第5話:ずれた記憶

『起きろ、小さき者よ』


「まってあとちょっと寝かせて」


『我も暇ではないのだ起きろ人間』


「だから待ってってアリス……って、は?」


 いつものようにアリスに起こされたと思ってそう反応したんだけど、なんか聞こえてくる声が違くて俺は間抜けな声を出してしまった。


 それにベッドにいると思ったんだけど、周りを見てみたら此処はどうしようもなく外で、なんというか森だった。


「なんで森……え、いや――ほんとなんで?」


『忘れたのか? 貴様は蝙蝠共に襲われていたであろう』


「そうだっけ……というか誰?」

 

 なんか無駄に威厳のある声なのは分かるんだけど、こんな声心当たりないんだよね。一応反応的に相手は俺の事を知ってそうでどっかの映画の狼みたいな声だけど、ほんとうに心当たりがない。


 こんな特徴的な声とか一度聞いたら忘れないだろうし、初対面だと思うだけど……。


『貴様を救ったフェンリルだ――ショックで記憶でも失ったか?』


「そうだっけ――ん、あそうじゃん俺は貴方に助けられたんだよね」


 一瞬ノイズが走った気がしたが、確か俺はこのフェンリルの元に辿り着くことが出来て、吸血鬼から助けて貰ったんだ。それで緊張が解けちゃって気絶したんだよね。


 うん、覚えてる。

 怪我もいっぱいしたし死にかけたけどなんとか助かったんだ。


「ありがとね、フェンリル……様?」


『シフでよい、貴様には家族を救われた恩があるからな』


「救われたって――って事はあの子は無事ってことだよね!」


 頭に過るのは腹を貫かれるフェンリルの姿。

 あの時の感覚は思い出せるし、何より忘れるなんて出来ない。でもよかったあの子は生きてたんだ。


 ――え、生きてた? 違うあの子は目の前で死んで――そうだ生きてた……いや生きてるに決まってるじゃん、俺達は間に合ったんだし。なんか妙に頭が痛いけど、何も問題ない俺は目的を達成できたんだよね。

 

『無事に決まっておろう、ここまで来た主らを守ったのは我だぞ?』


「そうだった本当にありがとう、シフさん?」


『呼び捨てで構わぬ、さん付けなどむず痒いわ』


「そう? じゃあシフ……本当にありがと、おかげで助かったよ」


 見た目に反してかなり優しいよねこのフェンリル様。

 そう思いながらも一度彼の姿を俺は見てみた。


 数十メートルある白銀の巨体に額には紅い宝石を持つ巨大な狼、俺でも感じられるほどの魔力を持ってるこの聖獣は見る者を圧倒するようなオーラを纏ってるのにどこか暖かくて落ち着いてしまう。

 

「というか改めて見るとすっごい広いねここ」


 言いながら周囲を見渡して今いる神殿の風景を観察する。

 日の光に照らされた荘厳な神殿。奥にある台座にはフェリルの王であるシフが座っていてそこを起点として柱が幾つも並んでいる。そしてこの神殿を囲むように木が生えていて、とても穏やかな空気が周りに満ちているのだ。


 で、神殿の中には色んな動物が寛いでいて動物好きな俺からしたら天国のような場所に見える。


「てかさ、体が全く痛くないんだけど傷とかどうしたんだろ?」


 吸血鬼と戦って俺は何度も傷を負ったことを覚えている。

 その傷のせいで何度も意識を失いかけたし、出来る事なら二度と体験したくない……うん、ちょっと服をまくって見たけどやっぱり傷はないよね。


『傷なら我が治療したぞ、感謝するが良い』


 なんだこの聖獣様、子供に優しすぎるでしょ。

 何これ推せと? いやもう推すよ俺、威厳ある声と口調なのに子供に優しいってガギャップで死ぬよ俺。

 

