4 首都の探索

朝もやが晴れ始めた頃、エリーナとリュシアンは宿を出た。二人は昨日クラウドと約束した噴水広場へと向かう。石畳の道を歩きながら、エリーナは周囲の建物を興味深そうに眺めていた。


「ねえ、ルシオン。この国の建築様式って独特ね」


「そうだな。閉鎖的な国だけあって、独自の文化が発展したんだろう」


広場に到着すると、クラウドはすでにそこで待っていた。


「おはよう、二人とも。今日はノーヴァリアの首都を案内するよ」


「おはよう、クラウド。よろしくお願いね」


三人は挨拶を交わすと広場を出発し、首都の中心部を歩き始めた。クラウドは様々な建物や場所について詳しく説明してくれた。


「ここが王宮だよ。魔法を自由に使える唯一の場所らしい。と言っても医療魔法くらいしか許可されていないらしいけどね」


巨大な城壁に囲まれた王宮を指さしながら、クラウドは説明した。エリーナとリュシアンは、その威圧的な姿に息を呑んだ。


「あの建物は?」


エリーナが尋ねると、クラウドの表情が少し曇った。


「魔法省。魔法の管理と規制を行っている場所さ。魔法制御塔はあそこの管轄だね」


「魔法省の中には入れるのか?」


「一般人は無理。でも、方法はなくもないかな」


クラウドは意味ありげな笑みを浮かべる。

三人は街を歩きながら、様々な情報を交換した。エリーナは特に、一般市民の生活に興味を持った。


「クラウド、魔道具も禁止だったら人々はどうやって生活しているの?」


「機械と人力さ。魔法の代わりに、様々な発明品が使われているんだ」


クラウドは街角の店を指さした。そこでは、奇妙な形をした機械が動いていた。


「あれは洗濯機だよ。魔法の代わりに、蒸気の力で動いているんだ」


エリーナは感心したように見つめた。


「へぇ⋯⋯すごいわね。でも、魔法も使えればもっと便利になるのに⋯⋯」


「そうだね。でも、政府はそれを許さない」


クラウドの声には、わずかな苦さが混じっていた。

昼食時、三人は個室のあるカフェに入った。人目を避けながら、より詳細な話し合いを始めた。


「クラウド、魔法制御塔のことをもっと詳しく教えてくれない?」


「ああ、あの塔は複雑な魔法と機械の組み合わせでできている。魔力を吸収し、無力化する仕組みさ」


「それを止める方法は?」


リュシアンが真剣な表情で聞くと、クラウドは周囲を見回してから、小声で答えた。


「理論上は可能。でも、それには強力な魔法使いの力が必要になる」


エリーナとリュシアンは顔を見合わせた。エリーナの力なら、可能かもしれない。しかし、それは大きなリスクを伴う行動だ。


午後、三人は市場を訪れた。そこでは、様々な商品が売られており、活気に満ちていた。色とりどりの果物や野菜、香り高いスパイス、そして精巧な機械製品。エリーナは目を輝かせながら、あちこちの屋台を覗き込んだ。


「珍しいものがいっぱい売ってるわ! こんな状況でもなければもっと楽しくお買い物が出来たのに⋯⋯残念だわ。ところで、ここでも魔法は使えないの?」


「ああ、厳しく禁止されているよ。でも⋯⋯」


クラウドは周囲を確認してから、小さな袋を取り出した。


「これは魔法の痕跡を消す粉。密かに魔法を使う人たちが使ってる」


エリーナは興味深そうに袋を見つめた。


「そんなものもあるのね、面白いわ。でも、危険なんじゃない?」


「そうさ。でも、魔法なしでは生きていけない人たちもいる」


クラウドの言葉に、エリーナは深く考え込んだ。この国の現状は、彼女が想像していた以上に複雑だった。

リュシアンは表情を曇らせたエリーナの肩を抱き寄せ、クラウドに顔を向ける。


「市場はこれくらいにして次に行こう」


市場を後にした三人は、次に教育施設を訪れた。ノーヴァリアの学校は、魔法の代わりに科学と技術を重視していた。


「ここでは、子供たちに魔法の危険性を教えている。だから、大半の人は魔法が使えないことに疑問を抱かないんだ」


クラウドは苦々しい表情で説明した。

エリーナは校庭で遊ぶ子供たちを見つめながら、胸が締め付けられる思いがした。魔法の素晴らしさを知らないまま育つ子供たち。それは魔法によって救われた彼女にとって、とても悲しいことに思えた。


夕方になり、三人は高台に登った。そこからは、首都全体を見渡すことができた。夕日に照らされた街並みは、まるで絵画のように美しかった。

エリーナはため息をつきながら言った。


「なんて綺麗なのかしら⋯⋯」


「ああ⋯⋯確かに」


景色に魅入られたように見つめる二人の反応に、クラウドは誇らしげに笑みを浮かべた。


「ここから見る夕暮れは格別なんだ。僕も初めて見たとき、なんていうか、すごく⋯⋯あー⋯⋯言葉が出てこないな」


「⋯⋯うん、わかるわ」


三人は暫し、夕日に照らされた首都の景色を眺めていた。魔法制御塔の光が、街全体を優しく包み込んでいる。その光景は美しくもあり、同時に何か物悲しさも感じさせた。


リュシアンが静かに口を開いた。


「クラウド、明日はどこを案内してくれるんだ?」


「そうだね。魔法省の周辺を見て回るのはどうかな。外からだけど、色々わかるはずさ」


エリーナは興味深そうに聞いていた。


「魔法省ね。重要な情報が得られるかもしれないわね」


三人は翌日の計画を立てながら、夕暮れの街を見下ろし続けた。それぞれの胸の内には、この国の未来への思いが秘められていた。


宿に戻ったエリーナとリュシアンは、今日得た情報を整理した。


「リュシアン、この国の状況は思っていた以上に複雑ね⋯⋯」


「簡単には解決できない問題だな。国交を正常化させる事は当然としても、魔法制御に関してはどこまで介入していいものなのか⋯⋯アストリアの考えを押し付けるわけにもいかないしな」


「でも、きっと上手く行く方法が必ずあるはずよ⋯⋯みんなが幸せになれる方法がきっと」


「そうだな、君がそう言うならきっと見つかるさ。だが、くれぐれも慎重に行動しよう」


「そうね、私が問題を起こしていたら解決出来ることも出来なくなっちゃうものね」


二人は窓から見える魔法制御塔を見つめた。その光は、まるで彼らの行く手を阻むかのように輝いていた。


夜が更けていく中、エリーナは今日見たすべてを思い返していた。魔法を失った人々の暮らし、子供たちの無邪気な笑顔、そしてクラウドの苦しみに満ちた表情。全てが彼女の心に深く刻み込まれていた。


「誰もが笑顔になれるように⋯⋯この国を変えられたら⋯⋯」


エリーナの小さなつぶやきが、静寂の中に消えていった。

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