十一話
放課後、校舎裏近くの自販機の傍。クラスの友人に最近あったことをなんとはなしに話していたら、
「最低だな、二股野郎」
いきなりそう言われて、一瞬、頭が真っ白になったけど、
「たしかにそうだね」
まったくもってその通りだ、とおかしくなって、笑いだす。
「お前、頭おかしいんじゃねえの」
友人の蔑むみたいな眼差しに、そりゃそうだろうな、という納得とともに、
「俺は俺なりに思うところがあってやってるからね」
などとお茶を濁す。特に恥じることでもない。
「あのやたら不思議ちゃんな後輩彼女が嫌になったとかか」
「嫌、とは違うけど、合わなくなったって意味だったらそうかも」
俺と少女の間にある感情には、大きな乖離が生まれている。心なんか読めないから、おそらく、でしかないけど、たぶんそうだろう。
友人は頭が痛そうな表情で、右掌で自分の顔を覆った。
「そりゃまあ、贅沢なことで」
「参考までに聞くけど、どこを贅沢だと思ったわけ」
「女をほいほいとっかえひっかえしてるとこ。ついで、そんなやつなのに、やたらとモテやがるし、女が途切れないお前という人間そのものが贅沢だろう」
「そういうものかな」
「そういうもんだ。俺なんて彼女いない歴=年齢だぞ。一人くらい譲れ」
教室ではおちゃらけていることが多い友人のキリっとした顔。普段からこういう顔をしていれば、モテるんじゃないか。いや、案外教室にいる時の彼の方が好きで、口にしていないだけの女子もそれなりにいるのかもしれない。元カノも付き合っている時に、嫌いじゃないとか言ってた気がしたしね。
「ゆずるっていうのは難しいね。結局のところ、そこは向こうの気持ち次第だし」
「そんな正論が聞きたいわけじゃねえんだよ」
そうやけくそ気味に叫んだあと、手にしていたコーラをぐびっと飲んだ。すぐさま盛大にむせた。
大丈夫かと、駆け寄ろうとすると、缶を持っていない方の手で止められたので、大人しく、缶のカフェオレをちょっとずつ口に含みながら待つ。
程なくして落ち着いた友人は、
「なんで、お前は、そんなにすぐに女と別れるんだ」
忌々し気に尋ねてきた。
「なんでだろうね。付き合ってみると、これじゃないっていう人が多い気がするからかな」
「やっぱり、贅沢な野郎じゃねえか」
大きめのため息を吐いたあと、こっちを睨む。
「だいたいお前の方から積極的に別れまくっているよな」
「だから、それは合わないから」
「そもそも付き合う時点から、お前に付き合ったやつに対する好意なんてこれっぽっちもないように見えるんだが」
わかったような口ぶりで放たれた一言は、それでいて芯を食っているような気がした。
「お試し気分で付き合い初めて、本気になることもないから、当たり前のように続ける気がなくなるだけなんじゃないのか」
「痛いところを突くね」
「そんでもって、俺にこう言われても全然、堪えてもいない。全部、わかってて、だらだらと付き合い続けている。違うか」
まるで見てきたみたいな言い方に、思わず笑みがこぼれる。
「そうかもね」
「当たりっぽいな。だとしたら、ますますわけがわからないんだが」
呆れ気味の顔には、大きな戸惑いの色が浮かんでいる。
「なんで、わかってるのにそんな無駄なことを続けるんだよ。今なんか、二股してるくせに、両方ともたいして好きじゃないだろ」
当たり。心の中で正解を出しながら、そうだなぁ、と空を見上げる。薄い雲に覆われているそこには、なんの答えも示されていない。ふと、少女のことが頭に浮かぶ。なにもないところをぼんやりと眺めているのは、なんの答えもないなにかを見据え続けるようなもの。つまりは、ずっと虚ろなものに胸の内を染めていく作業なのだと。やはり、よくわからない。
「たぶん、期待してるんだと思う」
「なにに」
不審そうにこっちを見る友人に、
「ずっと一緒にいても退屈しなさそうな、そういう彼女が現れることに」
言葉を選びつつ答えれば、白け切った視線が突き刺さる。
「ひくわぁ」
「そんなにおかしいかな」
「お前に付き合ってくれたり、付き合っているやつらは、お前の実験台じゃないんだぞ」
「そんなつもりはないんだけどなぁ」
否定しつつも、実験台とはいい例えだと思う。きっと俺やこれまでの彼女たちは、試し試され合い続けて暮らしている。これまでもこれからも。そんな実験台の中で、今付き合っている少女は、途中までかなりいい線を行っていた、のだけど、今ではさっさと手放したくて仕方がない。早く、次に移りたくて仕方なかった。
「月並みな例えで悪いが、いつか刺されるぞ、お前」
「怖いなぁ」
コーヒーを一口含みながら、そういう日が来るんだったら、それはそれで、悪くない気がした。少なくとも退屈とは程遠い鮮やかな体験ができるはずだから。
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