九話
新学期になってから、意識的に少女のクラスを訪ねることが増えた。
「あの娘なら、今日もいませんよ」
今日もまた、いつも出迎えてくる少女と同性のクラスメイトは眼鏡をずらしながら、教えてくれる。
「やっぱりか。そうだとは思ってたんだけどね」
「だったら、なんで来るんですか」
苦笑いする女の子に俺は、
「なんでだと思う」
目をじっと見返しながらに逆に尋ねる。眼鏡の女の子は、五秒くらいそのままでいたあと、顔を反らす。
「知りません」
「そうなんだ。わかると思うんだけどな」
「知りません、ってば」
掠れた声からは、小さな苛立ちと戸惑いが読みとれる。今日はこの辺が潮時か。
「そうか。しつこくしちゃって、ごめんね」
「いえ。でも、先輩もそういうのは止めた方がいいと思いますよ」
「と言うと」
「誤解とか勘違いされたりしますから」
思いのほかはっきり言う娘に小さな好意を抱きつつ、手をひらひらとさせて踵を返す。背後に感じる視線に、事が上手く運んでいるのを感じ、口元が弛んだ。
今日はまだ、昼食をとっていなかった。購買に行くか、今からでも学食に向かうか。前者は残り物だらけでたいしたことがなさそうだし、後者にしても席の確保が面倒な気がした。こんなことなら、既に学食にいるはずの友人たちに席取りを頼んでおけばよかったと、ちょっとだけ後悔する。とはいっても、少女のクラスに足を運ぼうと決めた時には、どっちにしようか決めかねていたから、仕方ないといえば仕方ないんだけど。
なんにも決まらないまま、一階の渡り廊下を歩いている途中、ベンチに寝転がる見覚えのあるシルエットをみつける。……本気で探しているわけじゃない時こそ、見つけてしまうあたり、なんとも皮肉めいているな。
とはいえ、名目上は彼女を昼食に誘いに来ているのだからと、日当たりのいい中庭へと出ていく。上履きのままではあったけど、まあいいかと割りきった。
「やあ」
寝ているかもしれないと思い、気持ち小声で話しかける。何の反応もなく、これは予想通りか、と顔の見える位置に回りこんですぐ少女と目が合った。開いたまま眠っている可能性も考慮したが、定期的に瞬きをしているのと、こっちを認識しているらしい視線の動き方で、起きているのだと確信する。ベンチはほぼほぼ、彼女の体で埋まっていたけど、頭のすぐそばにできている端っこの小さな空間を軽く叩いた。
「ここ、いいかな」
沈黙。とはいえ、反対はなかったから、触れた場所に座る。
「お昼、誘いに来たんだけど、どうかな」
答えは返ってこない。少女はただただ一人、ひなたぼっこに身を捧げている。すぐそばにいる俺に対しての気持ちいくらいの無関心。けど、そこに俺は心地良さをおぼえなくもない。いてもいなくてもいい。彼氏彼女という関係性からすればそれはどうなんだろうという気持ちはなくもなかったけど、こっちとしては割と好ましかった。
程なくして、少女が頭を上げる。これはいよいよ、お腹が空いたのか、と合わせて立ちあがろうとしたところで、こっちの膝の上に重みがかかった。見下ろせば、少女は目を閉じながら、
「まくら」
などと口にする。短い髪を俺のスラックスに擦りつけるみたいにする素振りに、俺は時が止まったような気がした。
べたべたとした振舞い。付き合いは確実に深まっている。自惚れでなければ少女の心もまた、近付いてきているのだろう。けれど、俺の心は少しずつ少しずつ引いていく。
探るように手を髪の毛の前まで伸ばせば、少し頭を上げて押しつけてくる。要求に従うようにして撫でると、彼女は身を任せるみたいに力を抜いた。
もうすぐだな、と思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます