第4話 復讐

「くぅ〜、お二人の愛の巣。そのような匂いがしますわ! うげ、くっっさ!!」


「脳内ピンクか。安い宿舎だし、匂いがするならそれは獣や魔物の肉の匂いだ」

「限界冒険者に選択肢なんてないの。いつかはでっかい城みたいな宿に泊まりたいねぇ」


 宿舎のベッドがぎっしぎっし鳴っているのを俺は後頭部で聞いている。

 どういうわけか上手く動けなくなったジンジャーは着替えをリリに手伝ってもらっているのだ。

 

「そんなことを聞くということはジンジャー。君新人か? 見ない顔だとは思ったが」

「え? ええ、冒険者になって1ヶ月が経ったばかりですわ」

「1ヶ月でBランク……素直に称えるべきだろうか」


 包帯の切れ端に目を落とす。

 白い生地の中で黒髪の男が嘲っているように見えた。


「カナン……」


 俺が思ったこと。

 それを先に口に出したのはリリだった。


「どうしてカナンと組んだの?」


「どうして……と言われましても、一人で迷っているところを拾われただけですわ。Sランク冒険者ですし断る理由は見当たりませんでしたわ」


 Aランクの俺たちが組みたいと思うのだから当然の思考だ。

 何もおかしくはない。

 ただおかしいのは、


「ジンジャー、君の腕を疑っているわけじゃないが。それにしてもひと月でBランクは異常だ。どんな優れた剣士も冒険者ではない。魔物との戦いに慣れるまでは時間がかかるし、単騎で倒せるようになるまでは数年かかるはずだ」


 まあ、真の英雄は一日やそこらでやってのけてしまうが……そんなのは例外中の例外だ。


「それはその通りですわ。わたくしはカナンさんに強くしていただいただけです……ただ、その代償に……ふふ。

 お二人とも、ちょっといいでしょうか?」

「ああ」

「どうぞどうぞ」


 ぎし──ひときわ大きく軋む音がして、続いてばさっと衣服が落ちる音がした。


「ジンジャーちゃん……それ、みせていいの?」


 絞り出すようなリリの声は悲痛そのものだった。

 不穏な気配を感じ振り返る。


「いいのです、わたくしは卑怯者ですから。レントさん、見えますか? これがわたくしの身体です。汚いでしょう? 悍ましいでしょう? とても男の人には見せられない」


 痛々しい。

 その一言だった。


 鳩尾から下腹部に掛けて。

 本来なら白く綺麗な腹筋が連なるはずの部分に巨大な紫色の石──魔力結晶。

 皮膚に強引に癒着しており、繋ぎには不揃いな縫い目が見える。

 黒々とした血がそこかしこに凝固し、禍々しさを助長している。


「……これは自分でやったのか?」

 そんなわけない。


「カナンさんがわたくしを強くするためにと」

「……」

「他の女性達に恐ろしい力で手足を掴まれ逃げられませんでした。その、つまり……強引です」


 

「そうか……」



「ひどいものでしょう? 食事も必要なくなったし人間とはいえないわ」



「……」


「抜け出せてよかったですわ。本当に」


「ああ」


「それでカナンさん。最低、でしょう?」


「ああ」


「許せない、ですわよね!?」


「ああ」


「わたくしは……彼を殺したいです」

「……否定しない」


 肩を上下させ感情をギリギリで落ち着かせるジンジャー。

 両手には桃色の髪が付着しており、彼女の憎しみがよくわかる。

 

 地の底からの怒り。


 彼女が何故俺を頼ってきたのか、今になってわかった。


「レントさんリリさん。あなた達はAランク冒険者でありながらギルド内で肩身が狭い」

「ん、すっごく狭いねー」

「それはカナンさんのせいです。この1ヶ月、彼があなた達の評判が下がるように根回ししているのを見てきましたわ」


 だから──


「だから提案です。わたくしと一緒に殺しませんか? 一緒にやればきっと上手くいきます」


 だからといって、首は縦に振れないな。


「乗れない。報復する気はない。俺たちのやり方でスッキリするつもりではあるが」


 復讐などナンセンス。

 過去に囚われていては前に進めん。

 でもこんなこと言ってしまったらジンジャーは……


「え────? ころさ──え? そんな」


 自分の仲間を見つけたと確信していた彼女は崩壊する。

 

「リリ、頼む」

「へいへいスリープぅっと」


 さっと昏睡させて暴走を食い止める。

 苦しい時は一旦ぐっすり寝るのが一番だ。

 俺も何度リリのスリープに助けられたことか……十時間はまず起きられないね。


「ありがとう。それじゃ、俺は床で仮眠とるから。交代で様子を見よう」

「ほい。起きたら一緒にクエスト行けたらいいね」

「ああ、冒険者は楽しく冒険するのが一番効き目あるはずだ」


 落ち着いたら包帯をアンダースに見せに行こう。

 それで話が進むはず。

 

「それじゃおやすみ」



========



 硬い床で目を覚ます。

 この怠さからして二時間くらいは寝ただろうか。十分だ。


「おはよう〜、交代だ」


 のっそりと起き上がり、ベッドの淵に両手をつく。

 これと同時に違和感。

 ベッドにズボッとなんの抵抗も無く腕が沈み込んだのだ。

 人が寝ているならある程度の拮抗を感じるはずなのに。


「っ、まさか。リリ!」


 顔を上げる。

 椅子に座り天井を見上げぐっすり眠りにつくリリともう一人──彼女の姿はない。


 ジンジャーが忽然と姿を消していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る