五話
「今回は長続きしてるみたいじゃん」
去年、一ヶ月くらいで別れた元カノに皮肉げにからかわれて、まあね、と曖昧に返す。
担当教師がいないところから生まれた、日本史の自習中、夏の暑さを紛らわしているところに、急にやってきた二年連続のクラスメート兼元カノは、
「そんなに可愛いわけ」
興味深そうに聞いてくる。
「ちょっとは、可愛いかな」
「なにそれ」
わけがわからないという風に口角を上げる元カノに、ちょっとはちょっとだよ、と応じる。
「逆に言うと、ちょっと可愛い以上はよくわかってないんだよ」
「そんなわけのわからない女となんで一ヶ月も付き合ってるわけ」
理解に苦しむとでも言いたげな顔に、全くだと同意を示したあと、
「けど、実際、そのくらいがちょうどいいのかもしれないね」
なんとはなしに、今感じてることを口にする。
「どういうこと?」
「わかんないのが面白いのかもしれないってこと、かな」
この辺り言葉にこそしてみたものの、実際にどうなのかというところははっきりとしない。俺の気持ちであるはずなのにいまいち自信が持てなかった。
「ウチを振ったのは、頭空っぽでわかりやすいからって言いたいわけ?」
馬鹿にしてんの。睨みつけてくる元カノの言を、
「そんなこと一言も言ってないよ」
やんわりと否定しつつも、案外、真理なのかもしれないと思いもする。この元カノも、その次に付き合った相手も、なんなら最初の彼女ですら、こちらから振る形になっていた。細かな理由は違えど、最終的に抱いているのは、これじゃない、とか、退屈だな、とか。俺側がろくに報いれているわけでもないのに、なんとはなしに相手にそれ相応の興味を抱く何かを求めてしまっている。今も、そしてきっとこれからも。
「だったら、なんでウチは振られたわけ」
「別れる時に言ったでしょ」
「納得いってないから」
不満げな眼差しに知らず知らずのうちに漏れそうになる溜め息を抑える。一友人としての元カノの相手であれば、こっちとしてもやぶさかではなかったけど、元彼女としてかつての付き合いを突かれるのは正直なところ勘弁願いたかった。
「何度も言ってるけど、合わなくなった気がしたからだよ」
「それだけじゃわかんないよ。もっとわかりやすく言って」
「これ以上は言葉にできないし、俺にとってはこれが全てなんだよ」
「だから」
熱くなる元カノの言葉を右から左へと聞き流す。自然とクラスメートたちの好奇の視線が降りかかってくるのに、うんざりしつつも、胸の中に閉まった言葉を響かせる。
飽きた。その一言をこんなところで発してしまえば、周りからは白い目で見られるだろうし、仮に元カノ一人に言ったところで、遅かれ早かれ似たような未来を辿ることになるに違いない。平穏な生活ってやつは何者にも代えがたいし、そうでなくても今更元カノを好んで泣かせるような真似はしたくなかった。
翻って今の彼女であるところの少女はどうか。いつもの無表情からはいまだに本心が一欠片も窺えない。付き合って、と何度も繰り返し言ったのは向こうであるけど、それ以上の気持ちはいまだに見えて来ない。
案外、今度は俺の方が捨てられるかもしれない。付き合って、と何度も告げてきた時や、卵焼きを口移ししてきた時と同じくらいの気軽さで、ある日、なんの前触れもなく、別れて、と告げられて、それっきり疎遠になる。そんな想像をした後、自分の口元が弛んだのを感じた。
「ねえ、聞いてる。だいたい、あんたは昔からさ」
より熱を増していく元カノの叫びを聞き流しながら、やってくるかもしれない終わりの日の想像に浸る。少しだけ、楽しみだった。
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