第3話 凋落の兆し、拳大の勝利

「仲間に入れてください!」

「そっち?」

「え?」


 助けてください!

 とかだと思った。


「仲間ねえ」


 この女剣士はBランクだ。

 胸と包帯の間にミチっと挟まれた金のプレートがこの人の実力を教えてくれる。

 

 どうしたものか。

 リリは……なんかニコニコしてるし、意見はくれそうにない。

 

 まあ、少し話してみてから決めるか。


「まあなんだ。ここだと──」

「こらジンジャー、キミは僕のモノだろう! 勝手に出ていくな!!」


 起き上がらせてやるために手を差し伸ばした手が空を切る。

 女剣士が髪を引っ張られ無理矢理立たされてしまったからだ。

 

「痛い痛い痛い! 離して!!」


 女性の髪を乱暴に扱うなど最低だ。

 非道な行為に怒りを露わにしたリリは髪を文字通り逆立てて前に出る。


「俺に任せて」


 しかし、彼女が何かをする前に俺はジンジャーと呼ばれた女剣士の左手首を掴む。


「離せよカナン」

「は? 誰に向かって──って、レントか。なんのつもり? てか近づくなって僕ら言わなかった?」


 なんのつもりかだと?

 それは俺のセリフだ。

 力に溺れ、堕ちるところまで堕ちたようだな。


「この人は俺が雇う」

「僕ではなくジンジャーを? なるほど……」


 カナンは舐めるような視線でジンジャーを見る。

 ジンジャーは顔を顰めて下を向いてしまった。


「リリちゃんでは満足できなかったわけだ」

「きっも」

「くだらん発想だな。申請を承認しただけだ」


「……あっそ」


 ジンジャーはカナンの奴隷ではなく、正規のギルドメンバーだ。

 メンバーの所属先は本人の意思が承認される。


 カナンもその程度のルールは承知しているようで、つまらなそうにジンジャーから離れた。


「勝手にしろ」

「ああ」


 呪縛を解かれたジンジャーは身体を震わせている。

 男の俺だと安心できないと思うのでリリに介抱してもらうことにする。

 この人には色々と聞きたいことがあるが、まずは精神状態の安定が先なのだが、


「おいジンジャー。その包帯は置いていけよ」


 カナンがそれを許してくれない。


「はぃ? いやですわよ」

「僕のものだと言ったろう。今ここで脱ぐんだ」


 この包帯は魔道具の類か。

 所有権があるのなら、抜ける前に返す必要がある。


「ここ、じゃないとダメですか?」

「うん。僕はここを動かないし、返してくれないと罰金だね。それにさ、みんなが求めてる」


 鼻息荒い男ども大勢に取り囲まれている。

 どいつもこいつもDランク以下の低ランカーで、程度が低い。

 まあ、それ以上に低いのは女冒険者を何人も侍らせて大笑いしているカナンなのだが。

 少し前まで長期クエストで街を離れていたので分からなかったがこの男、見るたびに歪んでいっている。


「リリ、いけるか?」

「ほいよ。任せて〜」


 小声でリリに魔法をお願いして軽く互いの拳を合わせる。

 俺はもごもごと包帯を解き始めたジンジャーに近付いて、包帯の端を持つ。


「レントさん……?」

「大丈夫、身を委ねて」

「え、おお? あ〜〜れえぇええええ」


 ニカっと不器用に笑いかけ、勢いよく包帯を引っ張ってしゅるしゅると巻き取れば、ジンジャーはクルクル回って勢いよくリリに抱きついた。

 

 包帯は全て俺の手元に回収できたので、カナンの足元に放り投げてやる。


 コロコロと転がってきたそれを腑抜けた表情で拾い、ぼそっと呟く。


「この周囲の反応の違和感。ファントムか……」

「ご名答、流石元メンバー」

「道具に頼らずこのクオリティの……っ、見下してやがる」


 リリが行使したのは上級幻影魔法ファントム。

 これにより、ジンジャーの裸は謎の白い光に隠される。

 野次馬は頭を抱えたり手で丸を作って覗き込んでみたりして、何とか見ようと試みているが上手くいかないようだ。

 それがあまり滑稽なものだから、俺は僅か優越感とともに心の中で拳を握った。


 今、ジンジャーの白い背中を見れているのは幻影を幻影だと知っている俺とカナンのみ。


 ジンジャーにしたようにカナンにも笑いかけてやれば彼は大きく舌打ちして大股歩きで去ってしまった。


「その顔変だよ、ね、ジンジャーさん」

「え、そのっ、いや……はい」


「冒険者らしいニヒルな笑顔だと思うが……練習が足りんな」


 ジンジャーに上着を掛けてやりながら、志を新たにする。

 

 それからヒョイっとジンジャーを担ぎ上げると小走りでギルドを後にした。


 少し離れたところで剣士らしく筋肉質で女性としては重めなジンジャーを下ろし息を整える。

 汗をあえてで拭っていると「あっ、それ!」とリリに突っ込まれた。


「今日のレントさんはイケイケですなぁ」

「べつに……ただ冴えていただけだよ」


 俺が憧れた英雄は拳大の小さな閃きで、歴史を動かす最大の戦果を挙げるという。

 それと比べればささやかではあるが、Sランク冒険者との応酬で手汗が滲んだ包帯の切れ端。

 これこそが今日の冒険の報酬である。

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