『きんぎょすくい』に関するレポート

矪(くるり)

『きんぎょすくい』に関するレポート

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<復元プロセス……成功>

<送信データを展開します……>


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▼識別:怪異I758ーきんぎょすくい


▼発見時の観察記録

観察日:20××年2月15日

観測地点:××県××村


▼発見の経緯

 怪異E257の攻撃から逃れるさい、××村に入ったところで発見。敷地内に入ってきた怪異E257は空を泳ぐ大量の怪異I758によって消失を確認済み。


▼怪異詳細

 怪異I758は、金魚すくいで有名な日本の××県××村にのみ生息する、空中を漂う金魚のこトである。以下の特徴を持つ。


1、外見:怪異I758は、大人の頭ほどの大きさで金魚のような外見を持ち、××村の空を泳いでいる。卵、稚魚のときは水の中で過ごし、あまリ姿を見ることはできない。成魚になると空を泳ぐ。

2、常識改変:××村は怪異I758の存在を否定してイる。村人にクれグレも聞き込みを行わないことを推奨する。

3、接触の影響:調査中。ただ怪異I758にはどうも見過ごせない不思議な治癒能力があるようだ。怪異B088で失った左目、怪異E257で追った出血を伴う外傷を数時間で完治。

4、人的被害の影響:不明。


追記

 別紙に××村のパンフレットを送付した。

 観測者ならどこへ向かえばいいか、わかるだろう。

_____



「本当にこんなところに空飛ぶ金魚なんているんすか?」

 ××県××村に入って一時間、私と鳴瀬なるせは山道を歩いていた。

 同じ組織に属していた婚約者がいなくなって半年。彼の消息を調べていた私は昨日、とある報告書を見つけた。それは彼が消息を絶ったあとに書いたもので、データは破損させられていたもの復元が可能だった。報告書を読んで、私はすぐに動いた。

 唯一の誤算があるとすれば、先月から配属された後輩の鳴瀬が一緒であることくらいである。

「そろそろ目的地だと思うんだけど」

「スマホが使えないのは辛いっすね」

 高校を卒業したばかりだという鳴瀬は額に汗を浮かべながらも、弱音を吐くことなく付いてくる。山道とは言え、夏の暑さが確実に体力を奪っていた。持参した水も多くはなく、パンフレットを見ながら引き返すべきかと考えていた。

「先輩、あったっす!!」

 彼の視線の先に目をやると、人一人しか通れない真っ黒な鳥居があった。周囲とは一線を置き、異質な雰囲気を醸し出している。どんな怪異であろうとまずは観測から。そう思ってカメラを起動させると、鳴瀬がそれを奪った。

「感動の再会にカメラは不要っすよ」

 そう言って自分の首にカメラを掛ける。そして走って鳥居をくぐり、消えた。無事に帰ってこられよう祈り、私も鳥居をくぐる。


🐟


 水の中にいた。澄んだ水はどこまでも続き、私は光が射し込むほうへ泳ぐ。あと少しで水面に届くというところで何かが足に絡みついた。それは身体を水底へと引きずり込んでいく。足掻いても、足掻いても、抜け出せない。そのとき誰かが私の手を掴んだ。

「あず、ま?」

 そこには探し続けていた婚約者がいた。半年前と変わらない姿で、失ったはずの左目を開けて私を見ていた。何から話すべきかと悩んで、私よりも先に行った後輩の姿がないことに気付く。

「鳴瀬!」

 私が叫ぶと同時に、東は水の中に飛び込んでいた。私はその背中を見送ることしかできなかった。今の私がいっても足手まといだった。

 私が溺れかけていたのは池らしく、周囲の景色を含め、綺麗に手入れされている日本庭園のような印象を受けた。空を見上げると報告書にあったとおり、金魚がいた。夏祭りで見かけるような種類で、空気中を漂うように泳いでいる。

 バシャンと音が聞こえて、池から二人が現れた。鳴瀬はぐったりとして、小刻みに身体を震わせている。陸に上がった鳴瀬の肩を叩きながら、私は名前を呼び続けた。口から水を吐き出し、ゆっくりと目を開けた彼は、震えながら私の後ろを指さした。

