三話

「なんか、お前。毎日、大変そうだな」

 昼休み。学食の向かいの席に座る友人に、唐突に同情された。

「大変って、なにが」

「新しい彼女」

「ああ、それ」

 名目上のお付き合いを始めてから、だいたい二週間。ずっと振り回され続けている。

「どうなん、実際」

「よくわからん」

「わからんってなんだよ。付き合ってんだろ」

「わからんもんはわからん」

 うどんを啜る。頭の中になんの前触れもなく突然やってくる少女の姿が浮かぶ。無駄に可愛い辺り、たちが悪い。

「けど、一緒に帰ったりしてるんだろ」

「一緒に帰ってるだけでわかれば苦労しないよ」

 放課後や昼休み、時には登校中。少女はなんの前触れもなくいきなりやってきては、短い一言を口にしてから一旦隣に並ぶ。帰ろ、行こ、遊ぼ、ばいばい。言葉の持ち合わせが少ないのか、面倒くさいだけか。とにかく、いくつかの言葉を重ねては、本人なりの目的を言葉通りに果たしているっぽい。ぽい、としか言えないのは、言葉と行動がいまいち、繋がらないからだった。

「あの娘、ほとんど俺なんか気にせずに帰ってるからな。歩幅も合わせないし、こっちから合わせようとしてもすぐ変える」

 気分としては幼稚園や小学校の引率に近い。足早に駆け出すのに追いつこうとしたり、逆にぐずぐずその場に留まるのを歩かせようとしたり。正直なところ気苦労ばかりが募る。

「話したりはするんだろう」

「一応。通じてるか怪しいけど」

 たぶん、こっちの言葉を理解はしているはずだと思っている。しかし、納得のいく受け答えが返ってくることはほぼない。

 今日どう過ごしていたとか好きなものはなにかなど、本人に対する疑問には大抵無言か、普通、とか答えになっていない答え。かといって、こっちのクラスであった話や最近流行っている漫画やドラマの話をしてもほとんど関心を持たれない。ただただ、気儘に歩く少女を見守ってるだけ。

「デートとかはしたのか」

「してない。一回だけ、買い食いはしたけど」

 とは言っても、コンビニに飛び込んだ少女の後を追っていたら、いつの間にか一緒に唐揚げを食べる流れになっただけだ。食べてる間は、こころなしか頬が弛んで見えたが、気のせいかもしれない。

「お前、それ楽しいのか」

 ミートソーススパゲッティを面倒くさげに巻く友人に聞かれる。

「まだ、お試しってとこかな」

「ほぉん。珍しいな。いつもだったら、とっとと別れちまうだろうに」

 パスタを啜り始める友人に、そうだね、と頬杖をつく。

 どんぶりの中は、いつの間にかスープ以外なくなっていた。薄茶色に透き通った液体を見下ろす。

 俺はあの娘になにを期待してるんだろう。


「噂をすればなんとやらじゃないか」

 学食からの帰り道。友人が指した先には、ついさっきまで話題に上っていた少女がいる。こっちにはたぶん気付いていない。

 少女は廊下の真ん中に立ち止まり、何かを見上げているようだった。

「何見てんだ」

「さあね」

 呆れながら、それでいて強く確信しながらの、さあね。ここ二週間ほどの付き合いを通して、何度か似たようなところに出くわしている。だから、俺にはわかる。少女の視線がなにもないところを貫いているのだと。

 周囲を歩く生徒の幾人かは、少女を避けながら、その目の先に何があるのかを確認してみるが、ただただなにもない空間があるだけだとわかり、首を傾げて去っていく。

「霊感少女かなんかか」

「そうかもね」

 真相は少女しか知らないけど、いまだにまともな答えは返ってこない。

「付き合いそのものを考えた方がいいんじゃないか」

 不躾に少女を指差す友人に、愛想笑いを繕って、考えておく、と応える。

 言われるまでもなく、何度も考えた。冷静に推し量れば、付き合うという判断をした時と同じで、さっさと別れるべきだ。けれど。

 廊下の真ん中。ぼんやりと、それでいていつも以上に自然体でじっとしている少女。その無表情を眺めていると、不思議と、もう少し、という感情が湧き出てくる。まだ、見極められてない。だから、もう少しと。


 結局少女はなにもないところを眺め続け、予鈴が鳴って担任教師に首根っこを捕まれ引きずられていくまでそのままだった。釣られて見ていた俺もまた、慌てて教室に走ったものの微妙に遅刻することとなった。

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