7日目 勉強②

黒く白い光沢が入った壁に囲まれた一室に、コツコツというシャーペンの音だけが響く。

昨日と同じように、図書館の学習スペースで俺はテスト勉強をしていた。


「ここはつまり…こういうことで…」


今は国語―――現代文の勉強をしていた。

現代文の成績だけは良いので、ぶっちゃけ勉強しなくても平均点は超えられる。

だが、折角最高の学習スペースを使用できるので、普段よりも高い成績を取れるように、今回は少し本気で勉強することにした。

最後の問題を解き、赤ペンを取り出して丸付け移行する。


「さて、結果は…」


解答とノートを見比べて、赤ペンを走らせる。

ほぼほぼ丸が付き、ざっと見ただけでも八割は取ることが出来た。


「でも…うーん」


俺はこの結果に納得がいかなかった。

間違えた個所はどれも、『著者の言いたいことを考えて書け』というものばかり。

正直、この系統の問題は苦手だ。

文章の意味を理解しないといけないし、自分で文を考えて書かないといけないので、決まった言い方しかできない、語彙力の乏しい俺にとっては難問だった。


「やっぱりここら辺の復習だなー…」


そんなことを言いながら、スマホを取り出し画面を付ける。

画面に映っている時計を見ると、一時間近く勉強していた。

やり過ぎは集中力も切れて良くないし、トイレに行くついでに休憩をすることにした。

椅子から立ち上がり、扉に向かって歩いていたら、軽く躓きそうになった。


「危な!…何だ、何に引っかかった?」


床を注視していると、灰色のコンクリートに少し窪みがあった。

どうやらここにつま先が引っかかたようだ。


「いや、危険だろこれ…後で図書館の先生に話しとくか」


扉を開け、廊下をに出て化粧室へと向かいながらそんなことを考えていた。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




(相変わらず綺麗だったな、ここのトイレ…)


自分の個室へと戻りながら、図書館の化粧室を思い浮かべていた。

真っ白に光る程までに磨かれた床と洗面台は、それほどまでに手入れが行き届いていることを物語っていた。

図書館の管理をしている先生が、極度の潔癖症だと聞いていたがどうやら真実のようだ。

自分の個室の扉を押して開け、中に入り椅子に座ろうとすると…。


「わっ!!」


「おわっ!?」


扉を閉めようとしたら、扉の内側から白い影が飛び出してきた。

思わず声を大にして、飛び跳ねて驚く。


「フフン、引っかかりましたね」


白い影の正体はドヤっ、とあまりない胸を張った白雪彩華だった。


「今何か失礼なことを考えませんでした?」


「き、気のせいじゃないか?」


何で俺の考えていることが分かるんだよ…やっぱり超能力者エスパーなのか、コイツは。


「ていうか、何でここにいるんだよ?」


開けっ放しの扉を閉めながら、白雪に訳を聞く。


「少し休憩がてら遊びに来たんですけど、扉をノックしても反応がなかったので、留守かなと思いながら、試しにドアノブを捻ったら開いたので、折角なら驚かそうと思って隠れていました。どうですか、驚きましたか?」