『何か妙な事を考えていないか?』


「気のせいだよ? それよりシフ、キキョウを知らない?」


『あぁあの狼か、それなら今頃我の家族達の遊んでいるぞ』


 そうなんだ。

 てことはキキョウも無事なんだね。

 でもさっきまで死にかけてたんだし、もうちょっと緊張感を持って欲しいんだけど……本当なら死んでたかもしれないんだしさ。


 でもそれはそれでキキョウらしいので、元気って事だから嬉しいな。

 うん、皆無事って事はハッピーエンドでいいんだよね。


「…………あ、どうしよ」 


 安堵した所で思い出したのだが、俺は今回コジロウさんと一緒に森に来ていたのだ。真面目な彼の事だ今頃俺の事を探してる筈だし、すっごい心配されているだろう。


 それに何時間ここにいたか分からないから今頃村に俺が行方不明になった事が伝わってるかもしれないし、そうなればアリアがバーサークするのは確実で、この森に突撃してくる可能性がある。


 それはやばい。

 この平和な森がどんな風になるか分からない。


「…………あのさシフ、一つ頼みがあるんだけどいいかな?」


『なんだ? 言ってみろ、余程の事でなければ叶えるぞ』


「俺の村まで送って貰うこと出来ない? このままだとすっごい怒られるんだ」


『そのぐらいなら構わぬぞ、だがその代わりに我の頼みも聞いてくれ』


 頼み……聖獣フェンリルであるシフ程のものが俺に頼みだって? 

 なんだろ、無茶降りかな? それかゲームであった試練かな? いやでも流石にこんなタイミングでそんな事このいいヒトが言ってくる訳ないだろうし。


 多分きっと大丈夫、それにここまで助けて貰ったんだ頼みの一つぐらいは受けないとね。


「いいよ。で、何すれば良いの?」


『それはな我の家族を一人連れて行って欲しいのだ』


「待って、ごめんもっかい言ってくれない?」


『ん? 聞こえなかったか……仕方ないな、もう一度言うぞ。我の家族を主の仲間に迎えて欲しいのだ』


 すっごく申し訳ないんだけど言ってることは分かるのに、意味が理解出来ないんだ。 冗談かと思ったが、フェンリルの顔はいたって真剣で……いやイヌの表情なんて分からないんだけどさ。なんか凄い真面目だし、冗談を言っているように見えないのだ。


『キキョウという娘から聞いたが、主はこの森に飛行能力持ちの魔物を探しに来たのであろう? 我らフェンリルは、成長すれば風を走る事が出来るのだ。だから仲間にして損はないだろう』


 いや仲間になるなら嬉しいよ?

 フェンリルってゲームだとかなり強いし仲間にする条件も分かってなかったモンスターの一匹だし。これからさきの事を考えるとすっごい心強いのは確かだ。


 だけど違うんだ。俺みたいな子供がフェンリルほどの魔物を仲間にしたら絶対に不審がられる。いや、最悪どっかの貴族に目を付けられるなんて事も……。

 

「断れたりは……アッハイ、無理ですね」

 

 断れませんかと聞こうとしたら凄い眼光で睨まれたので、絶対に仲間にすると首を縦に振るまでこの森から帰してくれないだろう。

 もうこれ覚悟決めた方がいいのかなぁ。


「是非……仲間にさせていただきます」


『そうかそうか、なら生まれたばかりのこの子を連れて行くが良い。きっと主の良き仲間となると思うぞ』


 ぶんぶんと尻尾を振りながら喜びシフさん。

 次の瞬間周りに風が吹き出して風が何か銀の毛玉を運んできた。その毛玉は俺の頭の上に運ばれてきて、乗った後可愛らしい鳴き声を上げたのだ。


『では村へと向かうか、準備は良いか?』


「なんというかもう色々大丈夫です――出発してください」


「何故敬語なのか分からぬが、出発するか』


 難しい事は考えるのが苦手な俺は結局これ以上考えないことにしてこの先の人生で体験できる事のないだろう聖獣シフの毛並みを体験することにした。


 頭には子フェンリル、背中にはキキョウ、そして真下は聖獣ととても贅沢な感触にもう何も考えないことにした俺はそのまま意識を落として寝ることにした。


 でも――なんでだろうな、どうしてこんなにも――強くなりたいって思うのは、どうしても強くならなくちゃと思うのは。

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