7 レジスタンス

朝もやが晴れ始めた頃、エリーナとリュシアンはクラウドと待ち合わせた裏路地に足を踏み入れた。石畳の隙間から生えた雑草が、朝露に濡れて輝いている。


「おはよう、クラウド。レジスタンス組織との接触は上手くいったの?」


エリーナが期待を込めて尋ねると、クラウドは周囲を確認してから小声で答えた。


「おはよう。うん、連絡が取れたよ。彼らも僕たちの調査に興味を持ってくれているみたいだ」


リュシアンは腕を組んで言った。


「どんな情報を得られそうだ?」


「魔法省の内部構造や、職員たちの詳細な行動パターンなどだ。それに、彼らは魔力制御塔の秘密についても何か知っているらしいよ」


三人は人目を避けながら、クラウドが指定した場所へと向かった。そこは古い倉庫を改装したような建物だった。外見からは普通の民家にしか見えなかった。


中に入ると、そこにはレジスタンス組織のメンバーが待っていた。薄暗い室内には、緊張感が漂っている。彼らの中心にいた女性が前に進み出た。彼女の眼差しには、長年の闘争で培われたであろう強さと、わずかな疲れが混じっているように見えた。


「私はイゼル。レジスタンスのリーダーよ。クラウドからあなたたちのことは聞いている」


「初めまして、イゼルさん。私はエリーナ、こちらがリュシオンです。協力してくださり、ありがとうございます」

クラウドは一瞬困惑した表情を見せた。

「エリーナ? リュシオン?」

エリーナは軽く笑いながらクラウドに向き直った。

「ごめんなさい、クラウド。私たち、潜入のために偽名を使っていたの。本当の名前はエリーナとリュシアンよ」

クラウドは納得したように頷いた。

「なるほど、そういうことか。安全のためには必要な措置だったんだね」

イゼルは三人のやりとりを見守った後、机の上に資料を広げた。そこには魔法省の詳細な見取り図が描かれていた。見取り図の至る所に、レジスタンスのメンバーによる書き込みがあり、長年の調査の跡が見て取れた。。

「これが魔法省の内部構造よ。地下には研究施設があるわ。そこで何が行われているのか、私たちにもまだ分かっていない」


エリーナは見取り図を食い入るように見つめた。彼女の指が、なぞるように動く。


「地下施設か⋯⋯そこで何が行われているのか、気になるわ」


リュシアンはある一点を指さした。


「ここからは定期的に不審な荷物が運び出されているようだな。この辺りが鍵を握っているかもしれない」


クラウドは何かの装置を取り出しながら言った。


「僕の装置と、エリーナの能力を組み合わせれば、もっと詳細な情報が得られるはずだ。イゼル、魔法省内部に入ることはできるかい?」


イゼルは少し考えてから答えた。


「危険は伴うけど、可能よ。私たちには魔法省の警備の目を欺く方法がある」


「行きましょう。この国の真実に、一歩でも近づきたいわ」


「待て、エリーナ。確かに情報は必要だが、危険すぎる。もし捕まったらどうするんだ」


「分かっているわ、リュシオン。でも、このチャンスを逃すわけにはいかないと思う」


イゼルは二人のやり取りを聞きながら、静かに言った。


「あなたの慎重さはよく分かる。でも、この国の真実を明らかにするには、時にはリスクを冒す必要もあるのよ。手を貸してほしい」


「それにもし捕まったとしても、私の力なら逃げるだけなら簡単だわ。後始末が大変になるかもだけど⋯⋯」


はあ⋯⋯とリュシアンは諦めたようにため息をついた。


「分かった⋯⋯。だが、少しでも危険を感じたら即座に撤退だ。いいな?」


「ええ、約束する」


イゼルは見取り図を指さしながら説明を続けた。


「魔法省の周辺には、定期的に巡回する警備員がいる。彼らの動きは、ほぼパターン化されているわ。この隙間を縫って近づけば、建物の外壁まで行けるはず」


クラウドは頷きながら言った。


「そこまで行ければ、僕の装置で内部の魔力の流れを詳細に分析できる。エリーナの能力と合わせれば、地下施設の様子もある程度把握できるかもしれない」


「私の魔力感知能力を使えば、建物内部の人の動きも分かるかもしれないわ。内部に侵入する隙がわかるかも」


イゼルは真剣な表情で三人を見つめた。


「行きましょう」


四人は建物を出て、人気のない裏路地を通って魔法省に向かった。エリーナは周囲の魔力の流れを感じ取りながら、警戒を怠らなかった。


魔法省の建物が見えてきた頃、エリーナは不思議な感覚に襲われた。建物全体から、通常とは異なる魔力の波動が漂っていたのだ。


「リュシアン、魔法省から変な魔力を感じるわ」


リュシアンは眉をひそめた。


「どんな感じだ?」


「わからない⋯⋯うまく説明できないわ⋯⋯」


クラウドは装置を確認しながら言った。


「僕の装置も通常とは違う反応を示している。これは予想外だ」


「私たちも以前からおかしいと感じていたけど、こんなに強い反応は初めてね」


四人は建物の影に隠れながら、さらに接近した。エリーナの感覚は徐々に強くなっていった。


「魔法省の方から⋯⋯何かすごい力を感じるわ。これは一体⋯⋯」


その時、突然建物の中から大きな音が響いた。続いて、警報のサイレンが鳴り響き始めた。

リュシアンは即座に判断した。


「撤退だ! 何か起きたようだ」


四人は急いで来た道を引き返し始めた。エリーナは走りながらも、魔法省の様子を感じ取ろうとしていた。


「待って! 中で何かが⋯⋯」


彼女の言葉が途切れたその瞬間、魔法省の建物から強烈な魔力の波動が放たれた。エリーナは思わずその場に立ち止まり、振り返った。

建物の上空に、巨大な魔法陣が浮かび上がっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る