第6話:成長

 村にある大きめの広間で一組の男女というか、俺とアリスが剣と槍をぶつけ合っていた。劈くつんざくような金蔵音を辺りに響かせながらも俺達は何度も攻防を続け、かれこれ十分間ほど戦い続けている。


 均衡したこの状況では何かが崩れれば勝敗がすぐに傾いてしまうので、一切気がぬけない。というかこの幼馴染み相手に負けるとかムカつくので気なんか抜けるわけがない。


「ッそろそろ、倒れてよ!」


「やなこった! そっちこそ倒れなよアリス!」


 痺れを切らした彼女は槍を大きく振りかぶり渾身の一撃を叩き込んでくるが、今までの技術からの攻撃ではなかったことでその軌道は読みやすく、かなり簡単に弾くことが出来、


「隙あり、終わりだアリス!」


 弾いたことで出来た隙を突くように、俺は新しく家族になったフェンリルの力を借りて風の刃を相手にぶつけた。それは避けられることがなく直撃し、アリスはそのまま地面に倒れていった。


「よし、一本! 今日は俺の勝ち」


「もう一回、もう一回やるよレイ!」


 倒れた幼馴染みは納得がいかないのかすぐに起き上がりそう抗議してくるが、もう体力が残ってないので断ることにした。


 それに勝った気分のままで今日はいたいし、もうこれ以上戦いたくない。だって次戦ったら負けそうだから。

  

「むーやろうよレイ、まだ動けるでしょ」

 

 だけどこの未来の聖女様はまだまだ戦い足りないようで、槍をぶんぶんと振り回しながらまた戦い始めようとしたのだが、体力が微塵も残ってない俺はすぐに断ることにした。


「嫌だよ体力残ってないし、もう動けないからさ」


「……はーい、その変わりまた明日も戦ってね!」


 どうしてそんなに戦いたがるのか分からないけど、明日は断れる口実があるのですぐにその手札を俺は切る。

  

「明日は無理だよ、だってギルドに行く日でしょ?」


「あ、そうだった。じゃあ明日戦えないんだ」


「そもそも冒険者になろうって言ったのはアリスでしょ?」


「そうだっけ? んーあ、そうだね」 


 やっぱりこの幼馴染みは狂戦士だと思うんだ。だって戦いのことになるとすぐに他の事忘れるし。でもまあもう慣れたから別に良いけどさ。


 それで話は戻るが九歳になった俺達は今年から冒険者ギルドに登録できるようになったのだ。


 冒険者になる理由は俗物的だが単純にお小遣いが欲しかったからと、今のうちに少しでも強くなっておかなければこの世界でいつ理不尽な目にあるか分からないからというもの。あとは冒険者になれば従魔としてフェンリルを連れていても違和感がなくなるからって理由ぐらいかな?


「じゃあアリス、明日に備えて帰ろうか」


「はーい、じゃあ競争ね。負けたら好きなおかず一品相手に献上するってルールで!」


 家に帰ると言った途端すぐに走り出した彼女は、そんなずるいことを言いながらそそくさと家に帰って行ってしまった。

 で、そんな時に思い出したのは今晩の献立。

 確か今日は明日に備えるためにステーキを出してくれると言ってたはず。


「待って!? それはダメじゃない!」


 俺とアリスはどっちも肉が好きだし、負けたら絶対に俺は肉を取られる。

 そんな事は許せなかったので俺は新しく仲間になったフェンリルのハクアに乗ってすぐに家に帰ることにした。


――――――

――――

――


 ……夢を見る。

 いずれ起こるその夢を、いつか辿るその記憶を。


 全てが炎に燃えていた。

 ……ここがどんな場所なんて分からないけど、ただただ炎が全部を埋めて悲鳴と怒号が木霊する。パチパチという拍手のような火花と、熱波と血の臭いで噎せ返る。

 

