3日目 昼飯

「腹減った…」


昼休みに教室の中で、誰に向けてでもなく俺は小さくぼやいた。

普段は購買のパンを適当に買うのだが、今日は財布を家に忘れてしまった。


(はあ…最悪だ)


目の前では、クラスの奴等が楽しそうに昼飯を食べている。

俺への当てつけか?

ふざけやがって…って、これはただの八つ当たりだな。


(ここにいると余計に腹が減る…屋上にでも行くか…)


屋上へ移動することにした俺は席を立ち、その場からそそくさと逃げるように歩いていった。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「退屈だー…」


俺は屋上の日陰にあるベンチに寝っ転がって、空を見上げていた。

雲一つない青空に何故だが知らないが、無性に腹が立ってしょうがなかった。


(スマホゲームでもしたいんだけど、腹が減りすぎてイライラする…今やってもいい結果が出せずにレート落ちるかもだし、やりたくない)


昼休みはまだ始まったばかりで、後三十分以上もある。

この苦行を耐えることは、今の俺にとって非常に厳しい。

そんなことを考えていると、ガチャっという音が聞こえてきた。


(今の音、屋上の扉の音だよな。誰かここに来たのか?まぁ、俺には関係ないか…)


足音から推測するに、入ってきたのは一人だろう。

何をしにきたかは知らないが、俺の邪魔にならないなら別にどうでもいい。


「あっ!見つけましたよ、拓見君!」


「うえっ?」


突然自分の名前を呼ばれ、つい腑抜けた声を出してしまったが、そんなことは今はどうでもいい。

声を掛けてきた人が問題なのだ。

その人物は、最近何かと話しかけてくる変わった女の…。


「白雪…?」


「はい、白雪です!」


白い髪をたなびかせて、にこっと笑った白雪彩華だった。


「こんな所にいて…君を探すので学校中を走り回って疲れました…」


「そ、そうか。それは悪かった、のか?」


思わず謝りそうになったが、これは俺悪くないよな?


「にしても暑いですねー…まぁ、休まずに走り回ったからなんでしょうけど」


手をパタパタとうちわのように動かす彼女は、確かに汗でびしょびしょだった。

汗なんて見ていて気持ちのいいものではないが、彼女ほどの美少女ならその汗すらも神秘的に見えた。

というか、汗が服に浸み込んで服が透けて…。

俺はもの凄い勢いで、首を横に向けた。


「わっ!いきなりどうしたんですか?」


「イ、イヤベツニ?」


見てない、見てない…!

彼女の下着なんて見てない!!

訝しんでいた彼女だが、俺の顔と自分の姿を見て何かに気付いたらしい。

慌てて自分の胸元を手で覆い隠し、体を背ける。

耳まで赤くした彼女は、消えそうな声で聞いてきた。


「………見ました?」


「ミ、ミテナイヨ?」


「『何を?』と聞き返してこない時点で分かってますよね?」


「………」


は、嵌められたー!!

白雪に謀られたことに気付いた俺は、背中から冷や汗が勢いよく流れていくのを感じた。

ヤバい、どうする!?

いくらデリカシーのない自覚がある俺でも、こればっかりはマズイ。

こういう時は…。


「すいませんでした…!」


謝るに限る!!

見事な土下座を披露した俺は、もう彼女の判断を待つ咎人でしかない。

しかし、こうも謝られたら怒るにも怒れない…はず。


「…年頃の女の子を辱めて、土下座だけで済むとでも?」


終わった。

いや、そりゃそうか。

だが今の俺には平謝りをすることしか…!


「どんなことでもしますので、どうか命だけは…」


「取りませんよ!…でも、『どんなことでもする』って言いましたね?」


「か、可能なことなら…お金は出せませんけど」


「要りませんよ!白雪のことを何だと!?」


ぜぇぜぇ、と息を吐きながら彼女は俺の目の前に何かを置いた。

恐る恐る顔を上げ、置かれた物を見ると…?


「弁当箱?」


可愛らしい猫のデザインが施されたバンダナに包まれた弁当箱だった。


「拓見君には、これを食べてもらいます」


「何で?」


予想の斜め上の要求に、思わず聞き返すと彼女は歯切れが悪そうに答えた。


「…ど、毒見です」


「毒見って…ん?これ誰が作ったの?」


「白雪…私です」


へぇ、白雪さんが…えっ?

お母さんがじゃなくて?

料理できるの?

女子力高すぎでは?

いや待て。

とんでもないゲテモノ料理かもしれない。

わざわざ毒見って言うぐらいだし。


「開けてみていい?」


「ど、どうぞ」


やけに緊張した様子の彼女のことを見ないように、背を向け地べたに座り、バンダナを解き箱を開ける。

中身は至って普通の白米とハンバーグに玉子焼き、ブロッコリーとマヨネーズのセット、にんじんとごぼうのきんぴらだった。


(見た目は普通だし、匂いも問題ない…)


「うまそう…」


ただでさえお腹が減っていたのもあって、堪えきれず付いていた割りばしを割って食べ始める。


(こ、これは…!)


口に入れた瞬間、旨味が口内いっぱいに広がっていくのを感じた。

噛めば噛むほど甘味が出る料理に、俺は虜になっていった。

無我夢中で頬張っていたので、あっという間に完食してしまった。


「ご馳走様でした」


「お粗末さまでした…あの、どうでした?」


不安そうに聞いてくる白雪の体を見ないように、親指を立てて感想を伝えた。


「うまかった、久しぶりにこんな絶品を食った」


「ぜ、絶品ですか…そっか、よかった…」


「ん?何か言ったか?」


「な、何も!?」


過剰に否定してくる白雪の勢いに驚きながらも、改めて弁当の礼を言うことにした。


「今日さ昼飯食べてなかったから、普通に助かった。ありがとうな」


「いえ、白雪も味の感想聞けて嬉しかったです…と言うか、拓見君は普段何を食べているのですか?」


「購買のパンだけど…」


「あまり小言は言いたくありませんが、栄養バランスの偏りがひどいのでは?」


「それはそうだけど、俺料理できないしなー…」


「お母さんは?作ってくれないのですか?」


「いや、俺が一人暮らしなだけ」


「一人暮らし…」


なんかやけに俺の食事事情聞いてくるな。

そんなに顔色悪いか?

少し悩んでいる声を出した白雪は、俺の前に来て…!


「ちょっ!?」


「大丈夫ですよ、もう透けてないので見られても平気です」


思わず顔を手で覆うが、白雪の言葉に少し安堵しながらそれでも少しずつ彼女の体を見る。

彼女の言った通り、汗は引いて服は透けていなかった。


「えー、拓見君」


「お、おう」


「あなたは白雪の、その…し、下着を見ましたね」


「は、はい。すいませんでした」


「…許しません」


えっ!?

彼女の顔を反射的に見上げると、顔を赤らめながらもこう告げてきた。


「なので罰として、これから白雪があなたを誘ったら、昼ご飯は白雪の弁当を食べてもらいます」


「それ罰なのか…?いや、俺としてはあんなにうまい飯を食べるのは嬉しいからいいんだけど…」


「では、契約成立です。いいですね?」


「わ、わかった」


俺から弁当箱を取り上げ、屋上から白雪は去って行った。

その足取りがやけに軽そうだった理由は、俺にはわかる由もなかった。


「って言うか…」


誰かと話すことを避けてきたのに、気付いたら彼女と普通(?)に話している!?

自身に起きた変化に戸惑いながらも、うまい飯が食えるならいいかと開き直っていた。

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