5-5 家族の失脚

エリーナは王宮の大広間に立っていた。

高い天井から差し込む朝日が、彼女の銀髪を金色に輝かせている。


華やかな壁画や豪奢な装飾に囲まれた空間は、今や厳粛な空気に包まれていた。

エリーナの隣には、いつものようにリュシアンの姿があった。彼の存在が、彼女に静かな勇気を与えている。


広間には王国の高官たちが集まり、エリーナとリュシアンの他にも多くの貴族たちが見守る中、裁判長が厳かな声で宣言した。


「レイヴン家に対する最終判決を言い渡します」


エリーナは息を呑み、背筋を伸ばした。彼女の心臓が激しく鼓動するのを感じる。これまでの日々、家族との確執、そして自身の成長と決断が、この瞬間に集約されるようだった。


裁判長から告げられた罪状は、


レイヴン家の不正に得た資産の全没収。


全員の貴族としての地位を永久に剥奪。


ロバート・レイヴンは、不正行為および権力の乱用、領民への圧政、王国への反逆の罪により、終身刑、および公共事業への強制労働。


カタリナ・レイヴンは、共犯の罪により領内への二十年間の立ち入り禁止、および十五年の社会奉仕活動。


ヴィクター・レイヴンは、ロバートと同様の罪に加え、私兵を使用して領民に危害を加えた罪により、終身刑、そして、より過酷な施設での強制労働。


だった。


言葉の一つ一つが、エリーナの心に重くのしかかった。彼女は複雑な表情を浮かべ、隣のリュシアンの手を強く握りしめた。リュシアンは優しく彼女の手を握り返し、静かな支えとなった。


判決の言い渡しが終わると、広間には静寂が広がった。エリーナは深く息を吐き、周囲を見回した。


高官たちの厳しい表情、同情的な目を向ける貴族たち、そして彼女を誇らしげに見つめるリュシアン。全てが現実であり、彼女の人生が大きく変わる瞬間だった。


裁判長は続けて言った。


「エリーナ・レイヴン。あなたの勇気ある行動と、真実を明らかにする決意は賞賛に値します。レイヴン家の領地と資産の管理は、今後あなたに委ねられることとなります。それに際し、エヴェリストの名前を継承し、今後はエリーナ・エヴェリストとして我が国の貴族としての務めを果たしてください。あなたの知恵と強い意志が、この地に繁栄と平和をもたらすことを期待しています」


「ご判断に感謝いたします。必ずや、民のための統治を行ってみせます」


判決後、エリーナは馬車でかつての家族の邸宅へと向かった。道中、彼女の心は激しく揺れ動いていた。怒り、悲しみ、そして微かな安堵感。全てが入り混じっていた。窓の外を流れる景色を見つめながら、彼女は過去の日々を思い返していた。


冷遇され、虐待された日々。それでも諦めずに魔法の才能を磨き、リュシアンとの出会いを経て、ここまで成長してきた自分。エリーナは静かに目を閉じ、深呼吸をした。


邸宅に到着すると、そこには荷物をまとめる家族の姿があった。かつては華やかな調度品で彩られていた広間も、今は殺風景な空間と化していた。エリーナは静かに邸内に足を踏み入れた。


ロバートは娘を見るなり、憎々しげに吐き捨てた。


「お前のせいだ。我が家を滅ぼしたのはお前だ! 恥知らずな娘め!」


エリーナは一瞬も動じることなく、冷たい目でロバートを見つめ返した。


「あなたの行いの結果です。私は真実を明らかにしただけ。貴族としての責務を忘れ、民を搾取し続けた結果がこれなのです。罪の報いを受けてください」


ロバートは激昂し、エリーナに掴みかかろうとしたが、そこに立ち会っていた騎士に制止された。彼は無力感に打ちのめされたように、その場にへたり込んだ。


カタリナは黙って荷物をまとめ続けていたが、一瞬だけエリーナと目が合った。そこには悔恨の色が浮かんでいた。


彼女は口を開きかけたが、結局何も言わずに荷物に戻った。しかし、その肩が微かに震えているのがエリーナには見て取れた。


アリスは泣きじゃくりながら叫んだ。


「お姉様、どうしてこんなことするの! 私たちは家族じゃないの?」


エリーナはアリスに近づき、優しくも毅然とした態度で語りかけた。


「アリス、本当の家族とは、互いを大切にし、支え合うものよ。それが欠けていたのは明らかでしょう。でも、あなたにはまだ変われるチャンスがある。これを機に、自分の人生を見つめ直してみて」


エリーナは家族全員に向かって言った。


「これからは皆さん、自分の力で生きていくのです。どうか、これからの人生で、正しい道を歩んでください」


その言葉に、カタリナの目に涙が浮かんだ。彼女は荷物を置き、ゆっくりとエリーナに近づいた。


「エリーナ⋯⋯私は⋯⋯」


言葉につまりながら、カタリナはかつての娘の前に立った。


「ごめんなさい。あなたを守れなかった。愛せなかった。でも、あなたが立派に成長したことを⋯⋯誇りに思います」


エリーナは驚きの表情を浮かべたが、すぐに柔らかな微笑みを浮かべた。


「お母様⋯⋯ありがとう。これからは、お互いに前を向いて歩んでいきましょう」


「ええ、これからはアリスと二人、支えあって生きていくわ」


ロバートに対しては、最後まで冷たい態度を崩さなかった。


「お父様。あなたの行いは決して許されません。これからの人生で、自分の罪と向き合ってください」


エリーナが邸宅を後にする頃、レイヴン家の人々は簡素な馬車に乗り込み、新たな生活へと向かっていった。かつての華やかな貴族の姿は影も形もなく、一般市民としての人生が彼らを待っていた。


エリーナは邸宅の門の前に立ち、去っていく家族を見送った。


その夜、エリーナはリュシアンと共に自室のバルコニーに立ち、星空を見上げていた。突然、彼女の頬を熱い涙が伝った。これまで抑えてきた感情が、一気に溢れ出したのだ。


「辛かったな」


後ろから優しく抱きしめるリュシアンの声に、エリーナは小さく頷いた。彼の温もりが、彼女に安らぎを与えた。


彼女は振り返り、リュシアンの瞳をまっすぐに見つめた。そこには、新たな決意の光が宿っていた。


「リュシアンさん、私⋯⋯これからもっと強くなりたいの。民が脅威にさらされることなく、みんなが平穏に暮らせるように。そして、この国をより良いものにするために」


リュシアンは優しく微笑み、エリーナの髪を撫でた。


「君ならできる。そして、俺はいつでも君の側にいる。君の夢を、一緒に叶えよう」


二人は静かに寄り添った。


レイヴン家は没落し、今後はエヴェリストとして生きていく。それは、エリーナにとって過去との決別を意味していた。


エリーナは深呼吸をした。これからの日々は決して楽ではないだろう。領地を管理し、傷ついた民の信頼を取り戻すには、多くの努力と時間が必要だ。しかし、彼女には強い意志があった。そして、彼女を支える人々がいる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る