6 不審な動きの発見

早朝の空気が肌を刺すような寒さの中、エリーナとリュシアンは宿を後にした。二人の吐く息が白く霧となって漂う。エリーナは周囲の魔力の流れを感じ取りながら、静かに歩を進めた。


「ルシオン、改めて確認してみるとこの国の魔力の質感って、どこか歪んでいるわ」


「そうか、魔法制御の影響だろうな。具体的にはどんな感じなんだ?」


エリーナは少し考えてから答えた。


「うーん、まるで水面に油が浮いているような? 本来なら自由に流れるはずの魔力が、何かに阻まれているの」


二人が噴水広場に到着すると、クラウドがすでに待っていた。彼は昨日とは違い、まるで街の一般市民のような服装をしている。帽子を目深に被り、首元まで上げた襟で顔を隠していた。


三人は人通りの少ない裏路地を通って、魔法省へと向かった。狭い路地は薄暗く、両側の建物が高く聳え立ち、まるで迷宮のようだった。エリーナは歩きながら、周囲の魔力の変化を細かく観察している。


「面白い感覚だわ。建物に近づくほど、魔力が引っ張られていくの。まるで引力が作用してるみたい」


クラウドは驚いた様子で彼女を見た。


「すごいな、君。そこまで感じ取れるの?」


「ええ、魔法省の建物自体が、魔力を吸収してる。でも、完全に吸収しきれてるわけでもないのね」


三人は魔法省の周辺を慎重に観察し始めた。建物は威圧的な外観で、高い塀に囲まれていた。所々に魔法制御装置らしきものが設置されているのが見える。


エリーナは建物の隅々から漏れ出す魔力の痕跡を追いながら、不自然な動きを探していた。

すると、魔法省の裏手にある小さな倉庫から、一人の男が慌ただしく出てくるのを発見した。男は周囲を警戒するように何度も振り返りながら、急ぎ足で路地を抜けていく。


「あの人、何か隠し持っているみたい。魔力を感じるわ」


リュシアンとクラウドは彼女の指摘に従って、その男を注視した。男の手には何かが握られていた。


「確かに不審だな。魔法に関係する何かを持ち出したのかもしれない」


クラウドが小声で言った。


「魔法省の中で、何かが行われているのか⋯⋯」


「そうね。もっと調査してみましょう」


三人は場所を変え、魔法省の正面も観察することにした。正面玄関には厳重な警備が配置され、出入りする人々を厳しくチェックしている。エリーナは魔力の流れを感じ取りながら、職員たちの不自然な動きを探っていた。


「リュシアン、あの人たち、魔力の痕跡があるわ。でも、それを隠そうとしているみたい」


リュシアンは彼女の観察眼に感心しつつ、状況の深刻さを悟った。


「つまり、魔法省の人間も魔法を使っているということか?」


昼過ぎ、三人は人目を避けるため、クラウドの知り合いが営む小さな食堂に身を潜めた。店内は薄暗く、客もまばらだ。彼らは奥の隅のテーブルに座り、小声で話し合いを始めた。


「魔法省でも魔法が使用されているなんて、この国の方針と矛盾しているわ。魔法を使えるのは王宮だけなんでしょ?」


「行方不明になった調査員たちもきっと調査していたはずだ。彼らも同じことに気づいて⋯⋯何かがあったのかもしれない」


リュシアンの言葉に、クラウドは真剣な表情で応えた。


「次の一手が必要になるね。今の情報だけでは不十分かな。もっと証拠を集める必要がある」


「魔法省の内部に潜入する必要があるかもしれない。だが、それには相当のリスクが伴う」


「あ、私なら、魔力の流れを読み取って、警備の隙を見つけられるかもしれないわ!」


エリーナの発言にリュシアンは慌てるように言葉を遮った。


「いや、ダメだ! それは危険すぎる! 別の方法を考えよう」


拗ねた表情でぷくっとエリーナの頬が膨れるが、特に何も言わなかった。


そして、三人が深く考え込むと、静寂が流れる。エリーナが突然顔を上げた。

「ねえ、魔法省の職員たちの行動パターンを詳しく調べてみない? 誰がいつ出入りしているか、どんな荷物を持ち運んでいるか」

クラウドは周囲を確認してから、小声で言った。

「そのことなんだけど、実は、魔法省を監視しているレジスタンス組織があるんだ。彼らなら、すでに多くの情報を持っているはずさ」

「本当? そのレジスタンス組織と接触できるの?」

「うん、ツテがあるんだ。彼らの情報と、僕たちの調査結果を組み合わせれば、もっと全体像が見えてくるはず」

「レジスタンス組織か⋯⋯信用できるのか?」

「彼らはこの国と魔法使いたちの権利のために闘ってる。僕たちの目的と一致するはずだよ」

三人は互いに顔を見合わせ、新たな可能性に思いを巡らせた。

「よし、レジスタンス組織との接触を試みましょう。私たちだけでは得られない情報もあるはず」

こうして、彼らの調査は新たな段階に入ろうとしていた。魔法省の秘密、行方不明の調査員たち、そしてこの国の闇。全てを解き明かすため、彼らはレジスタンス組織という新たな協力者を得ようとしていた。窓の外では、魔法制御塔の光が静かに輝いている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る