8 第三国の影

夜空を引き裂くように、巨大な魔法陣が魔法省の上空に浮かび上がった。青白い光が街を不気味に照らす中、エリーナとリュシアンは息を切らせながら路地を駆け抜けていた。


「リュシアン、あれ見て!」


エリーナの声が夜の静寂を破った。

彼女が指さす先では、魔法省の建物から黒い煙が立ち上っていた。リュシアンの顔に緊張が走る。


二人が建物に近づくと、突如として地面が大きく揺れ始めた。エリーナは思わずリュシアンの腕をつかんだ。彼女の指先に、リュシアンの筋肉の緊張が伝わってくる。


「地震?」


エリーナの言葉が宙に浮く。その瞬間、魔法省の壁面に大きな亀裂が走った。そこから、得体の知れない黒い霧が溢れ出してきた。霧は生き物のように蠢き、周囲の空気を飲み込んでいく。


「これは魔力? でも、普通の魔力じゃない」


エリーナの声が震えた。彼女の体が、その異質な魔力に反応して小刻みに震えている。


「気をつけろ!」


リュシアンの警告が響く。黒い霧が二人に向かって襲いかかってきた。エリーナは咄嗟に魔法の障壁を展開したが、霧はそれを絡めとるようにして、彼女を包み込んだ。


「きゃっ!」


エリーナの悲鳴が夜空に消えていく。彼女の体が宙に浮き上がり、魔法省の建物の方へと引っ張られて行く。リュシアンの手が虚しく空を切った。


「エリーナ!」


彼の叫びが虚しく響く。その時、背後から声が聞こえた。


「リュシアン!」


振り返るとクラウドが呪文を唱え始め、彼の手から青白い光が放たれた。そして、その魔法は黒い霧に向かって飛んで行き、光が霧に触れると、霧が押し戻されていく。


「今のうちだ、エリーナを!」


リュシアンは躊躇なくエリーナめがけて跳躍した。


彼の指先がエリーナの手首に触れ、必死に引き寄せる。二人の体が絡み合いながら地面に転がり落ちた。


「大丈夫か?」


リュシアンの声に心配が滲む。


「ええ、なんとか⋯⋯ありがとう」


エリーナは震える声で答えた。彼女の体には、黒い霧の痕跡が残っている。

クラウドが二人に駆け寄ってきた。彼の額には汗が浮かんでいた。


「無事で良かった」


「あれは一体何なんだ?」


リュシアンの問いにクラウドは眉をひそめた。


「あれは⋯⋯普通の魔法じゃないんだ⋯⋯詳しくは説明できないけど⋯⋯」


エリーナは、自分の手を見つめながら言った。


「あの黒い霧、私の中に入ってきたの。まるで⋯⋯侵食されているみたいだった」


その時、魔法省の建物から大きな爆発音が響いた。三人が驚いて振り向くと、建物の屋上に人影が見えた。


「あれは⋯⋯」


クラウドが目を凝らす。エリーナも屋上の人影を見つめた。


「何者かしら?」


突如、街中に大きな声が響き渡った。


「ノーヴァリア王国の民よ、恐れることはない。我らがアズマリア帝国の名において、諸君らを解放しに来たのだ」


エリーナたちは唖然とその声に聞き入った。街路には不安そうな市民たちの姿が見え始めていた。


「アズマリア帝国? まさか、あの国が⋯⋯解放? 冗談じゃない」


リュシアンの声に驚きが混じり、そして、歯を食いしばった。

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