3 協力者
朝の柔らかな光が窓から差し込み、エリーナの顔を優しく撫でた。彼女はゆっくりと身を起こし、隣の部屋で眠るリュシアンを起こしに行った。
「リュシアン、起きて。今日から本格的な調査よ」
エリーナに起こされたリュシアンは、大きく伸びをして微笑みを向けた。
「おはよう、エリーナ。よく眠れたか?」
「ええ、この宿のベッド、寝心地がすごく良くてぐっすり眠れたわ。リュシアンは?」
「良かった。俺もぐっすり眠れたよ」
そして、二人は素早く身支度を整え、宿の食堂で朝食を取った。地元の料理は香り豊かで、エリーナの好奇心をくすぐった。
「美味しいわね。ノーヴァリアの食文化も興味深いわ」
「確かに。アストリアでは食べたことのない風味を感じる」
朝食を終えた二人は、首都の中心部へと向かった。石畳の通りには、既に多くの人々が行き交っている。エリーナは興味深そうに周囲を観察しながら歩を進めた。
「ねえ、ルシオン。あそこに見える建物は何かしら?」
エリーナが指さした先には、巨大な塔がそびえ立っていた。その頂上には、不思議な光を放つ球体が据えられている。
「さあ⋯⋯なんだろうな。だが、重要そうだ。調べてみる価値はありそうだ」
二人が塔に近づこうとしたその時、突然激しい衝撃と共に、何かが彼らの目の前に落下した。
「きゃっ!」
エリーナは思わず声を上げた。煙が晴れると、そこには一人の若い男性が倒れていた。彼の周りには、奇妙な機械の部品が散らばっている。
「えっと、大丈夫ですか?」
エリーナが心配そうに声をかけると、男性はゆっくりと顔を上げた。灰色の髪に覆われた顔には、鋭い青い目が輝いていた。
「あ、ああ⋯⋯大丈夫だ。すまない、驚かせてしまって」
男性は立ち上がろうとしたが、足を痛めているようだった。
「ルシオン、助けてあげましょう」
リュシアンは少し躊躇したが、エリーナの言葉に従って男性を支えた。
「ありがとう。僕はクラウド。クラウド・ストラウド」
「私はエリー・ルミエール。こちらは夫のルシオンよ」
エリーナは明るく自己紹介した。クラウドは二人を興味深そうに観察した。
「ルミエール? 聞いたことのない響きだな。どちらから来たんだ?」
リュシアンが即座に答えた。
「遠い東の国からだ。観光と魔法の研究のために来ている」
「へえ、魔法か。この国じゃあまり歓迎されないぞ」
クラウドの言葉に、エリーナとリュシアンは顔を見合わせた。
「そうなの? でも、あの塔は魔法と関係があるように見えるわ」
エリーナが塔を指さすと、クラウドの表情が曇った。
「あれは⋯⋯魔法制御塔だ。この国では魔法の使用が厳しく制限されている。あの塔が、魔法を抑制しているんだ」
エリーナは驚きの表情を浮かべた。これは重要な情報だった。
「そうなのね⋯⋯でも、どうしてそんなことを?」
クラウドは周囲を警戒するように見回してから、小声で答えた。
「長い話になるが⋯⋯興味があるなら、安全な場所で話そう」
リュシアンは疑わしげな表情を浮かべたが、エリーナは即座に頷いた。
「ぜひお願いします」
クラウドは二人を裏通りへと案内した。そこには、彼の作業場らしき小さな建物があった。中に入ると、様々な機械や道具が所狭しと並んでいた。
「ここなら大丈夫だ。監視の目が届かない」
クラウドは椅子を差し出し、エリーナとリュシアンを座らせた。
「この国の歴史は複雑だ。かつては魔法が栄えていたが、ある次期から、魔法は危険なものとされるようになった。今では、一部の特権階級以外は魔法の使用を禁じられている。それこそ貴族でさえな」
「でも、それはおかしいわ。魔法は人々の暮らしを豊かにするはずなのに」
クラウドは苦笑いを浮かべた。
「そう思う人も多いさ。でも、政府は頑なだ。魔法制御塔を建て、魔法使いを取り締まっている。しかもそれだけじゃない、魔力を込めるもの全般、全部禁止さ。魔道具から何からなにまで」
「そんな⋯⋯じゃあ、市民はどうやって暮らしているの? それに、あなたも⋯⋯魔法使いよね?」
エリーナの問いに、クラウドは少し躊躇してから頷いた。
「ああ、まあね。でも、僕は魔法よりも機械の方が得意なんだ。今朝見たのは、飛行装置の実験だった」
「話をしてくれてありがとう。だが、なぜ俺たちにこんな話を?」
クラウドは真剣な表情でリュシアンを見つめた。
「君たちが特別だと感じたからさ。エリーの目に魔力を感じた。詳しいことは分からないが⋯⋯何か普通とは違うように感じた。ただの観光客じゃないだろう?」
クラウドにエリーナの魔力が見抜かれていた事に二人は驚きの表情を浮かべた。そして、エリーナは瞳に魔力を込め、彼の内側まで見通すようにじっと見つめた。
「そう⋯⋯私たちはこの国の真実を探っているの」
「待て、エリーナ」
リュシアンはエリーナを制しようとしたが、彼女は構わず続けた。
「ルシオン、きっと彼は大丈夫。彼の中に悪いものは宿っていない。クラウド、あなたの力を貸してもらえないかしら?」
クラウドは長い間黙っていたが、やがてゆっくりと頷いた。
「わかった。僕もこの国を変えたいと思っていた。力になる⋯⋯と言うよりも、むしろ僕の方こそ力を貸して欲しい」
エリーナは喜びの表情を浮かべた。
「ありがとう、クラウド! それは任せて!」
リュシアンは多少の警戒をしつつも、この状況を受け入れる判断をした。
「協力してくれるなら歓迎だ。だが、くれぐれも慎重にな」
「ああ、わかってる。まずは、魔法制御塔のことをもっと詳しく教えるよ」
エリーナとリュシアンはノーヴァリアでの協力者を得た。その日の残りの時間は、クラウドから様々な情報を聞き出すのに費やされた。
魔法制御塔の仕組み、政府の管理体制、そして地下で活動する魔法使いたちの存在。全てが、エリーナとリュシアンにとって貴重な情報だった。
夜が更けていく中、エリーナは窓の外を見つめた。ノーヴァリアの夜景が、魔法制御塔の光に照らされて不思議な美しさを放っている。
「きっと、この国を変えられるわ⋯⋯」
エリーナの小さなつぶやきに、リュシアンとクラウドは静かに頷いた。
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