十話

 休日の昼頃、駅前の時計台へと向かうと、既に待ち人は来ていた。

「やあ。もしかして、遅かったかな」

「いえ。待ち合わせ十分前です、先輩」

 眼鏡の女の子は、三つ編みに手をかけながら、はにかみ気味の笑顔で迎えてくれる。教室で見せるどことなく地味な印象に違わず、白いブラウスに紺のスカートを合わせていた。ただ、ほんのりとされた化粧の痕跡が女の子のささやかな努力をうかがわせる。あるいは、そういった計算かもしれないけど、さしあたってはどうでもいいので素直に受けとることにした。

「そっか。遅れたんじゃなかったら、良かったよ」

「なんだか、眠れなくて。早く来てしまいました」

「遠足前とかに寝れないタイプだったりする」

「いえ、そんなことは」

 なんでだろうね、と惚けつつも、大方の見当はついている。女の子から感じられる微かな緊張に気付かないフリを決めこんだ。

「立ち話も難だし、そろそろ行こうか」

「はい。今日はよろしくお願いします」

 軽く頭を下げた女の子に、そんなにかしこまらないでいいよ、と笑い返してから、歩きだす。

「楽しみだね」

 これから見に行く、さして興味のない映画の話題を振りつつ、頭の中は、これからに向けての計画に対して動きだしている。


 少女漫画原作らしい三角関係物の恋愛映画は、終わってみれば正直可もなく不可もなくといった感じではあったものの、女の子の方はぼろぼろに泣いていて、貸したハンカチは涙と鼻水でびしょびしょになっていた。

「すみません。私、こういう系の話に弱くて」

 映画館近くの喫茶店で眼鏡を外し、目を赤くする女の子。羨ましいくらい感じ入っているみたいだと思いつつ、

「楽しめたみたいでなによりだよ」

 そう応じてから、コーヒーを口にする。

「けど、良かったんですか」

「なにがかな」

 なにを聞かれているのかは既に理解していたけど、あえて尋ね返す。

「お誘いしていただけのはとても嬉しいんですけど、映画に行くんなら、私なんかじゃなくて、その。やっぱりあの娘と行った方が良かったんじゃ」

「あの娘は興味ないんじゃないかな。あったら、勝手に引っ張っていこうとすると思うし」

 用意していた解答は、それでいて真実でもある。少なくとも数か月付き合っている経験上、やりたいことを我慢したり躊躇ったりするような性質たちじゃない。

「それはそうかもしれないですけど、こうして私といるのは、その」

 誤解されたりしません。不安げな物言いは、先日からだ。

『その映画、俺も興味があったんだよね。良かったら一緒に行かない』

 例のごとく、彼女である少女を迎えに行くという名目でクラスを訪れた際に、眼鏡の女の子の口からポロっと漏れた映画の話題から、今日に漕ぎつけた。そして、今日までの少なくない交流から、いけそうだという感触を得てもいる。

「気にしなくてもいいんじゃないかな」

「どういうことですか」

 女の子の不思議そうな目。その奥底に微かな期待を読みとる。

「俺は君と映画に行きたいと思った。そして、君もそう思っている。ただ、それだけのことだよ」

「だから、それは」

「あの娘は関係ない。俺は自分の心に従うし、君も自分の心に従えばいいんだ」

 まっすぐに見つめる。彼女は戸惑うような目をしつつ、ゆっくりと顔を伏せた。

「先輩、困ります」

「なんで」

「何度も言ってますけど、誤解しますよ」

「そのまま受けとってくれていいんだよ。君が思うようにね」

「困りますし、わかりません」

 細い声で口にしながら、アイスレモンティーを吸いあげる女の子。耳が薄らと赤く変色しているのを見てとって、俺は静かに笑みを噛み締めた。


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