10日目 膝枕
「眠すぎる……」
昼休み、俺はいつもの屋上のベンチで座り込んでは辛そうに呟いていた。
理由は明白で、瞼の下に出来ているクマが全てを物語っていた。
昨日の深夜に起きた、寝落ち事件で俺の思考回路は乱れに乱され、眠ることが出来なかった。
学校を休むわけにはいかないので、疲れが取れていない重たい体を起こして、不安気のある足取りで高校に着いたが、その時には既に満身創痍だった。
だが幸いなことに、中間テスト前ということもあって、授業の殆どは自習で済んだので、辛いときには適度に休みつつ勉強した。
(それでも辛いことには変わりないんだけど……あぁクッソ、めっちゃ寝たい…)
どうすることも出来ずに、俯きながら自身に襲い掛かる頭痛を耐えていた。
「拓見君…?」
そんな時だった。
今よっぽど聞きたくない人の声が聞こえてきた。
思わず体がこわばり、ぎこちなく首を動かし声が聞こえてきた方を見る。
「大丈夫ですか?何だか辛そうですけど…」
心配そうにこちらを覗き込んでくるのは、こうなった元凶とも言える白雪彩華だった。
ってか、いつの間にこんな近くに!?
俺は驚きのあまり仰け反って、彼女から離れる。
「…気にすんな、別に何ともない…」
「そんな辛そうな顔とクマで言われても、説得力ないです」
「………気付いていたのか?」
「えぇ、朝から」
マジかよ…。
と言うか朝からって嘘だろ?
昨日のこともあって、今日はなるべく顔を合わせないように、立ち回ったはずなのに…。
「隣の席ですから、顔を見る機会なんて幾らでもあります」
「何で俺の考えていることが分かるんだよ…」
「顔にそう書いてありましたから…普段ならよっぽどのことがないと変わらない表情が、今日はコロコロ変わるので分かります」
「いつもの仏頂面を維持できないくらいには」と締めくくり嘆息する白雪。
…そんなに俺の顔色悪いのか?
ポケットからスマホを取り出し、鏡代わりにして自分の顔を見る。
(………成程、確かにこれはひどい)
はっきり言って、まるでゾンビだ。
睡眠不足程度でここまでなるとは…。
「それで、どうしたんですか?」
「………どうもない、大丈夫だから」
「どうしたんですかっ」
あ、圧が凄い…!
白雪はジト目で睨みながら、逃がさないとばかりに顔を寄せて、俺の後ろの壁に手を付けた。
「し、白雪。その、近いんだが…」
「大人しく話してくれたら、どきます」
「………あの、何か怒ってます?」
「怒ってなんかいませんっ」
絶対怒ってる…。
…仕方ない、話すしかないか。
「ただの寝不足だ、昨日あんまり寝れなくてな」
「寝不足?もしかして、昨日ずっと勉強してたんですか?」
「あー…まぁ、そんなところだ」
い、言えない。
白雪の寝言が原因で眠れなかったなんて。
本当なら白雪に聞きたいところだけど、覚えていない可能性があるし、覚えていたとしても、『そんなつもりじゃない』って言われるだろうし…。
後、普通に恥ずい。
なんだか白雪のことを意識しているみたいで…。
「なら保健室に行きましょう、そこで休めば…」
「悪い、保健室には行きたくない」
「えっ?何でですか?」
「何でって…あんまり人前で自分が弱ってる姿、出したくないんだよ」
そうだ、人に弱ってる姿を見せることはもうやめた。
人に甘えることは、もう…。
「………わかりました、では、ここで寝てください」
「いやでも、そのまま寝過ごしたりしたら…」
「白雪が見張ってあげるので、寝てください」
「お前に迷惑が掛かる…」
「白雪は気にしません…それに、弱みを見せたくないって言っているのに、白雪はそう言った姿をよく見るんですけど?」
「うっ…!」
それは本当にそうだ。
授業や昼飯で、俺は彼女に数え切らないほど世話になっている。
今更っちゃ今更だな…。
「はぁ…それなら、頼む」
「はい、しっかり休んでください」
壁に寄りかかって、目を瞑る。
寝て良いと分かったからか、睡魔はすぐにやってきて、俺は眠りという深い海に沈んでいった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
何か、触られている感触がある。
髪の毛…いや、正確には頭か?
それに何だか柔らかい…固い壁に当たっているはずなのに…。
そのことに気付いた瞬間、俺の意識は覚醒した。
目を開けると、人影がいて…。
「あっ、起きました?」
……………………は?
俺の目の前には、笑って覗き込んでいる白雪がいた。
それだけならまだいい。
ただ、問題は…。
(何で俺の右側に白雪の腹部があるんだ!?)
よく周りを確認してみると、俺はベンチの上に寝っ転がっていた。
そして白雪の太ももを枕代わりにして…。
「っ!!」
「おわっ、急に起き上がらないでください。びっくりしましたよ」
咄嗟に起き上がった俺に、白雪は苦言を呈してくるが、今はそれに構っていられない。
顔が異様に熱いのを感じながら、戸惑いながらも状況を整理しようとする。
「な、何で俺、お前の膝の上で寝て…?」
「白雪がベンチに座っていたら、拓見君が倒れてきたので。起こすのも申し訳ないなと思い、そのままにしておきました」
「そのままにしといたって…それは起こしてほしかったな……」
「いやぁ、随分と気持ちよさそうに寝ていたので…それに、面白いものも見れましたし」
面白いもの?
…嫌な予感がする。
「因みに、面白いものって?」
「拓見君の寝顔です…ほら、これ」
写真を撮ったのか、スマホを取り出し見せてくる。
「…誰これ?」
そこにいたのは、なんともまぁ人畜無害な男の寝顔で……えっ?これ俺?嘘だろ?
朝の洗顔で鏡を使うから、自分の顔はよく知っている。
やる気のなさそうな、愛想のない仏頂面、それが俺、風間拓見だ。
「…自分の寝顔とか初めて見たけど、いつもこんな顔してんの、俺?」
「みたいですよ?あまりにも可愛らしくて撮ってしまいました…あと、頭も撫でてみたり」
「何してんの、お前?」
…駄目だ、どうしても昨日のことがチラつく。
そんな微笑ましいものを見るような顔で見られたら、白雪が俺のこと好きじゃないかって、本気で勘違いしそうになる。
…そもそも、好きってなんだ?
碌に人と関わって来なかったら、恋愛感情なんて分かるはずがないし…。
「なんか百面相しているところ悪いですけど、そろそろお昼休み終わりますよ?」
「あっ、もうそんな時間か…悪かったな長時間縛って」
「気にしないでください。白雪が好きでやっていることなので」
そう言って花が咲いたように笑う彼女は、何だか綺麗だった。
と言うか、『好き』っていう単語を気軽に出さないでほしい。
今の俺にとって、その言葉は禁句だ。
収まりかけていた恥ずかしさが、再びこみ上げる。
赤くなる顔をバレないように、早足で屋上を後にする俺だった。
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