9日目 寝落ち

「ふわぁ…」


深夜の二十三時、大きな欠伸をした俺は勉強に取り組んでいた。

何故こんな夜中に勉強を取り組んでいるのか?

決まっている、来週の中間テストに向けてだ。


(普段なら適当に済ませるけど…今回は少し頑張るか)


何故この中間テストにやる気を出したのか?

決まっている、白雪だ。

彼女が自分の為ってわけではないけど、わざわざ図書館の学習スペースを無償で譲ってくれた。

だというのに、普段と変わらない点数を取ってしまっては申し訳ない…まぁこれは、俺の完全な自己満足なんだけど。

日本史のワークを解きながら、そんなことを考えているとスマホが振動して音が鳴り出した。

その音は生きてから数えるほどしか聞いたことがない―――スマホの着信音。


「…えっ?」


着信音!?何で俺に!?

詐欺の電話か何かか…?

恐る恐るスマホを確認すると、着信相手の名前を見て、心配して損したと気落ちした。


「もしもし…?」


『あっ、繋がった!もしもーし!』


スマホからは明るい声女子の声―――白雪彩華の声が聞こえてきた。

俺の気持ちを知ってかどうか、お気楽な声に思わずイラァとした。

いやまぁ、ただの八つ当たりだけど…。


「急に掛けてくんなよ、それもこんな深夜に…詐欺の電話かと心配したぞ」


『そ、それはすみません。ただ、どうしてもお願いしたいことがありまして…』


「お願いしたいこと、何だ?」


白雪から頼み事をするとは珍しい…のか?

考えてみれば、いろいろ頼まれている気が…。


『えぇとですね、その…』


「…随分と歯切れが悪いな、そんなに困っているのか?」


『困ってはいるんですけど…あの、今日は白雪と電話を繋いだ状態で寝てくれますか?』


「………はい?」


ナニヲイッテンダコイツハ?


「それってあれか、恋愛漫画とかでよくカップルがやる寝落ちってやつか?」


『か、カップル!?い、いや、そんなつもりは…っ!と言うか、よく知ってますね、そんなこと』


「まぁ、偶に読んでいるし、それぐらいの知識はある」


『だと云うのに、あんな恥ずかしいことを言っているんですか…?』


「ん、何て?声が小さくて聞こえなかったんだけど?」


『な、何でもありませんっ!』


やけに強く否定した白雪に疑問を覚えながら、一番気になることを聞く。


「で、なんでまたそんなことを?」


『…笑いませんか?』


「笑うような話なのか?」


『人によっては?』


「何だそれ…笑わないから言ってみろ」


半ば投げやりに問いかけると、彼女はぽつぽつと話し始めた。


『その、先程までテレビを見ていたんですよ…その内容がホラー関連のものでして…普段なら見ないんですけど、少し気になって見てみたら…』


「まさか、怖くなって寝れないと?」


『………はい』


…………。


「クッ……!」


『わ、笑いましたね!?笑わないって言ったのに!!』


「す、すまん。思った数倍も平和な話だったから…」


『こっちの心中はまっったく、穏やかではないですけどね!!』


まさかの展開。

てっきりもっと重い話かと思っていたからこそ、拍子抜けしてしまった。

白雪はプンスカ怒ってるけど。


「…事情は分かった。でもそれ、別に俺じゃなくても良かっただろ?他の奴等にでも…」


『それが、皆繋がんなくて…多分もう寝ているのかと。家族も寝ていますし…』


嘘だろ、めっちゃ健康的だな。

俺なんて、普段ならこの時間まで余裕で起きているけど。


「つまり、俺以外に他に当てがなかったと?」


『はい…その、白雪が寝るまでの間でいいので、繋げておいてくれませんか?』


「ったく、しょうがねぇなぁ…少しの間だけだぞ?」


『ほ、本当ですか!?』


「あぁ、とは言え俺は今、別の作業しているから、あんまり喋らないとは思うが」


『大丈夫です、誰かが居るってだけで安心できるので』


「正確には居ないが…まぁ、それで楽になるならいいけどよ」


そうして俺は再び勉強を始めた。

白雪は一言も喋ることなく、黙っていた。

それに少し不安を感じつつも、向こうが何かしてくるつもりがないなら良いかと気にしないようにした。

むしろ向こうが邪魔をしないように、気を遣ってくれているのかもしれないしな。

そうして勉強すること三十分…。


『スー…スー…』


スマホから微かに寝息が聞こえてきた。

どうやら、普通に寝れたらしい。

その事実に安堵して、スマホの通話を切ろうと手を伸ばすが、寸前で留まった。

もし途中で起き出して、不安を感じて再び電話を掛けてこられても困る。

ずっと繋ぐわけではないがもう少し、せめて俺が寝るまでは繋いでおこう。


『…拓見君………駄目ですよ………しっかり授業受けないと……』


そんなことを考えていると、スマホから寝言のようなものが聞こえてきた。

なんともまぁ、しっかりとした寝言を…。

と言うか、どんな夢を見てんだ?

俺が出ているらしいけど…。


『拓見君……………』


また俺か、どんだけ出てくるんだよ俺のこと好きなのか?


(って、何考えてんだ俺…普通に考えて、そんなことあるはずが…)




『……ですよ……』




……………………………………。


「はぁ!!?」


驚きのあまり俺の手は、スマホの通話終了ボタンを押していた。

ただ、今の俺はそんなことには気づかずに思考の海に浸かっていた。


(いやいやいや……すき?すきって何!農具の鍬?くしの梳き?それとも……好き?)


俺は肘を机に付き、頭を手で抱えて赤面していた。


(待て、よく考えろ。そもそも『すき』って言う前に妙な間があったよな…本当はあそこの間に何か他に当てはまる言葉が合ったとか…『拓見君、あんなところに猫がいますよ。私、猫すきなんですよ。可愛らしくて』……駄目だ、何かこれじゃないって言うか、無理矢理すぎるって言うか!)


その後、勉強所の騒ぎではなく、事情を聞くこともできずに寝るしかなかったが、白雪が落とした爆弾発言に悩みに悩み、一睡もできずに朝を迎えるのだった。

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