9 魔力の変調
アズマリア帝国の宣言が街中に響き渡った後、エリーナとリュシアン、そしてクラウドは急いでその場を離れた。三人は人目を避けながら、クラウドの隠れ家へと向かう。
夜の街は不安と緊張に包まれ、至る所で警備兵の姿が見られた。
隠れ家に到着すると、クラウドは素早く扉を閉め、周囲を警戒した。古びた木の扉が軋む音が、静寂を破った。
「ここなら大丈夫だ。しばらくは見つからないはずさ」
クラウドの言葉に、エリーナとリュシアンはほっと息をついた。
隠れ家には前に一度来たことがあったが、改めて見回してみると、内部は質素ながらも温かみのある空間だった。
壁には魔法や機械の設計図が所狭しと貼られ、クラウドの研究の跡が窺えた。
「クラウド、ありがとう。でも、一体何が起きているの?」
エリーナの声には、疲れと混乱が滲んでいた。彼女の体は、先ほどの黒い霧の影響でまだ微かに震えていた。薄暗い部屋の中で、エリーナの姿が不安げに揺れている。
「アズマリア帝国がノーヴァリアに介入してきたようだな。しかし、なぜだ?」
緊張感の滲む声で言ったリュシアンに、クラウドは深刻な表情で答えた。
「僕にも詳しいことは分からない。でも、あの黒い霧は明らかに通常の魔法とは違う。アズマリア帝国の技術が関わっているのは間違いないだろう」
リュシアンは眉をひそめ、腕を組んだ。
「アズマリア帝国か⋯⋯以前から警戒すべき国だと認識していたが、まさかこんな形で関わってくるとは」
「リュシアン、アズマリア帝国について何か知ってるの?」
リュシアンは深刻な表情で頷いた。
「ああ、以前から情報は集めていた。アズマリア帝国は数年前から急速に軍事力を増強している。特に魔法技術の開発に力を入れているらしい」
「魔法技術?」
「そう。通常の魔法とは異なる、特殊な力を引き出す研究をしているという噂だ。詳細は不明だが、人体実験まで行っているという情報もある」
「人体実験⋯⋯そんな」
「さらに、彼らは周辺国への干渉を強めている。我が国にも数回、調査員を送り込もうとしたことがあったんだ」
「そういえば、ノーヴァリアでも最近、アズマリア帝国の動きが活発になっているという噂を聞いたことがある」
エリーナは窓の外を見つめながら、昨夜の出来事を思い返していた。
「あの霧、私の中の魔力と反応して⋯⋯」
彼女の言葉が途切れたとき、突然体が揺らいだ。リュシアンが慌てて彼女を支えた。
「エリーナ! 大丈夫か?」
リュシアンの声には、深い心配が滲んでいた。彼の強い腕が、エリーナの身体を優しく包み込む。
「ええ、大丈夫⋯⋯ただ、少し頭がクラクラして」
エリーナは微笑もうとしたが、その表情には苦痛の色が滲んでいた。
クラウドが心配そうに近づいてきた。
「エリーナ、あの霧に巻き込まれたんだよね。体に異常はないか?」
「大丈夫よ。ただ少し疲れているだけ」
「とにかく、今は休んだ方がいい」
リュシアンの提案に、エリーナは少し不満そうな表情を見せたが、同意した。体の疲れには逆らえないようだった。
「そうね⋯⋯わかったわ」
「僕はこれから情報を集めてみる。街の様子も探ってくるよ。二人は休んでて」
彼は立ち上がり、魔力探知器を手に取った。
「街中の魔力の変化を観測してくる。何か異変があれば、すぐに分かるはずさ」
三人は今後の方針を話し合い、クラウドが出ていくとその日は早めに休むことにした。
だが、エリーナはなかなか寝つけなかった。彼女は隠れ家の一室で横になっていたが、体の中で何かが変化しているような不思議な感覚に悩まされていた。
翌朝、エリーナは早くに目を覚ました。体の違和感は消えていなかった、むしろ強くなっているように感じた。
しかし、エリーナは、ただ体調の悪さを疲れのせいだと思い込もうとしていた。
「リュシアン、起きて。朝よ」
エリーナの声には、いつもの明るさが戻っていた。しかし、それは明らかに無理をしているように感じ、リュシアンは心配そうに彼女を見つめた。
「エリーナ、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫よ。昨日の疲れが少し出てるだけ」
二人が身支度を整えていると、クラウドが戻ってきた。彼の表情には、疲れと緊張が混ざっていた。
「街の様子を見てきたよ。昨夜の騒動で、人々の不安が高まっているみたいだ」
クラウドは手にした魔力探知器の画面を見せながら説明を続けた。
「街中の魔力の流れが、通常とは全く違う模様を示している。特に魔法省周辺は、異常な数値を記録しているんだ」
「そうなのね⋯⋯実際に行って私も確認してみたいわ。何かわかるかもしれないし」
「了解、僕も一緒に行こう。それと、アズマリア帝国が何を目的としているかはまだわからなかったよ」
「そうか⋯⋯アズマリア帝国については俺が少し探ってみるよ」
「魔法省には私一人で行くわ。クラウドはレジスタントの人たちと連絡を取っておいて」
エリーナの言葉にリュシアンは心配そうに声を掛けた。
「エリーナ、体調は大丈夫なのか? 休んでいた方がいいんじゃないか?」
「大丈夫だから! 私一人で行ってくる」
「だが⋯⋯」
「大丈夫! 私を信用して!」
強く言い切ったエリーナにリュシアンは渋々と了承した。彼らは慎重に隠れ家を出て、それぞれの行き先に向かった。
エリーナは魔法省に向かう途中、街の様子を細かく観察した。人々の表情には不安の色が濃く、街のあちこちで警備兵が厳重な警戒を行っていた。
「この国の人たちを守らないと⋯⋯」
エリーナはそう思いながら歩を進めた。しかし、彼女の体内では、黒い霧の影響がじわじわと広がっていた。
魔法省の建物が見えてきたとき、エリーナは突然強い頭痛を感じた。彼女の視界が一瞬歪み、体がふらついた。
「何なの、この感覚⋯⋯」
エリーナは額に手を当てた。その指先から、黒い霧が漏れ出しているのが見えた。しかし、彼女はそれを疲れのせいだと思い込み、調査を続行することにした。
「大丈夫、私なら⋯⋯この国を、みんなを守れる」
エリーナの瞳に、異質な光が宿っていた。彼女は気づいていなかったが、その力は徐々に彼女の意識を蝕んでいた。
エリーナは魔法省に近づきながら、自分の中で起こっている変化に気づかないまま進んで行った。
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