13日目 自宅

今日が中間テスト最終日。

最後の最後まで諦めることをせずに、何とかやり切った。

後は結果を待つだけだ。

テスト期間中は、三限の授業の相当する時間でのテストなので比較的早く帰れる。

やることも終わったので、さっさと帰ろうと荷物を纏めて高校から出る。

途中の横断歩道で赤信号に引っかかってしまったので、ボーっとしながら待っていると。


「ま、待ってください!」


「ん?」


後方から走って来る白い影が、俺に声を掛けてきた。

何となく正体に目星を付けつつも、振り返って姿を確認する。


「も、もう…早すぎですよ…気付いたら何処かに行って…」


「…何の用だ、白雪?」


息切れをしつつも、文句を訴えてくる白雪に、投げやりに問いかける。


「昨日言いましたよね!?今日は一緒に帰ろうって、それで拓見君の家でご飯作るって!」


「……えっ?」


「えっ?」


「…まったく身に覚えないんだけど」


「伝えましたよ!昨日の放課後に、『明日拓見君の家でご飯作ってもいいですか?って。それに対して『あぁ』って答えていましたよ!?」


全然覚えてない…!

いやまぁ、確かに昨日はいろいろ考え事したから、放課後以降は記憶がない…。


「……って言うか、待って?何、お前俺の家来るの?」


「さっきからそう言ってますよ…と言うか、今それに触れるんですか。普通こっちが先では?」


「………因みに拒否権って」


「ないです、許可した拓見君が悪いです」




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「お邪魔しまーす」


「………はぁ」


結局、家に入れる羽目になりました。

いやまぁ、昨日許可したらしい俺が全面的に悪い。

ただ、こんなことならもう少し準備しとくんだったな。


「ここが拓見君の家ですか…結構綺麗ですね」


「そうか?」


「もう少し散らかっているものかと思っていたので、特に男子高校生の部屋とかは」


「潔癖症ともではいかないけど、普通に散らかっているのは見ていていいものじゃないしな。適度に掃除してるよ」


リビングをキョロキョロと見る白雪は、突如、寝室を開けてベットの下を覗き込んだ。


「さすがにないですよねー…」


「……因みに、何があると思って?」


「年頃の女子高校生にそんなこと聞くのはセクハラでは?」


「勝手に人のベットの下を見た奴には言われたくねぇよ!?」


コイツ、思ったよりむっつりなのか?

…おい、何をクスクスと笑ってやがる。


「まぁまぁ、さて、ご飯を食べるとしましょうか。キッチン借りますね」


「おう…」


わざわざ俺の自宅で飯を作るとは…本当に何で?

……………ってか待って?


(これ、大丈夫か?)


状況を整理しよう。

俺は今、自分の家に女子同級生を招いて(招かされらて)、家には二人だけ……。

マズくね?

いや、俺は何もするつもりないけど。

こう…常識的に?

白雪も言っていたけど、年頃の男と女が二人っきりってのはよくないと思うんだけど。

そもそも、アイツもアイツで男の家に上がるとか何考えてるんだ!?

自分の立場分かってんのか?

クソっ、最近アイツのことで悩んでばっかだ。

俺はこの状況で何をすべきなんだ?


「と、取り敢えず。何か手伝いでも…」


そうだ、ただ昼飯を食べるだけ。

間違いなんて起こる訳がないんだ。

リビングの扉を開けて、キッチンへと向かう。


「あっ、拓見君。どうしました?」


「いや、何か手伝えることないかなって」


「…因みに、拓見君って料理の経験は?」


「ない」


「お引き取り願います」


「はーい」


うん、無理。

俺の出る幕なんてなかった。


「そう言えば、エプロン付けるんだな」


「はい、あった方が汚れを気にせずに出来るので…どうですか?」


水色のエプロンを付けた白雪は、どうだとばかりに主張してくる。


「アーハイハイ、ニアッテマスヨー」


「相変わらずの棒読みですね…そんなのではモテませんよ?」


「別にいいよ、モテったってしょうがない」


……まぁ、普通に似合ってんだけど。

白髪に水色のエプロンは、色の相性が良いのかより一層可愛らしい感じに仕上がっていた。

思っているなら言えって?

言ったら絶対調子に乗ってくるからヤダ。


「…ここにいてもしょうがないから、寝室で適当に掃除でもしてるわ」


「わかりました、出来たら呼びますね」


寝室の中に入り、ベットに座り込む。


「…落ち着かねぇ」


誰かが―――同い年の女の子が自分の家で、俺の昼飯を作っている。

これじゃあまるで、同棲しているみたい…。


(いや、何考えてんだよ)


そんなことありえない。

結婚願望なんてないし、誰かと付き合うつもりもさらさらない。

でも、この関係は嫌いではない。


「俺も変わったな…」


少し前では考えもしなかったことに驚きながらも、軽く笑う。

立ち上がり、モップを取り出してフローリングの掃除を始めながら、出てくる昼飯に胸を躍らせるのだった。

それから数十分、寝室のドアがノックされたので開ける。


「できたか?」


「はい、後はよそるだけなので」


「分かった」


キッチンには鍋と炊飯器が置かれていた。

と言うかこの匂い…。


「カレーか?」


「はい、折角なのでお弁当じゃ出来ないものにしようと」


鍋の中はジャガイモやにんじん、豚肉などがぐつぐつと煮え立っていた。

白雪は炊飯器を開け、白米を大きい皿によそって渡してきた。


「はい、どうぞ」


「おう、ありがとな」


お玉を使ってカレーを掬い上げて皿に移す。

カレーの香ばしいスパイスの匂いが鼻腔を刺激し、食欲を湧かせる。

白雪も皿によそって、リビングの椅子に向き合って座る。


「いただきます」


「はい、召し上がってください」


白米をカレールーに絡ませ、口の中へと持っていく。

少し熱いが、気にすることなく噛む。

白米の甘味とカレールーの辛味が絶妙に合わさって、美味さをより一層引き立てる。

ジャガイモやにんじんなどの具も柔らかくて、簡単に食べられてしまうのであっという間に食べ終わった。


「…美味かった」


「お褒めにあずかり光栄です…それにしても良い食べっぷりですねぇ。作っているこちらからしたら嬉しい限りですよ」


「お前の腕が良いんだろ、これなら毎日でも食べられる」


「そ、そうですか…」


「何か顔赤くね?」


「気のせいです」


どう見ても赤いんだけどな…。


「まったく…すぐにそうやって褒めて…こっちの気も知らないで…」


何かブツブツ言ってるけど聞こえねぇ…。


「と言うか、何でいきなり俺の家で飯を?」


「いつも冷たいお弁当なので、偶には温かい料理を食べさせたいなぁと思いまして」


「『食べさせたいなぁ』って…いやまぁ、ありがたいけど。流石に貰ってばっかりじゃあ、食費ぐらい払わせてくれ」


財布を取り出そうと椅子から立ち上がる俺に、白雪は待ったをかけた。


「気にしないでください、白雪の自己満足なので。お金は貰えません」


「いやでも…それじゃあ俺の気が済まない。せめて何かお返しさせてくれ」


「お返しですか、そうですね…」


白雪は手を顎にそっと付けて、悩む仕草をしている。


「……よし、決まりました」


「何だ?何をしたらいい?」


いつもなら決してやらない金品関連のことでも、今回は請け負うことにしよう。

それだけ彼女の世話になっているのだから、何が来ても完璧にやり遂げて見せる。


「拓見君、明日デートしましょう」


「………………はい?」


予想の斜め上の発言に思わず硬直する俺に、悪戯の成功した子供のように微笑む白雪だった。

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