「なに……が?」


 何が起こった? そんな事を自問する暇すらなく――ただ苦しい。

 熱いの、痛いよ、苦しい、誰でもいいから殺したすけてと、そんな願いさえ聞こえてくるその赤の中で、俺は一人立っていた。

 見渡す限りの死体の山に、崩れた瓦礫に赤い世界――そんな地獄の光景は、とても異常で、あまりにも現実味を帯びていた。


 理解が追いつかない。

 どうしたらこうなるんだって言いたくなるような惨状を見た俺は、この光景を受け入れたくなくて――。


「ッ皆は!?」


 脳がこの光景を理解したとき、最初に家族の事が心配になった。

 物凄い痛みが襲ってくるが、気にしている余裕はない。動くだけで体が悲鳴を上げるが、それを無視して俺はとにかく動き出した。


「いない――どこにも」


「……音?」


 炎の音で気がつかなかったが、何処かから剣がぶつかる音がする。

 何か掴めるかもと思ってその音の方に向かってみれば、そこには傷だらけのアリスと、黒い騎士が戦っていた。

 その光景にすぐに加勢しようとしたが、何故かその騎士を見た瞬間に体が動かなくなって――。


「――やっと、見つけた」


 目が合った。

 体の芯から冷えるように、それこそ臓腑を掴まれたような感覚。

 動けない、動いてはいけない――でも動かなきゃ。


「逃げてレイ――狙いは!」


 分かってる。

 だけど、どうしても動けない。

 この騎士を見た瞬間から、どういうわけか動けない。

 俺の中の何かが、こいつに反応している。


「炎龍――アギト


 それは、あまりにも強力な魔法。

 今魔力感知が使えないはずなのに、可視化され視認できる程に濃い魔力が渦巻き――龍の炎が放たれた。


――

――――

――――――


「ッは――夢?」


 目覚めた瞬間、感じるのは疲労感と感じるはずのない痛み。

 まるでその場所を経験したかのような最悪な夢、炎の中にいたような息苦しさにあの魔法を受けた瞬間の激痛。そして、あまりにもリアルな失うという感覚。

 その全てが最悪で、もう二度と見たくないとすら思えてくる。


「……マジで、何だったんだ?」


 寝起きなのに凄く疲れた。

 そんなことを思いながらも窓の外を見渡せば、夜空が広がっていて……魔時計の針は深夜の二時を指していた。


「…………目覚め、最悪」


 寝汗でぐっしょりで良い気分ではない。

 ……でも、あんな夢を見た手前すぐに睡眠という選択肢はとれず、俺は少し外に出て気分転換をするとことにした。


 目指すのはいつものアリスとの鍛錬場所の丘……そこから見る夜空の景色はとても綺麗で、たまにアリスと見に来ることがある宝物。


 今日は雲一つ無い快晴だし、きっと星も見えるだろうからと……俺はその場所を一人目指した。


「……やっぱり、ここからの景色は好きだな」


 現代……元の八雲玲として生きていた世界ではそうそう星を見る機会なんてない、だけどこのファンタジー世界にはあまりに綺麗で輝く星を見ることが出来る。

 

「……せっかくだし、魔法でも試すか」


 一通り星を見て気分を落ち着かせた俺は、そんなことを決めてから魔法を使ってキキョウの力を借りて軽く運動することにした。


 最近はキキョウが強くなったおかげか借りれる力も増えて、影に潜ったり影を武器にするという力も手に入れてたのでそれを試しておきたかったし、ちょうど良いかもと……そう思って魔法を使ったときだった。


「おぉ……姿が変わるなんて面白い魔法だね!」


 俺以外誰もいなかったはずなのに、見知らぬ誰かの声が聞こえてきたのは。

 聞いた事がない声だったし、何より気配を感じなかったことから警戒しながら声のした方に顔を向ければ――。


「……マジで誰?」

「ん、私かい? 私はそうだな……すっごい綺麗な魔法使いのお姉さんだよ」

 

 白髪の髪をした顔が整いすぎている美少女がいた。

 とんがり帽子を被って、悪戯に成功した子供みたいな茶目っ気溢れる笑顔で俺を見てくるそんな女性。


 ――それが生涯の師匠とのファーストコンタクトだった。

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