二話
結局、俺は自らの判断を曲げて、少女と付き合うことにした。
なぜか、と聞かれたら、興味を持った、としか言いようがない。今までの付き合ってきた人間の中にこのタイプはいなかったから。
付き合う旨を伝えた時、少女は無言で頷いたあと、踵を返して走り去った。ほんの少しだけ口角が上がったように見えたが、気のせいだったかもしれない。
とはいえ、
「あの娘ですか。もういませんよ」
ホームルームが終わってから本人のクラスに迎えに行ってみると、こんな具合に大抵はいない。これは昼休みに食事の誘いにいっても同じで、どこかしらに行ってしまっている。俺は応じてくれた少女のクラスメートに対しての礼とこっちが来ていて待っていて欲しいという伝言を頼んでから、教室や家への帰路に着く。
こっちから捕まえに行ってもみつからない。かといって、スマホで連絡をとろうにも向こうから番号を教えてもらえていない。
付き合って、という言葉の意味が別だったのか、あるいは出来の悪い冗談の類だったのかもしれない。騙されたなと苦笑いしつつ、早くも新たな恋でも探すかと考えはじめていた。
「帰ろ」
そんな矢先、帰りのホームルームが終わった俺の教室内に少女が現れた。例の無表情でこちらを見上げている。
「帰るのはいいけど」
こっちの歯切れの悪さを見てか、少女は不思議そうな顔をする。不思議なのは俺の方だよ。
「何度かこっちから迎えに行ったのは知ってる」
聞いてみれば、少女はわずかに首を縦に振ってみせる。知ってはいたらしい。
「じゃあ、なんで待っていてくれないんだ」
「なんで、待ってないといけないの」
返ってきたのは、理解に困る答え。とはいえ、いざ聞かれると微妙になんと言えばいいのか迷う。
「彼氏の俺が会いたいと頼んでるから、待っていて欲しいんだけど」
少しだけ時間をかけて出した結論は恥ずかしさをともなった。加えて、まだ教室内にはそれなりに親しいものも何人か残っていて、ひそひそ話がそこかしこから聞こえてくる。さっさと少女を連れて引き上げたかった。
「ふぅん。そうなんだ」
一方の少女はといえば、俺の答えを一応、受けいれはしたらしく、感情に乏しい声で相槌を打つ。これでようやく話が着きそうだとほっと胸を撫で下ろした。
「でも、わたしのしたいことじゃないから、待たない」
すぐさま放たれた言葉に、頭が真っ白になる。いったい、この少女は何を言っているんだろうか。
「待たないって」
「うん」
「したいことって」
曲がりなりにも彼氏である俺よりも優先することとはなんだろうか。そんな興味もあって尋ねてみるけど、少女が話したのは、
「ひなたぼっことかお昼寝とか、色々」
実に些細なことの数々。その程度の些事に負けたのかと、情けなくなる。周りのひそひそ話に、くすくす笑いまで混ざって、尚更嫌になってきた。
「だったら、今日もひなたぼっこなりお昼寝なりすればいいんじゃないか」
呆れながら吐きだした提案に、少女は首を横に振る。
「今日は、一緒に帰る」
「理由は」
一応、彼氏彼女になったのだから、ともに帰ること自体に理由などいらない。しかしながら、ここ数日の間、少女個人の事情で振り回されていただけに、どうしても聞かずにはいられなかった。
「今日は、眠くないから」
やはり、彼氏よりも睡眠欲求が優るのは決まっていることらしい。幾人かの吹き出したクラスメートたちに、後で覚えてろよ、と思いながら、深く深く溜め息を吐いた。
「どうしたの」
「なんでもない。帰ろうか」
「うん」
頷いて、ぱぱっと踵を返す。その小さな背中を見守っていると、これからのことを考えて気が遠くなった。
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