第15話

 昨日、神埼さんが帰ってから、とある失敗に気付いた。


 僕たち、連絡先を交換してないじゃん。


 これじゃあ、お酒が届いても連絡できないよ……。


 世間の人なら速攻で連絡先を交換するんだろうけど、人付き合いを避けていた弊害がこんなところに出てしまうなんて。


 ちょっと反省。


 ていうか、神埼さんも気づかなかったのかな?



「まぁ、次に会ったときで良いか」



 多分、またすぐ会いそうな気がするし。


 だから深くは考えない。


 それが山暮らしの掟……てことにしとこう。


 てなわけで、今日は朝から庭の掃除をすることにした。


 ホウキで落ち葉を集めたりするだけだけどね。


 草むしりはやらない。


 だって雑草は生えてないし。


 ここで生活を始めて一ヶ月くらい経つけど、本当に生えないんだよね。


 畑はほっとくとすぐに雑草ジャングルになるのに。


 本当に不思議すぎる。


 とにかく、草むしりをしなくていいのは助かるんだけど、周囲の山から落ち葉は沢山飛んでくる。


 池にも大量の落ち葉が溜まってるし。


 春でこの量なんだから、冬になったら庭が落ち葉で埋め尽くされるんじゃなかろうか……。う~ん、今からちょっと不安だな。


 そうならないためにも、定期的に掃除しておいたほうがいいよね。



「でも、集めた落ち葉ってどうしよう?」



 前は燃えるゴミで出しちゃったけど、ゴミの袋もタダじゃない。


 庭で燃やせれば楽なんだけど、火事になったら大変だよね。


 何かこう、簡単に処理できる方法があればいいんだけど──。



「……困ったときの、スローライフマニュアル」



 縁側でぼそっとひとりごちる。


 なんだかお決まり文句になってきた。


 書斎からおじいちゃんのノートを引っ張り出す。



「あ、やっぱり書いてたよ」



 落ち葉処理なるタイトルで、事細かく書かれていた。


 おじいちゃんも苦労していたのかもしれない。


 一通り読んでみたところ、集めた落ち葉は堆肥に使ったり、分解時の熱を使って踏み込み温床にして、野菜の育苗を促進させたりするっぽい。



「……へぇ、そうやって早く育てることができるんだ」



 環境にも優しいし、すごく良い気がする。


 ゴミもなくなるし、一石二鳥だ。



「よし、早速やってみよう」



 納屋からホウキ……ではなく、竹で出来た熊手(柄の先に爪状の竹割りを扇状に並べたもの)を納屋から取り出して集めてみることに。


 落ち葉集めは初めてだったけど、意外と簡単にできた。


 ササッと地面をかいただけで面白いように落葉が取れるし、力を抜くと引っかかること無くスッと落ちる。


 僕が上手いんじゃなくて、この熊手が凄いのか?



「ぐっ、ぐっ」

「……お? モチも手伝ってくれるの?」

「ぐわっ! ぐわっ!」



 まかせろと言いたげに、翼を羽ばたかせるモチさん。


 実に頼もしい。


 でも、どうやって集めてくれるんだろう?


 賢いと言っても、流石に熊手は使えないよね?


 興味津々で観察していたら、ドタドタと庭の端っこに行って、翼をバタバタとさせながら風を起こし、器用に落ち葉を運びはじめた。


 す、凄い。


 方法が予想外すぎて、軽くショックを受けちゃったよ。


 これは僕も負けてられないな。


 しばらくするとポテとテケテケもやってきて、みんなで落ち葉集めをやることに。


 彼らのおかげで、掃除は30分くらいで終了。


 集めた落ち葉は、納屋の前で、こんもりと山みたいになっている。


 マニュアルによると、集めた落ち葉は山状じゃなくて筋状にしておくと良いらしい。山が高くなると風で飛ばされやすくなるんだって。


 温床を作るには、板で囲ったスペースを作って、そこに落ち葉を入れて踏み込んでいく必要がある。


 だけど、それは午後からだね。


 とりあえずこんもり状になった落ち葉の山を筋状にして──。



「……ぐわっ!」



 アヒルちゃんの声。


 一体どうしたんだろうとそっちを見ると、ダッシュしてきたテケテケが落ち葉の山にダイブするところだった。


 バサバサッ、ズボッ。


 集めた落ち葉が、一瞬でぐちゃぐちゃに。



「くわっ!」



 続けてポテ。


 ズボッ。


 バサバサッ!



「がー!」



 最後にモチ。


 ドサッ。


 バタバタッ!



「くわっ、くわっ」

「がーがー」

「ぐわ、ぐわ、ぐわ」



 キャッキャと楽しそうにはしゃぎまわるアヒルちゃんたち。


 またたく間に、落ち葉の山は見るも無惨な姿に。


 風に乗って、再び庭の隅々まで飛んでいく。


 ええと、あの、アヒルのみなさん?


 お楽しみのところ悪いんですけど……せっかく集めた落ち葉を散らかさないでくれますかねぇぇええ!?



***



 結局、掃除は15時くらいまでかかってしまった。


 またモチたちの遊び道具になっちゃうのを避けるために先に温床用のスペースを作ったり、遊ぶ用の小さい山を別に作ることになったからだ。


 いやね? 遊び用を作る必要性なんて全くなかったよ?


