第6話 包帯の正体

 寝たふりをしていたのか単に効き目が悪くて早く起きてしまったのかは分からないが、ジンジャーがリリを気絶させて出ていった。

 外傷はなく鮮やかな手管だった。

 リリがあまりに健やかな寝息を立てているので、どちらがスリープを喰らったのか分からないじゃないか。

 

 彼女の目的が何なのか。

 そのくらいは考えなくても分かるので記憶を頼りに街を走ると、四階建ての宿に着いた。


「アイツは今でも……」


 中級宿の『銀翼邸』。

 パーティーを組んでいた時からここに根を張り続けている。

 慣れ親しんで使い勝手の良い居場所を使い続けているだけで、別に深い意味はないだろう。

 そういう男なのだ。


 四階の左端。

 あの辺りの部屋にいるはずだが──ん? あれは。


「まずい……!」


 魔物に襲われたかのように倒壊した壁。

 冒険者向けの宿は破壊前提で作られており、格安で修繕されるので、こっちは問題ないとして特筆すべきは真っ逆さまに落ちてくるジンジャー。


 俺は彼女を助けるため分け目も振らず走り受け止めた。


「大丈夫か……いや、」


 ジンジャーは生気を失ったかのようにうわ言を漏らすのみ。

 声にならない声ではある……が、言葉は分かる。

 

 死ね──と。


 否応なく胸の奥に突き刺さる地底からの呪言だ。


 さぞ悔しいだろう。

 憎いだろう。

 だが悲しいかな、ジンジャーではヤツを殺せない。

 何もできない。


 でも、この有様を見て俺は安心させるためでもなく、どちらかというとヤツに向けて言った。


 

「…………ヤツは英雄に相応しくない。きっと長くは保たないさ」


 

==============



 翌日、ジンジャーを医務室に送り届けアンダースの武器屋に行った。

 もちろん裏口からだ。


 包帯の切れ端を蝋燭に照らしてみたり、下から覗き込んでみたりしながらアンダースは壊れた。

 始まったのだ暴走が。

 狂ったようにガンガン頭を机に打ち付け歓喜している。

  

 そう、歓喜である。

 この男は珍しい武具を愛でる時こうなる。

 曰く、頭の中にハイテンポの音楽が流れているような感覚になるらしい。

 やばいやつだが、この情熱は好きだ。


「おいおいやべえモン持ってきたな!」

「やっぱそうなのか」

「ああ、コイツぁ最上級付与魔術……のような何かが仕込まれた包帯だ。もしかしたらスキルによるものかもしれねえ。濃密すぎて俺の鑑定でも簡単に凄さがわかっちまう。まあ試してみるか。ほら、リリちゃん持っててくれ」

「うぇ? うん」


 リリが細い指で包帯をピンと張る。

 そこに目掛けてアンダースがなんと剣を振り下ろした。

 起きたであろう悲惨な結果を直視することなく俺は抗議する。


「っ、は!? お、おおい!! 何してる!!」

「落ち着けや。今の金属音は聞こえなかったのか?」

「は、きんぞく?」


 アンダースが刀身の欠けた剣をプラプラさせてみせた。

 傷付いたのは剣の方。

 リリが真っ二つになるようなことは当然なく、包帯も健在だ。


「ふっしぎ〜。この包帯、普段はふにゃふにゃなのに」


「いやいやいや、リリよ。本当に無事なのか? どこにも怪我はないか?」

「ん〜? ぜんっぜん。このスーパー包帯が守ってくれたからね」

「スーパーって……無事ならいいんだ」


 危機感がまるでない……そこがいいんだけど。


「付与魔術はその辺の融通が効くんだ。魔法武器は本体の材質に必ず魔力結晶を使わないといけない関係上、どうしても剣や鎧など硬い武具に用途が限定されちまうんだがな。ただ……一つ制限がある」

「制限?」


 アンダースが指を人差し指を立てる。


。いや、わかんねえぜ? スキルなら効果範囲がくそ広いかもしれないし、そもそもそんな制限はないかも知れない。まあ、どっちにしても作者が誰か知らねえが流通させようってんならやめといたほうがいいな。魔法的な付与が施された武器が市場に出回っていないことから事情を察するべきだ」

「なるほど……」


 生唾を飲んでしまう。

 性格の悪い。

 理想に相応しくない想像をしてしまった。


 悪いリリ……それでも俺は、何となく聞いてみたくなった。

 

「なら……もし、意気揚々とギルド仲間に使わせたり、売り捌いている者がいたら? その末路は?」

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