細くスライスして、粉チーズをかけている。
実に美味しそう。
静流さん曰く、このジャガイモシリシリは沖縄の料理で、わかりやすく言えば「ジャガイモのスライス」なんだって。
すりおろす時の音がシリシリと聞こえるからそう命名されたんだとか。
作り方も教えてもらったんだけど、意外と簡単だった。
スライサーで切ったジャガイモとニンニクをフライパンで炒めて醤油で味付けし、溶き卵とチーズをかけて完成。
ホクホクのジャガイモとトロッとしたチーズがすんごくマッチしていて箸が止まらなくなった。
娘のはるかちゃんも大好きみたいで、美味しそうに食べている。
アヒルちゃんたちもガッツイてたし、お子様に大人気みたい。
……や、アヒルちゃんたちもお子様みたいなもんでしょ?
本人たちに言ったら、怒りのマシンガン突っつきされそうだけど。
でも、なんで沖縄料理が?
「実は僕の妻が沖縄出身なんだよね」
そう言ったのは、伯父の静二さんだ。
「大好物でいつも作ってもらってるんだけど、前に静流がウチに遊びに来たときにレシピを教わったみたいでさ。それから山本家でも作られるようになったってわけ」
「へぇ、そうだったんですね」
ジャガイモシリシリは静二さん家伝来のものだったのか。
勘吉さんがどこか楽しそうに笑う。
「今日、収穫の手伝いに来てくれたのも、形が悪いジャガイモをおすそ分けしてもらうためなんですよね、義兄さん?」
「あはは、その通り。いつも助かってます」
「こちらこそ。いつもありがとうございます」
ふたりのやりとりに、ちょっとホッコリしてしまった。
実に仲が良さそうだ。
ジャガイモシリシリを食べながら、静二さんのことをアレコレと聞いた。
なんでもマニア並みに爬虫類が好きで、奥さんの実家に帰ったときは沖縄固有種のトカゲを見に行くほどらしい。
爬虫類かぁ。
意外すぎる趣味。
あ、そうだ。トカゲ好きな静二さんだったら、神埼さんが隣山で見たっていうあの白いドラゴンの正体がわかるかも?
「そう言えば隣山にドラゴ……じゃなくて、でっかいトカゲが出たみたいなんですけど、静二さん知ってます?」
「え? トカゲ? ホント? 写真はある?」
キラッと目を輝かせる静二さん。
「ええっと……これなんですけど」
「……う~む。ブレブレだね。これじゃあちょっとわからないなぁ。残念」
神埼さんに送ってもらった写真を見せたんだけど、流石にわからないみたい。
「どのくらいの大きさのトカゲだったの?」
「僕が実際に見たわけじゃないんですけど、数メートルくらいあったらしいです。隣の山に住んでる方がわざわざ注意喚起に来てくれて」
「う~ん……数メートルのトカゲって言ったら、ミズオオトカゲとかかな? サバンナオオトカゲも大きいけど、そこまでじゃないし……というか白いトカゲってニホンヤモリか、アルビノ種か……どっかで飼っていたペットが逃げ出したのか……いや、もしかして……ブツブツ」
「あのさお兄ちゃん……いつも言ってるけど、爬虫類のことになると饒舌になるのキモいからやめな?」
げんなりとした顔をする静流さん。
「ごめんね、アキラくん」
「いえいえ」
好きなことがあるのは良いことだと思います。
農作業中はあんまり話すことがなかったから、どんな人だろうって不安だったけど、なんだか同じ部類の匂いがして親近感が湧いてきた。
もっと早く知っておけばよかったな~。
「だけど、警戒はしておくべきだね」
勘吉さんが真剣な眼差しで続ける。
「先日アキラくんからLINKSで情報をもらって、すぐに仲間には伝えておいたけど、アキラくんも注意したほうがいい」
「そ、そうですね……」
「隣山で目撃されたんなら、すぐに
確かにその通りだ。
体がかなり大きいみたいだし、アヒルちゃんくらい一飲みできそう。
……想像したら悲しくなってきた。
モチたちはすでに僕の生活の一部になってるし、いなくなっちゃったらしばらく立ち直れないよ。
「ぐっ?」
なんて思ってたら、心配してくれたのかモチがやってきた。
「あはは、大丈夫。なんでもないよ」
こいつは本当に可愛いんだから。
ウリウリと、全身を撫で回す。
「しかし、どうしようか? 仲間からそのトカゲの目撃情報が来たらすぐにアキラくんと共有するけど、農作業をやってたら連絡が遅くなっちゃうかもだしなぁ……」
