5日目 帰宅

「最悪だ…」


部活動に励む生徒の声が響く校舎の中で、俺はとても不機嫌だった。

理由は簡単、忘れ物だ。

課題で使う資料集をロッカーに入れっぱなしで、持って帰るのを忘れてしまった。


「家に帰ってから気付いたから、往復することになった…クソが」


思わず暴言が出るほどだった。

家に着いて、着替えてから気付いたので、制服に着替えなおす羽目にもなったので二度手間だったこともあるだろう。

ブツブツ文句を言って校門を出ると、ここ最近見ることが多くなった白髪が目に映った。


「………」


「………」


目が合ったが、見なかった振りをして通り過ぎようとする。


「いや、無視しないでくれます!?」


「グエッ!?」


いきなり服の襟を引っ張られ首が絞められたので、思わず潰されたカエルみたいな声が出た。


「すーぐ逃げようとして、捕まえるのも一苦労ですよ…ちょっと、聞いてますか?」


「き、聞いてるから、手を放して…死ぬ…」


「あっ、すいません」


ハァ、ハァ、し、死ぬところだった。

息を整えつつ、白雪の方を見る。


「で、なんの用だ?」


「補習を受けている友達を待っているんですよ、でもずっと一人だと暇なので、拓見君には話し相手になってもらおうかと…」


「そうか、じゃあな」


歩き始めようとする俺に、白雪は再び掴んできた。


「話聞いていましたか!?聞いてませんよね!」


「き、聞いてたよ…あの…首が」


「あっ」


ハァ、ハァ、ハァ…こ、こいつの方が話聞いてないだろ…。


「…大体、なんで俺が待つ必要があるんだよ」


「こんなに可愛い女の子が誘っているのに、乗らない手がないと?」


腕を組み、ドヤ顔を披露する白雪は、何かうざかった。


「自分で可愛いって言うか、普通?」


「えぇ、いいますとも。だって可愛いですし。ほら、見てください」


その場でくるりと回って、見ろとばかりにアピールする白雪。

…ふむ。

整った容姿に、女性らしい肌の弾力、サラサラな白髪。

何処に出しても恥ずかしくない美少女なのは、間違いないだろう。


「まぁ、確かに可愛い部類だとは思うが…」


「へっ?」


「?どうした、いきなり空気の抜けたような声出して」


硬直していた白雪は若干顔を手で隠しながら、顔を赤らめていた。


「い、いや。まさか拓見君がそんなこと言うとは思っていなかったので…その、面を食らったといいますか」


「お、おう…」


照れながら告げてくる白雪に、俺も思わず頬が赤くなる。

えっ、何この空気。

何か甘酸っぱいんだけど?

やめてくれ、お前が本気で照れると、こっちもどんな反応していいのかわからなくらる。

こちとら、年齢=彼女いない歴だぞ。

こういう時、どういう反応を取ったらいいかなんてわからない。

俺達の間に変な空気が流れていると、白雪のスマホは鳴った。


「あっ、友達からですね…えっ?」


「どうした?」


「…どうやら補習が長引くようなので、先に帰って欲しいと…白雪が待った時間を返してほしいです」


「そ、そうか…それはまぁ災難だったな…」


こんな暑い中待っていた白雪の苦労が、無に帰してしまったのは、正直に言って不憫だ。


「はぁ、仕方ありません。帰りましょう」


「おう、じゃあな」


「ちょ、待ってください!」


スタスタと歩き帰ろうとする俺の背に、白雪は待ったの声を掛けてきた。


「なんだ?まだ何か用が?」


「白雪も、一緒に帰ります」


えぇ…。

若干予想はしてたけどさぁ…。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「へぇ、じゃあ忘れ物をしたからあそこに?」


「あぁ、最悪だよ…」


あの後、一緒に帰ることをどうにかして止めようとしたが、以前の屋上で起きた事件を出されて、了承せざるをえなくなってしまった。

…あの時の迂闊な自分を呪いたい。

とは言え、そこまでいやじゃないと思っている自分もいる。

白雪は基本、物静かな方だし、ここ最近は彼女に助けられている自分もいることも確かだからだ。


「っと、ここまでだな」


目線を少し上げると、俺が住んでいるマンションが見えてきた。

家賃もそこまでしないし、内装も小綺麗なので、物件探しで内見した時に即決で決めた。


「じゃあな、白雪…?」


白雪は呆けた表情でマンションを見つめていた。

どうかしたのかと思い、声を掛けようとしたのだが、それよりも先に白雪が聞いてきた。


「拓見君、つかぬ事をお聞きしますが…拓見君の部屋って二階の一番奥の部屋ですか?」


「…えっ?」


彼女の言う通り、俺の住んでいる所は二階の一番奥の物件だ。

…どうやら俺は、生まれて初めて超能力者エスパーにあったみたいだ。

いや、これはどちらかと言うと…。


「ストーカー…」


「ち、違いますよ!?拓見君の隣の部屋に白雪の友達が住んでいて、その子が『私の隣って、どうやら同じ高校の生徒みたい』と話していたのを思い出しただけで…!もしかしたらそうかなと思っただけで…!」


手を振って弁明する白雪は、面白いほどに戸惑っていた。

ていうか、俺の隣って同じ高校の奴なのか。

全然知らなかった。


「成程な、理由は分かった…あんまり信用できないけど」


「してください!!いやまぁ、そんな偶然あるのかなと白雪も思いましたけど…」


「………なぁ、一つ聞いていいか?」


「な、何ですか?」


「なんで、俺に構うんだ?」


「……………」


「知らないとは言わせないぞ、俺の呼び名」


ずっと、聞きたかった。

俺は高校では『ハズレ』なんて呼ばれるほど、人から邪険にされている。

そのことについて、別に何か思ったことはない。

むしろ、人から遠ざけられるから俺としては嬉しい。

それほどまでに、他人との関係を断って、断たれた俺に彼女は―――白雪彩華は話しかけてきた。

それが不思議で、不気味で、気になってしょうがなかった。

そんな俺の問いに、白雪は小さく笑い話してきた。


「これと言って理由はありませんよ?ただ拓見君に興味があるだけです。そこに打算もないです」


「…なんで俺に興味が?」


「ん~…」


手を顎に当て悩む白雪は、また笑い告げてきた。

唯一違ったのは、その笑みがなんだか嬉しそうだったことだ。


「教えません!」


「はぁ!?」


「だ、か、ら、教えません!教えないったら教えないです!!」


「何でだよ…」


「それは、自分で考えてください!それでは、また明日~」


「あっ、おい!」


言うだけ言って、彼女は駆け足で歩道の上を走り抜けていった。

結局、詳しい理由は分からずじまい。

胸にモヤモヤとしたものを抱えながら、自宅へと歩き出した。

最後に未だに走る白雪の背を見ながら。


「明日は休みだから会わないっての…」


そんな一言を添えて、マンションの中へと入っていった。

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