二十話

 ☆


 進級して、友人や元カノとも別のクラスになった。二人には寂しくなったら、いつでも遊びに来いだとか、付き合いたくなったらいつでも言ってくれていい、などと軽口を叩かれたけど、クラスがはじまってすぐ新しい友だちにも恵まれたため、人間関係に対する不安みたいなものはほとんどなかった。

「付き合って」

 相も変わらず、少女は俺の元に付き合うようにねだりにきた。最低限の良識はあるのか、受験勉強中や新しい友だちと話している間にはやってこないものの、隙間の時間とかにやってきては繰り返す。もちろん、こっちの返事も変わらず、

「ごめんなさい」

 の一言。幸か不幸か、少女と俺の関係性は、ほぼほぼ学校中に知れ渡りはじめていたから、多少雑にあつかっても、評判が落ちることを気にする必要はなくなった。それでも、このしつこさには辟易してしまう。


「うちの息子は、なかなか贅沢物だね」

 夕食中、たまたま少女の告白の話題になった際、母さんは苦笑しながら言った。

「そうだぞ。こんな可愛い女の子が勇気を出して告白してくれるなんて、滅多にないんだぞ」

 羨ましい。そんな風に同調する父さんに、そこそこあるんだけどなと思いながらも口にはしない。

「けど、気持ちがないのに付き合う方が不誠実じゃない」

 代わりに心にも思っていないぺらっぺらの正論を返せば、それはそうかもしれないがと気まずそうにする父さん。ごまかすようにしてお猪口に入った日本酒をあおる姿から視線を逸らしながら、魚に箸をつける。

「来年は受験だし、彼女どころじゃないのかもしれないね」

 一応の理解を示しつつも、味噌汁に口をつける母さん。受験があろうとなかろうと気持ちは変わらないよ。そんな本音を投げ込んでもろくなことにはならないだろう、と無言のまま食事に戻る。

 その間も、隣では少女が米を掻きこんでいた。

 平気で本人の色恋沙汰についての話題が出ているのになにも思わないんだろうか。一瞬、そんな疑問が浮かびかけたものの、これまでの少女の態度から、少なくとも気にしてないように振舞うんだろう、と察したのもあり、わからないだろう、と切り捨てる。


 ☆


 それからたいしたドラマもなく無事志望校に合格した。

 入学時の慌ただしさに追われるような日々が落ち着いた頃。

「付き合って」

 キャンパス内の生協に押しかけてきた少女に、例のごとく告白された。突然やってきた制服姿の女子高生に驚く周囲の反応に、またか、とため息を吐きながら、

「今、受験生でしょ。勉強しなくていいの」

「付き合って」

 相も変わらず、人の話を取り合わない娘だな、とそのぶれなさに半ば感心しつつも、

「付き合わないよ」

 にべもなく断る。けど、少女は少しも動じないまま、

「付き合って」

 そう繰り返す。中途半端な断りは無駄。かといって、はっきりと言っても、めげたりしない。そういう生態なのだろうという諦めが、年単位にわたる付き合いを通して沁みこんでいる。

「場所を変えようか」

 相手の反応にかまわず立ちあがる。すぐさま付いてくる少女を連れ、学外に出た。この調子だとどうせ付いてくるしな、と考えた末にファミレスに入り、俺は昼食がてらにハンバーグを、正面にいる少女もオムライスとポテトを頼んだ。特に何を話すでもなく淡々と食事をする少女を見守りながら、

「君がいくら言っても、俺は付き合わないから」

 あらためてはっきりと告げる。少女はただただスプーンを動かし、頬をリスみたいに膨らませた。

「だから、何度訪ねてきても、君の言う通りにはならないよ」

 誠意。そんな言葉とは程遠い俺ではあるけど、自分なりの筋みたいなものは通すべきだと思い、何度目かわからない本音を伝える。身勝手なやり方とはいえ、ずっと俺を求めてくれている少女であるのだから、それ相応の礼を払うべきだと。

 程なくして、口の中にあるものを飲みこんだ少女は、

「知らない」

 はっきりと告げる。

「知らないって」

「勝手にするから」

 それきり、少女は残っていた食事を爆速で片付けていった。その様を見守りながら、まだまだ少女との付き合いは終わらないのだろう、と気が遠くなりそうになる。

 結局、オムライスとポテト、それについでにドリンクバー代は俺が払った。


 ☆


 それからも少女は俺の前にあらわれては、付き合って、と主張し続けた。

 母さんと父さんの縁で家に遊びに来たり、一年後に俺の後を追うみたいにして同じ大学に入ってなんとはなしに行動をともにしていたり、高校の同窓会にしれっとまぎれこんでいたり。その合間、本人の気が向いたとおぼしき瞬間に、こっちに、付き合ってと訴えてきた。

 いっそ、ストーカーとして警察に突き出すか、なんてことが頭を過ぎらなかったかといえば嘘になる。たしかに、俺は迷惑に思っているんだし、これだけ長く付き纏われているのだから、それくらいの権利はあるだろうと。けど、そこまでは踏み切れなかった。両親があの娘のことを大切にしているというのもあるし、意外に友人たちからの受けがいいのもある。そして、段々と、段々とではあるけど、今の環境に慣れてしまったからというのもあった。

 あの猫みたいな目で覗き込んでくる少女とともに過ごす日々は、良くも悪くも、俺の日常になっていた。


 そして、俺が地元企業に就職して一人暮らしをはじめたあとも、少女は休日に訪ねてきて、時折、付き合って、とねだって、こっちもやんわりと断わる。そんな生活は少女がまたまた後を追って同じ企業に就職した後も繰り広げられていって、

 

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