十二話

 週末の放課後、唐突に少女に引きずられている。眼鏡の女の子とのささやかな交流がバレでもしたのか、と思っていると、

「来て」

 そんな一言とともに、いつも通り説明もなしに連れていかれていく。振りほどくのは簡単だったけど、黙ってされるがままにされる。それにこの時点で、だいたい連れられて行く先は、見当が付いていた。


 連れてこられたのは、やたらと背が高いマンションだった。自動ドアを潜ったあと、少女は内側の入口脇にあるパネルを手慣れた動作で操作し、セキュリティを解除していく。自動ドアと内側の入口の間のスペースに設けられたポストを確認すれば、案の定、彼女の苗字があった。やっぱり、そういうことか。

 その後も予想は違わないまま、ポストに記されていた階数までエレベーターで上がり、予想通り、彼女の苗字が書かれた表札のある部屋の前まで連れてこられた。

「察するに、ここは君の家なのかな」

 定型的に尋ねれば、相も変わらず答えは返ってこないまま、少女は手早く錠を開ける。

「ただいま」

 無機質な声とともに、玄関に入れば、

「おかえりなさい」

 薄らと聞き覚えのある声が耳に入ってくる。見れば、黒いスーツを着た細面の女性が背筋をピンと伸ばして立っていた。その感情の類が窺えない目は、今隣にいる少女に通ずるものを感じさせる。

「こんにちは」

 とっさに挨拶をしたあと、娘さんには普段からお世話になっています、と社交辞令的に口にしようとしたところで、腰を曲げた女性がこっちの顔を繁々と覗き込んできた。あまりの無遠慮さに一瞬だけ驚いたものの、突飛さでいえば隣にいる少女も負けていないため、比較的早く受け入れられた。

「なるほどね」

 再び背筋を伸ばした女性は、一度頷いてから、

「歓迎するよ、彼氏君。こちらこそ、娘が大層お世話になっているみたいだしね。たいしたものはないけど、くつろいでくれればいい」

 淡々とそう告げる。腹の中は一切わからず、言葉通りのようにも聞こえるし、全く反対にも思えた。

 なんとはなしに隣を窺えば、少女は顔からは、いつもよりもほんのわずかに力が抜けているように見える。やっぱり自分の家ともなれば、緊張感も抜けるのだろうか。その月並みさが、また微かな落胆に繋がった。


 /

 

 連れてこられた少女の部屋は簡素とかそういうものを通り越したなにかがあった。物らしい物といえば、学習机とベッド、それからいくつかのクッションくらいのもの。最低限の生活ができるという以外は、何もない、といった有様だった。

 そういえば、少女の趣味について付き合いはじめた時に何度か尋ねて答えが返ってこなかったことがあったけど、もしかして、それは答え自体がなかったということなら。趣味がないの自体は大人でもちょくちょくあるらしいけど、ここまで生きてるだけみたいな状態なのは珍しいのではないのか。俺自身にしても、趣味らしい趣味はないけども、一般的な楽しみみたいなものは通過している。だからこそ、この無味乾燥さは気になった。

 自室に入ってすぐ、少女は躊躇いなくベッドでゴロゴロしだした。もてなすでもなく、なにかしようとするでもなく自然体に振舞っている彼女は、客観的に見ればダラダラしているはずなのに、不思議と怠惰な感じがしない。

「それで、今日は何で呼んでくれたのかな」

 一応、聞いてみる。もちろん、答えなど期待していなかった。やはり彼女は無言のまま、ベッドの端をポンポンと叩く。俺は指示に従い座りこんだ。案の定、腰の辺りにしがみつかれる。

 きっと、少女の中ではこうしたスキンシップが流行っているんだろう。そして、少女を問わず、これまで幾度かこなしてきた男女交際でも、似たようなことをしてきたものは多くいた。だからこそ、新鮮味はない代わりに、なにをすべきなのかも薄らわかっている。

 髪を撫でる。嫌がる素振りは感じられず、体を起こす気配がした。俺はわずかに体を捻ってから、身を屈める。下から啄むみたい合わせられた唇は薄らと湿っていて、ほんの少し気色悪かった。




 

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