 だけど、モチたちがひどくがっかりしたような顔をしてたからさ……。



「モチたち、もう落ち葉にダイブできないん?(ウルウル)」みたいな心の声が聞こえちゃったんだよ……。仕方ないじゃん……。



 予定より時間かかっちゃったし、ひとりでやってたほうがよかった感がそこはかとなくある。


 遅めのお昼ご飯を食べて縁側でまったりしていると家の呼び鈴が鳴った。


 玄関に出てビックリ。


 宇宙服を着た神埼さんだった。



「シュコー……シュコー……コンニチハ……」

「……こ、こんにちは」



 ドキドキドキ。


 やっぱり怖い。


 心臓に悪いから、普通の格好で来て欲しい。


 宇宙服を脱いでもらって、リビングに。


 しかし、一体どうしたんだろう?


 昨日の今日でまた来るなんて──。



「あの、お酒はまだ届いてないですよ?」



 昨日、Mamazonで芋焼酎は注文したけど。



「……え? マジで注文してくれたんスか? アキラさん、めちゃめちゃいい人じゃないッスか! マジウケる」



 あっはっは、と笑う神埼さん。


 あれ? もしかしてあれって、社交辞令的なやつだった?


 ほら、今度行けたら飯に行こう……的なさ。



「えと、それで今日は?」

「はい! 昨日のお稲荷さんのお礼をしたくて来たッス!」

「……お礼?」



 神埼さんが持っていたカバンの中から取り出したのは、小さいサイズのリボンやバッグだった。


 すごく可愛いけど、僕が使うにしては小さい気がする。



「なんですかこれ?」

「あたしが作ったアヒルちゃんたちのアクセッスよ」

「アクセ」



 って、アクセサリーのこと?



「ほら、アヒルちゃんって見た目が一緒でしょ? だからアキラさんも区別しにくいんじゃないかなって思って」

「あ~、なるほど」



 最近は少しずつ区別がつくようになってきたけど、パッと見で判断するのは難しいことがある。


 だから、区別し易いアクセサリーとかがあったらすごく助かるな。


 あと、見た目がさらに可愛くなりそうだし。



「ちなみに、どれが誰のとかあるんです?」

「勿論ッスよ! 女の子のモチちゃんにはこれッスね! ブチカワ!」

「おお、可愛いリボンだ」



 細かい刺繍が入ったピンクのリボン。


 実に女の子らしい。


 モチモチしたモチに、よく似合いそうだ。



「こっちは、ポテちゃんに」



 青のスカーフ。


 アヒルの刺繍が入っている。


 これも可愛いな。



「テケテケちゃんには……はいこれ。赤いバッグ~! てってれ~ん!」

「ほほ~」



 まるで郵便局の人が使ってそうな真っ赤なバッグ。


 好奇心旺盛で、いつも走ってるテケテケにピッタリすぎる。


 というかどれも可愛いし、しっかりした作りなんだけど……一日で作るってすごくない?



「……ぐっ?」

「お、良いところに」



 丁度モチたちがやってきたし、ファッションショーでもやってみようか。


 一羽ずつ、アクセサリーをつけていく。


 ピンクリボンのモチ。


 青スカーフのポテ。


 赤いバッグのテケテケ。



「……こ、これは可愛いっ!」

「うお~、可愛すぎてヤバい! これは我ながら良いセンスしてるッスね!」



 な、なんだコレ。


 サイズもピッタリだし、めちゃくちゃ可愛い。


 てか、いつの間に採寸してたんだろ?


 不思議そうにアクセサリーを見ていたアヒルちゃんたちだけど、すぐに気に入ったのか「くわわっ」と元気よく鳴いた。



「おっ? 気に入ってくれたッスか?」

「ぐわっ!」

「がーがー!」

「アリガトぐわっ!」

「あはは! アリガトだって! 超ウケるんですけど!」



 ケラケラと笑う神埼さん。


 アヒルがしゃべったら普通ビックリするところだと思うんだけど、流石はギャルさんだなぁ。順応力がすごい。


 アヒルちゃんたちにアクセサリーを作ってもらったお礼として(お礼のお礼って変だけど)、改めてお酒を一緒に飲む約束をした。


 注文した芋焼酎が届いたらすぐに連絡できるよう、LINKSのIDもしっかりと交換。


 よくよく考えると、山暮らしを初めて最初のお友達だよね?


 人付き合いを避けるためにこっちに来たのに、友達を作るっていうのはちょっと変な話だけど。


 同じ理由で山暮らしをはじめた神埼さんなら大丈夫だろう。


 ほら、程よい距離感があるっていうかさ。


 まぁ、宇宙服でいきなり現れるのはやめて欲しいけど……。



「じゃあね、アキラさん、アヒルちゃん! また今度ッス!」

「はい、お酒が来たら連絡しますね」

「了解ッス!」



 神埼さんはいつものように颯爽と帰っていった。


 そんな彼女を見送ってから、改めて可愛くなったモチたちを見る。



「しかし、良く似合ってるな。更に可愛くなったし、本当に良いプレゼントを──」



 と、とあることに気づく僕。



「ちょっと待って? これって……僕へのお礼じゃなくて、アヒルちゃんへのお礼じゃない?」

「ぐっ」

「だよね? モチ?」



 だってほら。僕、何ももらってないし。


 や、モチたちがさらに可愛くなったし、誰が誰だか一発でわかるようになったのはすごくありがたいんだけどね?



「何ていうか……神埼さんっぽいよね。あはは」

「くわわっ、ソウダナ~」



 思わずモチと一緒に笑ってしまう僕なのだった。





―――――――――――――――――――

《あとがき》


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