「驚いた驚いた、そんじゃあ用は済んだな?さっさと帰れ」


「扱いが雑では!?言っときますけど、まだここにいますからね!」


「何でだよ!?」


「休憩です!」


め、めんどくせぇー…。

本当なら今すぐにでも放り投げたいところだは、この部屋が使えるのは彼女のお陰なので、下手に扱うわけにはいかない。


「はぁ…わかったよ。俺も丁度休憩しようとしていたし」


「えっ?」


「えっ?」


「いや、まさか居て良いなんて言うと思っていなかったので…」


「正直な話、気乗りはしないけど、お前がこういう時に地味に頑固なのは分かっているから、相手すると余計に疲れるからな」


「あれ?遠回しに『面倒くさい女』って言ってます?」


「イッテナイゾー」


適当に受け答えをしながら、椅子に座って頬杖を付く。


「大根役者もびっくりな棒読み…まぁ居て良いって言うのなら、居させてもらいますけどっ」


壁に寄りかかりながらしゃがむ白雪は、右の頬っぺたを膨らませていた。


「拗ねてる?」


「拗ねてませんっ!」


首を横に振り、プイっとした白雪はどこからどう見ても拗ねていた。

その姿に苦笑しながら、勉強の進捗具合を聞く。


「どうだ、勉強の調子は?」


「…まぁ、いつも通りですね。このままいけば学年十位以内は取れるかと」


「マジかよ…」


返ってきた返答に唖然としてしまう。

確かに、中間テストや期末テストの上位十名が乗る順位表には、白雪の名前が殆ど乗っていた。

学校のアイドルは成績も優秀みたいだ。


「そう言う拓見君は?」


「ぼちぼちだな…運が良ければって感じ」


「そんなこと言いますけど拓見君、国語…特に現代文の成績は良いですよね?」


「…何で知ってんの?」


おかしい、順位と点数が出されるのは学年上位十名までのはず…。

俺の名前がそこに乗ったことなんて、一度もないはずだ。


「見ましたから、拓見君のノート」


「ただの盗み見じゃねぇか!」


まるで何事もないかのように言いやがって!

人の私物を勝手に漁るなよ!


「いやぁ、何か恥ずかしい落書きでもないかと思いまして…」


「探すなよ!!」


クスクスと笑いながら、立ち上がりこちらを見ながら扉に向かって歩き出す白雪。


「それでは、私はここで…」


「おい待て、話は終わってねぇぞ!」


その時だった。

白雪が突如バランスを崩し、前に倒れそうになった。


「あっ!?」


「―――っ!!」


原因は分かっている。

あの窪みだ。

そこに躓き、転びそうになったのだ。

余所見をしていたからか、踏ん張ることも出来ない白雪を、俺は咄嗟に腕を掴み引き寄せた。


(よし…ってまず―!)


何とか受け止めることは出来たが、勢いを殺しきれず二人そろって尻もちを着く。


「痛ってぇ…」


とは言え、俺が下敷きになったお陰で衝撃を受けたのは俺だけだった。

あのまま行けば、最悪頭を打ち脳震盪が起こっていただろう。


「白雪、大丈夫か?」


「………」


「白雪?」


「…だ、大丈夫です」


「そうか?ならよかった…ん?」


よく見れば、白雪の顔は赤かった。

どうしたのだろうと思ったが、よく見れば俺は白雪のことを抱きしめて向かい合っていて…。


「わ、悪い!嫌だよな、急に触られて、尚且つ抱きしめられるの!」


「だ、大丈夫です…」


俺は直ぐに手を退かし、開放する。

白雪は震えながら立ち上がった。


「ありがとうございます。助けてくれて…」


「お、おう…」


待って、この雰囲気前もあったよ?

止めて?そう何回もこの甘酸っぱい空気を味わいたくないわ。

何だか気まずいし…。


「そ、その…」


「な、何だ?」


顔を俯かせ、言葉を紡ぐ白雪の続きを待っていると、何か言いたそうに口を開けては閉めて…。


「か、帰りますね!」


「えっ?」


早口で捲し立てて、扉を開けスタスタと外に出る白雪の姿に、呆気を取られた。

扉が閉められ、部屋には俺しか残らなかった。


「はぁ…やっぱりここ危ないよな。後で先生に絶対言おう」


立ち上がって、椅子に座り勉強を再び始める。

…だが、先程の光景が離れずにいた。

柔らかかったなーとか、小さかったなーとか、何だかいい匂いしたなー…という考えが頭によぎって消えなかった。

何だか、いけないことをしたみたいで悶々として、結局は勉強に集中できずにいた。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「………」


拓見君の部屋から帰ってきた白雪彩華は、椅子に座ったきり何もせずに机の上で伸びていた。


(何やってんだろ、私…)


考えていたのは、拓見の部屋でやらかしてしまったことだった。


(拓見君に迷惑掛けて…だ、抱きしめられて…!)


「うぅぅぅぅぅ…!」という呻き声を上げ、縮こまっていた。

彼女が人のこと、それも男の人で悩むのは珍しかった。

今まで話した男の人は、誰もが彼女の容姿を前に、緊張して空回りしたり、カッコつけようとした人ばかりで、白雪彩華のことを上辺でしか見ていなかった。

本人も容姿には自信があるし、維持できるように努力も欠かさずにいる。

女性として、非の打ち所がないように努めてきた。

だからこそ告白してくる人も大勢いたが、そう言った恋愛感情は決して芽生えることはなかった。

だから、彼が―――風間拓見が初めてだった。

白雪彩華を前に自然体で接し、接せるのは。


(本当に不思議な人…)


まだ話してから一週間ちょっとしか経ってないのに、何時しか彼は白雪彩華にとって特別な人になっていた。

そして、その芽生えつつある感情がどういったものなのか、彼女はまだ理解できずにいた。

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