十九話
「また付き合って」
そして、物語はまた始まる。なんて洒落た言い回しでごまかすのもどうかと思うので、事実だけを伝えると、前の前の彼女である少女に再び迫られていた。
眼鏡の女の子と別れてから数日後の昼休み。次の春にはめでたくもなく受験生というのもあって、面倒だな、と憂鬱なまま焼きそばパンを齧っていた俺の元へ、少女が押しかけて来た。
「また付き合って」
急にこう言いはじめた辺りからするに、眼鏡の女の子と俺が別れたという話をどこかしらから聞き出したんだろう。そう察して、いつも通り無言でやり過ごそうとしたけど、一緒に食べている友人たちとか、少し離れた席から見ている元カノのグループ、その他のクラスメイトたちからの注目が集まっているのを感じた。
このクラスでもあと
「ごめんなさい」
頭を下げ、はっきりと断る。精一杯の誠意を込めて、という体の態度をとった上でのお断り。けど、
「また付き合って」
少女はいつもの何度も同じ言葉を繰り返すあの状態に入る。自分の望む返事を引き出すまでの繰り返し。曲がりなりにも、去年からの付き合いで、もう慣れっこになってしまっていた。
「残念ながら、俺の気持ちはもう君にはないんだ」
「また付き合って」
「だから、別れたんだよ。君には受け入れられないかもしれないけど」
「また付き合って」
「俺はもう、また君と付き合う気はない。あきらめてほしい」
「また付き合って」
無駄だとわかりつつ、真摯なという体の付き合わない理由の説明は、やっぱり同じ言葉によって遮られる。それでも、ただただ頑なに、長い言葉でお断り申し上げる、という話だけをし続けること数分。
「そもそも、俺になんかこだわらなくていいんじゃないかな。君にはもっとふさわしい相手がいるよ、きっと」
なんとか少女を遠ざけようとそんな言葉を捻り出したところ、
「いない」
いつになく低い少女の声音が教室に響いた。周りが俺たちに注目していて、昼休みらしいうるささが鳴りを潜めていたせいかもしれない。なんてことを考えながらも、少女はいつも通りの無表情で、こちらをあらためて見据える。
「付き合って」
夜の月みたいな静かな目。それでいて少なくない熱量が込められている気がした。けど、そういう一般的な執着みたいなものに冷めて落胆し、別れるのを決めた身としては、ただで受けいれるわけにもいかない。
「もう、諦めたら」
いつの間にか、俺のすぐ後ろまで歩み寄っていた元カノが、楽し気に口添えをしはじめる。これ以上、話をややこしくしないで欲しい。
「黙っててくれないかな。これは俺とこの娘の問題だから」
「そのあんたと小娘の問題が片付きそうにないから、首を突っ込んだんだけどな」
元カノは俺の真横を通り過ぎたあと少女へと歩み寄り、その髪を撫ではじめる。途端にむずがる後輩を面白そうに眺めながら、
「結局、どっちかが折れないと話が終わらないでしょ。だったら、あんたが折れればいいんじゃないの」
しれっとそんなことを口にする。
「俺の気持ちはどうなるの」
「そこはほら。こういう時は、年上が我慢するのが筋というかなんというか」
「逆に年下は年上に従うべきみたいにも言い換えられるんじゃないかな」
「うわ、なにその化石みたいな考え方。将来、部下に断れない飲み会とか押し付ける大人になりそう」
「逆の考えもできるって言いたかっただけで、どっちも正しいとは思ってないよ。年上だから俺が受けいれる理由にならないって言いたかっただけ」
「でもさ」
元カノは言葉を区切ったあと、
「私の目には、この娘のあんたと付き合いたいって気持ちの方が、あんたの付き合いたくないって気持ちより大きなものに見えるから」
なんて独断と偏見に満ちた言の葉を紡いでみせ、
「だったら、ちょうどフリーなんだし、また付き合ったって罰は当たらないんじゃないの」
勝手きわまりない結論を出す。
元カノを相手にしても無駄だなと思い、少女に向き直る。彼女の目は少しも変わらず、だから強い気持ちが窺えた。だからこそ、
「付き合わないよ」
俺はより、距離をとりたくなるし、
「付き合って」
少女は近付こうとする。
とてもとても不本意ながら、そういうことなんだろう、きっと。
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