六話

 段々、慣れてきている。梅雨も明けたあとの放課後の帰り道、先を行く少女の背中を見守りながら、そう思う。

 今日も元気に俺の前をつま先立ちで歩く少女は、道行く鳩をこそこそと付けていた。一月ひとつきと少しの付き合いの中では随分とわかりやすい行動。精神年齢を、見た目よりも五年くらい幼くすればちょうどしっくりくるくらいの振る舞いには少なくない微笑ましさを感じる。

 俺もまた足音を殺そうと努めつつ、短い間にわかった彼女であるところの少女の行動について振り返る。

 まず、とても気分屋であること。それこそ、彼女自身が望んだ時にしか現れないし、それ以外のことは、一切やろうともしない。時折、少女のクラスに行く際によく取り次いでくれる後輩の女の子からの話を聞くに、どうやら教室でも似たような振舞いをしているらしく、トラブルの種になるのもしばしばだとか。予想が付かないから、みんな頭を抱えちゃってて。そう言う、少女のクラスメートの困った顔が印象に残る。ただ授業態度がマイペースなことを除けば、最低限のことはこなしているらしく、一人の不思議な女の子としておおむね受け入れられてはいるらしい。こうした本人の型に嵌らない勝手さみたいなものも、最初からあるものだと覚悟したうえで構えていれば混乱せずに済む。そもそも、少女がいくら気ままに振舞うとしても、あからさまにおかしいとまで言える行動にまでは繋がりはしない。だから、焦らずゆるく見守り、海のような態度で受けいれてしまえばいいのだと。

 次に言葉のやりとりの難しさ。とりわけ、少女がどういった気持ちで振舞っているかといった類の質問に関しては、いまだにまともな答えが返ってこない。言葉を尽くしているけど、いまだに少女の重い口を開くにいたらない。これに関しても、そもそも期待するからこそ、困難を感じるんだという発想の転換がいる。つまりもっと割り切って他者や他の動物であるから、わからないのが当然なんだと。そういうものだと理解すれば苦しさみたいなものは薄くなる。

 こうした諸々を含めて出した結論は、わからないものはわからないものとして咀嚼するという当たり前過ぎる落としどころ。言うは易しで、俺自身がどこまでやれているのかは大分怪しいけど、少なくとも付き合いはじめた時からずっとあった、混乱の毎日みたいなものは大分、薄れていた。

 今も勢いをつけて鳩の後ろから覆いかぶさろうとして思いきり取り逃がした少女の姿を見て、まあそうなるだろうな、というどことなく冷めた感想を持っている。奇行だったり、ほんの少し突飛な遊びも繰り返されれば、次第に鈍化していくのだと、ほんの少しの落胆が胸の端に落ちた。

 彼女は珍しく、不機嫌そうな顔をしてみせてから、俺を見上げる。頭一つ分くらい、こっちの方がデカいのもあって、いつになく幼げに感じられた。

「ごめん」

「なんのこと」

 どうせ、まともな答えなんて返ってこないだろう。傾向と対策的に察しつつ、聞き返せば、少女は一瞬、再び後ろを振り返った。視線の先は、さっき、鳩が飛び立った辺りを撫でている気がした。

「ハト」

「うん。さっきまで、鳩を追いかけてたよね」

 彼女は頷いてみせる。対話が成立した、とほんの少しだけ驚いたところで、

「さばけなかった」

 真顔でぼそりと口にする少女。

 さばけなかった? 一瞬、何のことかわからないまま、遅まきに頭の中で漢字への変換が始まり、はっとする。

「えっと」

「コンビニ」

「それってつまり」

「やきとり。おごる」

 少女はそれだけ口にすると、踵を返して足早になる。俺はさっきまでと同じで、夕焼けに照らされる少女の後ろ姿を呆然と見送りかけたあと、のろのろと後を追った。まだまだわからないことだらけだ。

 

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