2 疑惑

王宮の廊下を駆け抜けるゼノンとルナの足音が、緊張感に包まれた空気を切り裂いていった。


二人は祈りの間へと急ぐ。そこにセルフィーヌがいるはずだった。

扉を開けると、そこには憔悴し切ったセルフィーヌの姿があった。彼女は窓際に佇み、遠くを見つめていた。


「セルフィーヌ!」


「姉さん!」


二人の声に、セルフィーヌはゆっくりと振り返った。その顔には、疲労の色が濃く出ていたが、それでも優しい微笑みを浮かべていた。


「ゼノン、ルナ⋯⋯来てくれたのね」


「一体何が起きているんだ? 魔女の疑いをかけられたって本当か?」


ゼノンの声には焦りが混じっていた。セルフィーヌは深くため息をつき、ゆっくりと説明を始めた。


「ええ、そうよ。民衆の間で、私が疫病を引き起こしているという噂が広まっているの」


「そんな馬鹿な!」


「姉さんが毎日必死に祈っているのを、私は知っている。そんな噂、絶対に信じられないわ」


セルフィーヌは妹の頭を優しく撫でた。


「ありがとう、ルナ。でも、人々の恐怖と不安は、時として理不尽なものになるの」


ゼノンは歯を食いしばった。


「俺たちが証明してみせる。お前が無実だということを」


セルフィーヌは悲しそうに首を振った。


「それが難しいのよ、ゼノン。私の祈りが疫病の進行を遅らせているのは事実。でも、完全に止められていないから⋯⋯それが、私への疑惑を深めているの」


三人は重苦しい沈黙に包まれた。その時、廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。扉が開き、一人の侍従が息を切らせて入ってきた。


「セルフィーヌ様、陛下がお呼びです」


セルフィーヌは深く息を吐き、覚悟を決めたように立ち上がった。


「分かりました。今参ります」


ゼノンとルナは心配そうに彼女を見つめた。


「一緒に行く」


「私も行きます」


セルフィーヌは二人に感謝の眼差しを向けた。


「ありがとう。でも、これは私一人で向き合わなければならないの」


そう言って、セルフィーヌは部屋を出て行った。残されたゼノンとルナは、不安と焦りに満ちた表情で顔を見合わせた。


「ゼノン、私たちに何かできることはないの?」


ルナの声は震えていた。ゼノンは拳を強く握りしめた。


「ああ、必ずある。俺たちでセルフィーヌの無実を明らかにするんだ」


二人は急いで王宮を出た。街の様子を確かめ、人々の声を直接聞く必要があった。


街に出ると、そこには異様な緊張感が漂っていた。人々は不安そうに歩き、あちこちで小さな集まりができては、噂話に興じている。ゼノンとルナは、そっと人々の会話に耳を傾けた。


「聞いたか? あの光の守護者が、実は魔女だったんだってよ」


「まさか⋯⋯でも、疫病が広まり始めたのは、彼女が就任してからだよな」


「そういえば、祈っているのに疫病が収まらないのはわざとやっているとか⋯⋯」


次々と聞こえてくる噂話に、ゼノンとルナの表情は曇っていった。


「そんな⋯⋯こんな噂が広まっているなんて⋯⋯」


「まだだ。きっと真実を知っている人がいるはずだ」


二人は更に奥地へと進んでいった。そこで彼らは、一人の老婆に出会った。老婆は杖をつきながら、ゆっくりと歩いていた。


「おばあさん、少し話を聞かせてもらえませんか?」


ゼノンが声をかけると、老婆はゆっくりと顔を上げた。


「何かね、お若いの」


「最近の疫病のことで、気になることはありませんか?」


老婆は深くため息をついた。


「そうさねぇ。確かに辛い日々が続いているよ。でも、あの光の守護者様のおかげで、まだみんな希望を失わずにいられるんだよ」


「本当ですか?」


「ああ。彼女の祈りがなければ、もっと多くの人が亡くなっていただろうさ。私の孫も、彼女の祈りのおかげで命をつないでいるんだ。分かってない奴もいるが、みんな知ってるよ」


「ありがとうございます、おばあさん」


それ以上の情報は得られず、二人は落胆しつつ王宮に戻った。しかし、そこで彼らを待っていたのは、更なる衝撃的なニュースだった。


「セルフィーヌ様の処刑が決定しました」


侍従の言葉に、ゼノンとルナは言葉を失った。


「そんな⋯⋯嘘だ!」


ゼノンは怒りに震えた。


「姉さん⋯⋯」


ルナは涙を堪えきれず、その場にへたり込んだ。

その時、セルフィーヌが二人の前に現れた。彼女の表情は、悲しみに満ちていたが、どこか覚悟を決めたようにも見えた。


「ゼノン、ルナ。聞いて」


セルフィーヌの声は、静かでありながら力強かった。


「私は、この運命を受け入れることにしたの」


「なぜだ! お前は無実じゃないか!」


ゼノンは激しく抗議した。


「そうよ、姉さん。逃げましょう。姉さんなら簡単に逃げられるじゃない! 私たちも助けるわ!」


ルナも必死に訴えた。しかし、セルフィーヌは静かに首を振った。


「逃げることはできないの。それに⋯⋯逃げるべきじゃない」


「どういうことだ?」


「私が逃げれば、人々の不安と恐怖は更に大きくなる。そして、疫病は更に広がってしまう。私の命と引き換えに、人々に希望を与えることができるなら⋯⋯それでいいの」


セルフィーヌの言葉に、ゼノンとルナは言葉を失った。彼女の決意は固く、二人にはそれを覆す術がなかった。


「でも、まだ時間はあるわ」


セルフィーヌは微笑んだ。


「その間に、私たちがすべきことがあるの」


「すべきこと?」


ゼノンとルナは、不思議そうにセルフィーヌを見つめた。


「ええ。ルナ、私には伝えなければならないことがあるの。そして、ゼノン⋯⋯あなたにもお願いがあるわ」


セルフィーヌの瞳には、強い決意の光が宿っていた。三人は、残された時間の中で、それぞれの使命と向き合うことになるのだった。

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