第5話 カナンの平凡でくだらない話

「へへ、僕なんかに良くしてくれてありがとう。レントがいなければ僕は何度死んだか分からない」


 に。

 これが口癖であり、いつも恭しく背筋を丸めて首を垂れるようにして歩く。

 努力はしたくないし、たとえ今が辛くとも耐えていればいつかチャンスが巡ってくる。

 そんな風に考えながら生きている凡百の人間がカナンである。


「気にするな、助け合っていこう」

「でも、僕がレントを助けることなんて」

「意見を言うだけでも助けになる。遠慮してないでカナンも俺に直して欲しいところがあればガンガン言ってくれ。みんなそうしてる」

「……そうだね。考えておくよ」


 レントのパーティーにいたころ、カナンは意見を言わず最低限の仕事をするだけの雇われ剣士のようだった。

 給料相応の働きができていたとは言い難く、ストロングポイントがあるとすれば武器の手入れくらい。

 メンバーが見せる優しさや微妙な距離感はよく分からないが居心地がいいものではなく、カナンの胸の底には汚泥のような何かが溜まっていく日々であった。


 そんな中でもカナンが磨いた武器は切れ味が良くなると評判で、レントをして唯一カナンに教えを乞うたほどである。


「教えるほどではない、か。まあ無理強いはしない。ただ覚えておいてほしい、冒険者の強みは技術の継承だ。こういいのは巡り巡って返ってくる」


 大袈裟だと、お世辞だと思った。

 馬鹿にしている。

 ふざけるな。

 そう思った。

 誇りが、尊厳が傷つけられたと思った。

 


 いつも口うるさくダメ出ししてくる上、たいして期待していないのは知っている。

 必死に見つけ出した長所なのだろう。




 そんな日々が4年ほど続き、やがて終わりがきた。


 追放。

 パーティーから追い出されてしまったのだ。

 給料と働きが釣り合っていないというが納得いかない。頑張ったのに認めてくれないなんてあんまりじゃないか。


 絶望だ。

 己の全てが否定されたのだから。

 酒や女に溺れ生きる希望も無くなった。

 そんな最中、趣味で剣の研磨に三日三晩没頭していると、緑色に剣が発光していることに気づく。

 剣は一振りで鉄を両断し常識はずれの切れ味を見せた。


 ──この世界には権能スキルという、魔法のように理から外れた技術を突如として獲得する者がいる。


 カナンはこの日、一晩中咽び泣いた。

 この世界の主人公は自分だったのだから。



========



「僕は最強だ!!」


 地面にうずくまるに拳を落とす。


「何をしても許される!! 誰も逆らわない!! レントだって僕のパーティーには必要ないんだ!!! 僕の才能を見抜けなかったことを後悔させてやる!!!」


 Sランクとなった現在、パーティーの構成員は全員奴隷である。

 強化した武器を持たせてやれば一流の戦士と遜色ないので性奴隷で問題ないのだ。

 

「あいつ、今日は調子に乗ってたけど次はまた懲らしめてやる。じわじわと真綿で首を絞めるようにしてなぶってやる。レントが崩れたらリリもジンジャーも僕のところへ来るだろう?」

「あの……リリさんはいらないのでは?」


 目元が腫れ上がり、肌がくすんだ女が口答えしてくるので、一旦その口に裸足のつま先を突っ込みつつ言い聞かせてやる。


「おもちゃが壊れたら次がいるでしょ。リリちゃんは巨乳で可愛いし。是非ともほしい。いらないのはレントだけだ。んん?……待て、もちゃと言えば──」


 カナンが口元に手を当てた刹那のこと──部屋中のガラスが粉々に散った。

 

 冷たい夜風で男女の匂いが飛び、差し込んだ月光の下には緑色の眼光を放つ女。


「じん──」

「覚悟」


 瞬き一つ。

 たったそれだけの時間で女が剣の間合いに入る。


 緑の軌跡が到達する間際、ようやく事態を察したカナンは──安堵して力を抜いた。


「死ね!!」


 きっさきが首に突き刺さ──らない。

 ぐにゃんと曲がって直撃を避けた。


「なっ!?」

「ばかだね。よりにもよって僕があげた剣で攻撃するなんて……」


 必殺の一撃を外し隙を晒したジンジャーは首を掴まれる。


「イぎッ!?」

「まあ仕方ないか。みんな僕の剣が好きだもんね」


 そのまま崩壊した壁側まで走り、部屋の外──豪華な宿舎の四階にもなる中空で手を離し、彼女の腹にある魔力結晶を思い切り蹴り付けてやる。

 素足に響く暴力の心地よさにより、カナンは恍惚とした顔をして衣服を全て脱ぐと部屋の奥に消えていった。


 

 落ちゆくジンジャーを地上で受け止めた男がいるということを知らずに。

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