十五話

 こうして俺は少女と別れ、眼鏡の女の子と付き合うことになった。俺の認識としては。なにせ、少女の態度は、別れの前となに一つとして変わらなかったから。

 普段通り、好きな時に俺の前にやってきては、勝手に傍にやってきたり、手を引いて来ようとしたり、酷いときは唇を合わせようとすらしてくる。

「本当に別れたんですか」

 新たな彼女になった眼鏡の女の子には、まだ裏で付き合っているんじゃないかと疑われ、違うと説得するのにけっこうな労力を要した。その間も、少女が我が物顔で振舞い続ける。少女の認識では俺はいまだに彼氏なのだろう、と理解しつつ、もっぱら無視を決めこんだ。


「そりゃ説得するか、無視し続けるしかないだろう」

 冬休みに入る少し前、このままだとおちおち彼女とクリスマスに出かけられもしないと思い、放課後の教室で友人に相談したところ、当たり前の答えが返ってきた。

「両方ともやってみたけど、効果がなくてね」

 別れてから一か月以上、同じことを続ける少女は態度を変えないし、俺の言葉も聞いてくれないままだった。

「だったら、ご愁傷様だな。俺には、この二つ以外、思いつかない」

「そこをなんとか」

 簡単に済む方法を求めているわけじゃない。ただ、確実に少女に離れてもらうにはどうすればいいのか、ということを求めていた。

「やっぱり、思いつかんな。何なら手でも出してみれば行けるんじゃないか」

「さすがにそれは」

 そもそも、あまり暴力というものが得意ではない。少なくとも物理的なものに関しては、昔からされる側が大半だった。友人は面倒くさそうに、頭を掻く。

「だったら、根気強く説得するんだな。だが、相手は人だしな。お前の思い通りに動くとはかぎらないし、たぶん、今まで通りに勝手にするだろうさ」

「だよねぇ」

 天井を仰ぐ。とはいえ、手をこまねいてばかりもいられない。

 今の彼女である眼鏡の女の子は日を重ねるごとに神経を尖らせていっていてデートの度に不安をぶつけてくる。そして、そのデートの間にも、少女は気まぐれに乱入してくることもあった。追い払ったり無視をするものの、少女はいるのも立ち去るのも気まぐれで、暴力に訴えられない以上、どうしようもない。

 正直なところ、最悪、眼鏡の女の子との関係性が崩れるの自体は、しようがないかな、と思ってもいる。ただ、これからの人間関係においても似たようなことが続くようであれば、厄介なことこの上なく、面倒だった。

「退屈しなくていいんじゃないの」

 横合いから聞こえてくる聞き覚えのある声に振り向けば、やけに楽し気な元カノが仁王立ちしている。

「どういうこと」

「あんたの望み通りじゃないの、って言ってあげてるの」

 はて。元カノには別れた理由を、かなりオブラートに包んで伝えたはずなのにもかかわらず、なぜ本音に近い方が伝わっているのだろうか。直近で話した相手はといえばと、正面に座る友人の方に視線を戻せば、あからさまに顔を反らされた。当たりみたいだった。

「言っておくけど、そいつに聞く前からウチも察してたから」

 あんたが思うほど馬鹿な女じゃないの。不敵に笑う元カノ。以前よりも、図太くなった。そう思う。

「だから、あの小娘を見て、その手があったのかって関心してる」

「その手って」

「諦めなければ良かったって」

 どこか切なげな目は、遠くを見据えている。

「君はけっこう、諦めが悪い方だったと思うけどね」

「泣いて縋ったりもしたしね。でも、最後はあんたの言う通りにしてしまった」

 一旦、言葉を止めたあと、ため息を吐いた。

「何がなんでも手放さなければ良かった」

 意志の籠った目。何なら今からでももう一回。試してみたくなるくらいには魅力的ではあったけど、さすがにそれは違うだろうと、首を横に振った。もう終ったことなのだ。

「その点、あの小娘はすごいね。あんたの事情なんて、これっぽっちも取り合わないし」

「こっちとしては迷惑きわまりないけどね」

「諦めなさい。ウチらみたいな子を、ポンポン振ってるから、ああいうのに当たるの」

 自業自得ってやつ。気持ちいいくらいの笑顔とともに言い放った元カノは、それに、と付け加える。

「さっきも言ったけど、退屈じゃなくなったでしょ」

「まぁ、たしかにね」

 その点だけは、忌々しくも認めざるをえなかった。完全に別れるためにはどうするかと考えるのは、少し、ほんの少しだけ、面白くなくもない。

 教室の扉が横に滑る音。放課後なのに客が多いなとそちらを見れば、

「帰ろ」

 噂の主が、いつもの無表情とともに話しかけてくる。助けを求めるべく、友人と元カノの方を向けば、友人からは生温かな眼差し、元カノからはニヤニヤ笑いが返ってくる。ああ、もう。本当にいい友人を持ったな、俺は。皮肉気に思いながら、

「じゃあね、二人とも。今日は相談に乗ってくれてありがとう。また明日」

 鞄を手にして立ちあがる。

「おお、またな。爆発しろ」

「相談料が欲しいくらいなんだけど」

 二人の勝手な言に手を振りつつ、手早くに教室を出る。背後からは、小刻みな足音が聞こえてくるけど、見るまでもないので振り向かない。存在すら認めない。そんな気持ちで歩き続ける。

 

 



  

 

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