「アキラくんに消防団に入ってもらうってのはどう?」
静流さんがいいアイデアを思いついたと言いたげに、ポンと手を叩く。
だけど、僕は首をかしげてしまった。
「消防団って何ですか?」
「ええっと……簡単に言えば『防災ボランティア』って感じかな?」
消防団とは会社員や主婦など普段は別の仕事をしている人たちが集まる非常勤の地方公務員らしい。
災害時の救助活動や山の危険動物に目を光らせるための見回りをやっているんだとか。
なるほど。現地に住んでるから土地勘もあるし、何かあったときに迅速に動けるってわけだ。
「おっきなトカゲが出たらすぐに情報が回ってくるだろうし、消防団もキミみたいな若い人が入ってくれると助かると思うんだよね。どうかな?」
「なるほど。そうですね……」
だけど、返事を濁してしまった。
情報が回ってくるのはありがたいけど、そういう組織に属するってのはちょっとなぁ……。
だって、そういう人付き合いから離れたくて山暮らしを始めたわけだし。
誘っていただけるのはありがたいし、山でひとり暮らしをしているからこそ、そういう繋がりが重要だってのはわかってるんだけど……。
「静流」
勘吉さんの声。
じっと静流さんを見ていた。
静流さんがハッと何かに気づく。
「ご、ごめんなさい! アキラくんがこっちに来た理由、すっかり忘れちゃってた!」
静流さんが深々と頭を下げる。
僕がここに引っ越してきた理由は、静流さんも知っているのだ。
「い、いえいえ。気にしないでください。消防団の件はちょっと考えておきますね。僕も御科岳に住んでる一員ですから」
「……アキラくん」
困ったように笑う静流さん。
人付き合いはできるだけ避けたいけど、やっぱり、ある程度の繋がりは持ってたほうがいいよね。
何ていうか、助け合い……っていうかさ?
現に僕も、こうして優しい人たちに助けられているわけだし。
「……よし。今日は飲もうか!」
勘吉さんがドンとテーブルに日本酒の瓶を置いた。
ビックリした。
どこから出したんですか、それ?
「飲むって、今からですか?」
「そうだ! 何だか飲みたくなってきた! 一緒に飲もう、アキラくん!」
「ちょ、ちょっと待って?」
静流さんが慌てて止めに入る。
「今から飲むって、アキラくんは車で来てるんだし飲めるわけないでしょ?」
静流さんの言う通りだ。
今から飲むとなると、朝まで運転ができなくなる。
「今日はウチに泊まって行けばいいだろ? ほら、アヒルちゃんたちも一緒に」
「……えっ!? あひるたん、はるかの家に泊まるの!?」
黙々とジャガイモシリシリを食べていたはるかちゃんが、パッと嬉しそうな顔をした。
「やった~! はるか、あひるたんと一緒に寝る!」
「がー」
はるかちゃんにムギュッと抱きつかれるモチ。
ふたりとも嬉しそう。
「ちょっと……ふたりして無理を言わないの。ホントごめんねアキラくん? 嫌だったら断ってもいいからね?」
「ご迷惑じゃないのなら、お言葉に甘えさせていただきます」
「……え?」
ポカンとした顔をする静流さん。
「なんだか僕も今日は飲みたいなって」
「やった~! あひるたん、あそぼ!」
「がー」
「ぐわっ、ぐわっ」
「ぐっ、ぐっ!」
はるかちゃんと一緒に、どたどたと走っていくアヒルちゃんズ。
それを見て、つい頬を緩めてしまう僕ら大人たち。
本当に姉妹みたいで可愛いな。
「……それじゃあ、とりあえず乾杯しようか」
勘吉さんがグラスを掲げる。
続けて静二さんも。
「ちょっとクサいけど、新たな出会いにってことでいいのかな?」
「うん、そうだね。本当にクサいけど」
静流さんが楽しそうに笑う。
それを見て、ちょっと不思議な感じがした。
サラリーマン時代はお酒を飲む機会といったら、お客さんとの付き合いばかりだった。
いわば仕事の延長線上。
酔った上司にいきなり無茶振りをされたり、叱咤激励されたり、愚痴を聞かされたり……気が休まることなんてなかった。
──こんなふうにまったり飲めるなんて、ちょっと楽しいな。
勘吉さんたちとグラスを重ね、僕はそんなことを思うのだった。
―――――――――――――――――――
《あとがき》
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