3 禁断の選択

夜の帳が降りた王宮の一室で、セルフィーヌとルナは向かい合っていた。姉妹の間に流れる空気は、重く、張り詰めていた。


「ルナ、よく聞いて」


セルフィーヌの声は静かだが、強い決意に満ちていた。


「私には、あなたに託さなければならないものがあるの」


ルナは息を呑んだ。姉の瞳に宿る真剣さに、言葉を失っていた。


「託すもの?」


「そう。エヴェリストの血脈としての力と使命よ」


セルフィーヌの言葉に、ルナは驚きの声を上げた。


「え? でも、それは姉さんにしか⋯⋯」


「いいえ、あなたにも受け継ぐ資格があるの。私たちは血を分けた姉妹。そして、あなたには強い魔法の才能がある」


セルフィーヌはゆっくりと手を差し出した。その掌に、淡い光が宿り始めた。それと同時に瞳の紋章も輝きだす。


「この力を受け取って。そして、私の代わりに人々を守ってほしいの」


セルフィーヌの顔を見返すと、ルナは戸惑いの表情を浮かべた。


「でも、私には⋯⋯」


「大丈夫。あなたならできる」


セルフィーヌの優しい笑顔に、ルナは涙を浮かべながら頷いた。


「分かりました。姉さんの思いを、必ず受け継ぎます」


二人の手が重なった瞬間、まばゆい光が部屋中を包み込んだ。ルナは体の中に、温かく、そして力強い何かが流れ込んでくるのを感じた。

光が収まると、セルフィーヌは疲れたように微笑んだ。


「これで⋯⋯私の役目は終わったわ」


「姉さん!」


ルナが駆け寄ると、セルフィーヌは優しく妹を抱きしめた。


「ごめんね、こんな重荷を負わせて。でも、あなたなら必ずやり遂げられる」


二人は長い間、抱き合っていた。姉妹の絆と、引き継がれる使命。その重みが、静かな夜の中で交錯していた。


一方、ゼノンは王宮の地下深くにある古文書庫で、必死に何かを探していた。埃まみれの古い巻物や、年代物の魔導書を次々とめくっていく。


「くそっ、どこだ⋯⋯」


彼の額には汗が滲み、目は疲労で充血していた。しかし、諦める様子は全くない。

そして、夜が明けようとする頃、ゼノンは一冊の古い本を手に取った。表紙には、人の目では直視できないほどの禍々しい文様が刻まれている。


「これだ⋯⋯」


ゼノンの声は震えていた。彼は恐る恐る本を開いた。そこには、人知を超えた古代の魔法が記されていた。


禁忌の魔法。使えば、世界の秩序すら覆すことができるという。


「セルフィーヌ⋯⋯俺は、お前を救ってみせる」


朝日が昇り、処刑の時間が近づいてきた。王都の中央広場には、大勢の民衆が集まっていた。彼らの表情は複雑だ。恐れ、怒り、そして悲しみ。様々な感情が入り混じっている。


そして、セルフィーヌが広場に連れて来られた。彼女は白い衣をまとい、静かに歩を進めていく。その姿は、まるで天使のようだった。

民衆の間から、ささやき声が聞こえてきた。


「あれが魔女なのか?」


「でも、こんなに神々しい人が⋯⋯」


「本当に処刑していいのだろうか」


セルフィーヌは処刑台の上に立った。彼女の表情は、穏やかで、どこか悲しげだった。


「皆様」


彼女の声が、静かに広場に響いた。


「私は、皆様の幸せだけを願って来ました。そして、これからもそれは変わりません」


その言葉に、民衆の中から涙ぐむ者も現れた。


「たとえ、この身が滅びようとも、私の祈りは皆様と共にあります。どうか、希望を捨てないでください」


セルフィーヌの言葉が終わると同時に、突如として空が暗くなった。不気味な風が吹き始め、民衆の間に動揺が広がる。


そして、轟音と共に一筋の稲妻が天から落ちた。それは処刑台のすぐ横に落ち、土煙が立ち上る。


煙が晴れると、そこにはゼノンの姿があった。彼の体は、異様な光に包まれていた。


「やめろ!」


ゼノンの叫び声が、広場中に響き渡った。


「セルフィーヌを処刑するなど、許さない!」


彼の周りに、禍々しい魔力が渦巻き始めた。それは、明らかに通常の魔法とは異なる、禁忌の力だった。


「ゼノン、やめて!」


セルフィーヌが必死に叫んだ。


「その力を使ってはだめ!」


しかし、ゼノンの耳には届かなかった。彼の目は、怒りと憎しみで真っ赤に染まっていた。


「このくそったれな世界など、壊してやる!」


ゼノンの言葉と共に、強大な魔力が解き放たれた。地面が割れ、建物が崩れ始める。人々は悲鳴を上げて逃げ惑った。


「ゼノン、目を覚まして!」


彼女の体から、まばゆい光が放たれた。それは、ゼノンの禍々しい魔力と激しくぶつかり合う。


二つの力が拮抗する中、王国は少しずつ崩壊していった。そして、その混沌の中心で、ゼノンとセルフィーヌの運命が、新たな展開を迎えようとしていた。

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