 ゴンッと鈍い音がした。身体から力が抜け、視界が横向きになる。意識を手放さないよう血が流れるほど強く唇を噛んだ。いつの間にか私の背後にいた東は、手に持っていた岩を投げ捨てると、鳴瀬の足を持って引きずっていく。近くにあった祭壇に鳴瀬をのせ、身体を仰向けにし、顎の先を持ち上げた。そして空を仰ぐ。視線の先を目で追うと、空を漂っていた金魚たちが顔を下に向け、静止していた。

 パンッと手を叩く音が聞こえた。その瞬間だった。空にいた金魚たちが一斉に鳴瀬に向かう。開いた口に金魚たちは押し寄せ、姿を消していく。鳴瀬の身体は陸に上がった魚のように激しく痙攣し、暴れていた。

「……ゴホッ」

 数十秒後、すべての金魚が見えなくなってから鳴瀬は咳き込み、口から金魚を吐き出した。金魚たちは何事もなかったかのように空を泳ぐ。苦しそうに何度もせき込み、血が出てきたところで、彼は悲鳴を上げながら、もがきはじめた。

「すくうだけだから」

 私の顔を覗き込むように東が立っていた。私は後転するような姿勢で跳ね起きると、彼の足を払う。が、そこに姿はない。周囲を窺っていると、左手にちくりとした痛みを感じた。一匹の金魚が私を噛んでいた。パク、パク、パク。金魚は次々と私を噛んでいく。払っても払っても離れない。気付けば金魚に囲まれ、身体は血塗れだった。私は立つことをやめた。金魚の隙間から祭壇に座る鳴瀬の姿が見えた。白目の消えた真っ黒な目で、こちらを見て、笑っていた。

 パンッと手を叩く音が聞こえ、金魚たちが一斉に離れる。東がそっと私を抱きしめた。

 薄れていく意識のなか、私は彼に真っ黒な金魚の姿を見た。


🐟


 水の中にいた。水面が見え、手を伸ばすと、身体のいたるところが滲みた。

 怪異を甘く見ていたわけではなかった。ただ生きている彼に会えたという事実が、普段よりもずっと私の目を濁らせた。怪異の詳細はわからない。報告書もきっと私を釣るための囮だったのだろう。鳴瀬には悪いことをしてしまった。彼は呑まれてしまった。この怪異について考えようとして、やめた。もう無意味だ。

 ふと水の中を一匹の金魚が横切った。丸みの帯びた真っ白な体に、尾ひれを優雅に動かして泳いでいた。私はだんだんと水に溶けていくような感覚に陥っていた。もう頑張らなくていいんだという安堵感と、まだやりたいことがあったなという後悔。怪異に家族を奪われて、抗い続けた人生が走馬燈のように駆けめぐる。

 気がつくと目の前に金魚がいて、じっとこちらを見ていた。ゆっくりとこちらに泳いでくると唇に触れた。その瞬間、力が抜け、身体はすべての空気を吐き出す。開いた口から水とともに真っ白な金魚が入ってくる。怖い。怪異になんてなりたくない。このまま死んでしまいたい。

 大量の水が肺に入ったはずなのに、呼吸ができていないはずなのに、私は生きていた。金魚が身体に入ってどれくらいが経ったであろう。頭の中で何かが膨らんでいた。脳が圧迫され、潰されていく。視界が白くなった瞬間、パンッと頭の中で何かが弾けた。何かが頭の中を掻き回す。強烈な痛みに全身が震える。目の前には見たことのない景色が広がり、記憶が、知識が、思考が、血液が、細胞が、私が、書き換えられていく。

 怪異に呑まれていくなか、彼が『きんぎょすくい』とこの怪異を名付けた理由をようやく理解した。

 すくうはでも、でもなく。






 ってことだったんだね。

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『きんぎょすくい』に関するレポート 矪(くるり) @kururiruku

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